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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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仮初めの人格

「……記憶、喪失か?」


 アイリとの面会を終えたクロトはそれまでずっと側にいたエミナを問いただしていた。

 クロトの問いに対し、エミナは少し考え込むように間を開ける。

 ゆっくりと口を開けたエミナは、クロトの言葉を否定していた。


「記憶喪失とは少し違うな」

「なら、なんだよ」


 アイリの今の状態は一言で現せば『記憶喪失』だ。

 自分の名前程度は分かっているみたいだが、それ以外が皆無。

 親の名前も住んでいた国も、クロトやレティシア……

 何より、一番大切にしていたはずの《完全武装術》の存在まで忘れていたのだ。

 全てを無くした影響なのか、今のアイリは感情の大半が抜け落ちたように虚ろで、空虚な瞳は眠たげな様子だった。

 口調も丸っきり変り、元気で覇気のあった明るい声とは真逆。途切れ途切れで、か細い口調になっていた。

 変わっていない点は体を巡る魔力くらいなもので、それ以外はもはや別人だ。


「あの子はもうお前の知っているアイリ=ライベルじゃない」

「そんなの見ればわかるよ」

「私は神殿で何があったのか、詳しく知らない。けど、恐らくそこで何か……彼女が壊れるほどの精神的苦痛を受けたんじゃないか?」

「……」


 その可能性はあり得る。

 クロトが意識を取り戻した時、アイリはリュウキに辱めを受けていた。

 恐らく――その時か、その前にアイリが精神的なダメージを受けた可能性があることを否定することは出来ないのだ。

 だが――


「俺は、《完全魔術武装》でアイリの体を《時間回帰》で回復させたはずだ。なら、精神ダメージだって……」


 あの時、すでにアイリの魂は壊れていた。だからクロトは単なる治癒魔術じゃなく、時間そのものを巻き戻す《時間回帰》を選択したのだ。

 あの魔術ならあらゆる状況を指定した時間まで巻き戻せる。壊れた魂だって理論上は回復可能なはずだ。

 けれど、エミナは呆れた様子で首を横に振っていた。


「もし、《時間回帰》なんていう馬鹿げた魔術が使えたとしても、心の傷を癒すことは出来ないだろうな」

「なんでだ? 《転送》する直前のアイリの表情は確かに……」

「穏やかだったか?」


 エミナに先を言われ、クロトは渋々頷く。

 あの寝顔は心が壊れた人間が浮かべられるものじゃない。


「私も見たよ。穏やかに眠る彼女の寝顔を。怪我も魔力の乱れもなかったからな。お前がどうにかして無傷で押さえ込んだのだと私も最初は安堵していた」

「なら、どうして……!」


 喉奥から絞り出されたクロトの言葉にエミナは淡々と言い返す。


「魔術は神の技じゃない。人間の力だ。その力が万能ではないことはお前が一番よく知っているだろ? それに《時間回帰》――あの魔術は時間を巻き戻す魔術だが、巻き戻せないものもあるんじゃないか? 例えば、魔力や――記憶とかな」

「――ッ! まさか、今のアイリは……」

「そのまさかだろうな。恐らく眠っている間に自己防衛本能が働いたんだろう。このまま目を覚ましたところで心が壊れるだけ。なら、どうするか――」

「それで……別人格を生みだしたっていうのかよ……!」

「そうだ。自分自身を守る為にもう一つの人格を、今のアイリを生みだした。それが私の見解だ」

 

 記憶喪失よりも質の悪い話だ。

 アイリは記憶を失ってなんかいない。心の奥底にこれまでの全てを封じ込めて、その上に別の自分を創り上げたのだから。

 そして、心の奥底に沈んだアイリを呼び戻す方法をクロトは知らない。

 否、知っていたとしても実行出来ないのだ。

 今、本来のアイリの人格を表に出させたところで彼女の魂は壊れるだけ。

 それでは意味がない。自衛の為に別人格を作りだしたなら、まず、その原因を探ることが必要だ。

 アイリの心が壊れた原因は間違いなく、あの二人の魔獣が原因だろう。

 だが、彼らがアイリに何をしたのか、それがわからない。

 アイリを取り戻す為には、アイリ自身がその原因を乗り越え、強くならなければならないのだ。


「くそ! 結局今はどうすることも出来ねえじゃねえか!」


 クロトは頭を押さえ、現状に毒づく。

 このやり場のない怒り――アイリをこんな目にあわせたアイツらを許すことは出来ない。

 レイジとリュウキ――この二人の存在がクロトの中で明確に打倒すべき敵になった瞬間だ。

 たとえ、絶対的な力の差があろうとこの手で落とし前をつける。


(俺の大切な仲間に手を出したことを後悔させてやる!)


「クロト、わかっていると思うが……死ぬなよ」

「エミナ……」

「お前の考えくらいわかるさ。長い付き合いだからな。カザリやアイリを助ける為に、お前はまたバカをやらかす。私はそれを止めはしない。けど、死ぬな。私の為に……そしてレティシア=アートベルンに私のような気持ちを味合わせない為にもな」

「わかってるよ。死ぬつもりなんかねえって。きっちり落とし前をつけて、生きて帰るって約束するから」


 あの日――クアトロがエミナを拾ってから今日までエミナのクロトに向ける愛情は変わっていない。

 裏切られてもなお、彼女はクロトを愛していてくれるのだ。

 だから死ねない。愛してくる人が側にいる。生きる理由はそれだけで十分だ。

 エミナにも、そしてレティシアにだって大切な人を失う気持ちを二度と味合わせたくない。

 大切な人を失う気持ちを一番よく知っているからこそ、クロトはもう生きることを諦めないのだ。

 もし、これから先、絶望に沈んだとしても、この命を簡単に捨てることはしないだろう。

 クロトの決心にエミナは和やかな笑みを浮かべた。


「なら私から言うことは何もない。けど、その覚悟に見合うだけの力は身につけてほしいものだな。少なくとも今の《黒魔の剣》に頼った戦い方は止めるべきだろう。次は右目だけじゃ済まないかもしれない」

「気付いてたか」

「私を誰だと思っている? お前のことなら何でも知っているさ。歩き方の癖。視線の動かし方。体幹のバランス――その違和感に気付かないとでも思っているのか?」

「……それは『氷黒の魔女』としての観察眼からか?」

「いいや。お前を愛した女の観察眼だ。安心しろ。並の人間なら気付かない程度までお前は体を動かせているよ」

「そうか。考えておくよ」


 片目が見ないことで、視界ばかりではなく体幹まで狂ってしまった。アイリと戦うまでになんとか今の状況になれたが、それでも完全に体に馴染ませることが出来ない。

 この故障を抱えたまま、戦うことに不安は残るが、それでも出来る限りのことをするまでだ。エミナの言う通り、《黒魔の剣》を頼るのは現状危険過ぎる。

 それでも、どうしても《黒魔の剣》の力が必要になれば遠慮なく振うだろうが。


「お話、終わり?」

「え? アイリ……?」


 クロトはバツが悪そうに言葉を詰まらせた。

 なぜなら、いつの間にかヒョッコリと医務室から顔を出し、アイリが眠たげな視線をクロトたちに向けていたから――。


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