二人とも愛する
「戻ったか」
「ああ、ただいま」
学院の門をくぐると、エミナが仁王立ちで待っていた。
時間帯は早朝。
この様子からするに一睡もしていないのだろう。
クロトは両手に《黒魔の剣》と《ミーティア》を担いだまま、エミナに近づいた。
「どうやら、無事のようだな」
「まあ、そうだな」
瀕死の怪我を負いはしたが、《完全魔術武装》の力で回復。右目が見えないこと以外は健康そのものだ。
魔力も枯渇による疲労は感じるが、すぐに倒れるほどじゃない。
無事といわれればその通りだ。
だが――
「済まない。カザリは――」
「話は中で聞こう」
クロトは頷くとエミナの背中を追って学院の中へと足を踏み入れる。
目的の場所へと向かう道中、クロトは神殿内で起った出来事を順を追って説明した。
アイリと剣を交え、倒したこと。
レイジと名乗る魔獣と遭遇し、死にかけたこと。
意識を取り戻したとき、放心状態のアイリに別の魔獣が襲いかかっていたこと。
アイリの力を使い、魔獣を退けたが、カザリを奪われたこと。
全てを話した。
エミナは「そうか」と頷くだけでクロトを責める様子がない。
あれだけ大見得切って学院を飛び出したのに、エミナの約束すら果たせなかった。
彼女の胸に未だに『死淵の刻印』が残っていると思うと胸が締め付けられそうだ。
「怒らないのか?」
「怒る必要がどこにある? 私が怒るとすれば、カザリの存在にまだ揺れているお前の心だけだよ」
「ゴメン」
クアトロはカザリを救う為に命を賭けた。そしてクロトとして転生した今でも、その気持ちは変わっていない。
大勢を巻き込んだ罪の意識はあるが、それでもなお、彼女の命を救えるならこの手を血に染めても構わないと思う気持ちがあるのだ。
エミナはそれを知りながら、クロトを責めなかった。
再び、彼女を生贄に捧げてしまう可能性を知りながら、それでもエミナはクロトの側に居続けようとするのだ。
「私だって好きな人が生き返るなら、どんな禁忌にだって手を伸ばすさ。それが許されないことでも、その人に失望されることでも、私はただクロト――お前と居たい。それだけだから」
エミナ振り返ると、吹っ切れた笑みを浮かべていた。
彼女の顔は『生贄に出来るものならやってみろ』と挑発しているようにも見える。
再開する前はただクアトロに甘える幼い子供のイメージしかなかったが、見ない間に立派になったものだ。
彼女はもう『生贄』として脅えるだけの少女じゃない。
愛しい人と一緒に居る為なら冷酷にさえなれる『氷黒の魔女』だ。
だからこそ、クロトも自然に笑みを浮かべていた。
「本当に悪いな。カザリと再開して確信したんだ。俺はまだカザリを愛している。許されるならもう一度、彼女の声を聞きたいとさえ思っているんだ」
「私はそれが悪いことだとは思わないさ。当然の感情だ」
「最初はカザリを救うことだけを考えていた。『死淵』から解放して、本当の安らぎを――って。けど、どうやらクアトロはそれさえ許してくれないみたいだ。彼女の剣を向けると、体が拒絶する。俺はクアトロの愛に勝てない。けど――」
カザリだけを救う。それがハッピーエンドだなんてクロトは微塵も思っていない。
今、目の前でクロトに好意を寄せる彼女を手にかける未来が幸せなはずがないのだ。
だから――
「俺はカザリもエミナも両方助けて、両方愛することに決めた。それが俺『達』の答えだ」
方法はまだわからない。だが、『死淵』から二人を解放する方法はきっとあるはずだ。
それを探そう。世界の果てまで旅をしてでも見つけ出す。
それはきっとクロトの相棒である彼女も頷いてくれるはずだ。
誰もが幸せになれる魔術――クアトロが吹聴した嘘を本当にする彼女の夢にもきっと彼女達の幸せが含まれている。
(見つけてくれるのをただ待つだけじゃない。彼女の夢が叶うまで見守るだけじゃダメだ。俺も――目指す!)
魔術の無限の可能性を――
エミナはクロトの告白を聞いて、頬を朱に染めると、そっぽを向いた。
「お前の気持ちは嬉しいが、私とカザリだけを愛するだけじゃきっと足りないぞ。お前に好意を寄せている人間は他にもいるんだ」
「……わかってるよ」
あの日の彼女の告白を忘れたことはない。
涙ながらに好きだと言った言葉に嘘はなかった。
けど、今はまだ、その気持ちに応え得ることは出来ない。
彼女の夢が明確になった時、その時、改めて伝えよう。
俺も君が好きだ――――
その言葉を――
◆
「さて、クロト――」
エミナは医務室の前に来ると、表情を切り替えてクロトに向き直った。
先ほどの羞恥に恥ずかしがる彼女の様子から一変。
射殺すような鋭い眼光にクロトは固唾を呑み込んだ。
エミナはしばしの沈黙のあと、淡々と告げた。
「悪い話と凄く悪い話、どちらを先に聞きたい?」
「いい話はないのかよ」
茶化したクロトに対し、エミナは何も答えなかった。
ただ、無言でクロトを射貫く鋭い眼差しからして事態は相当深刻なのだろう。
クロトは腹をくくると、医務室の扉を見た。
「エミナ、最初にこの部屋に連れてきたのには意味があるよな」
「……」
クロトは魔力探知を行い、魔力の気配を探る。
いくら魔力量が少なくても、他人の魔力を読み取るのは造作もない。
ただ無意識に垂れ流す魔力を感じればいいだけだ。
この感じからすると中にいるのは一人。
そして、この魔力の波長は――
「エミナ、悪い話から聞かせてくれ」
クロトは言い放ちながら、医務室の扉に手をかけた。
医務室のベッドで体を起していたのは青い髪と瞳を持つ少女だった。
彼女は朧気な視線をクロトたちに向けていた。
眠たそうな瞳からは感情が一切読み取れない。
あの明るさだけが取り柄だったアイリを見ていれば、その豹変ぶりに目を疑いたくなるだろう。
レイジやリュウキから受けた辱めはそれ程までにアイリの心を打ち砕いたのか……
知らず知らずの内にクロトが唇を噛みしめていると、アイリは小首を傾げた。
そして、クロトにとって衝撃の言葉を口にしたのだ。
「あなたは……誰?」
――おまけ――
その頃のレティシア
「すやぁぁぁぁ……」
馴れない徹夜に根負けして、別の部屋でヨダレを垂らして爆睡していましたとさ。
戦いもようやく一段落、新たな決意を固めたクロトの前に、衝撃の事実が次々と襲いかかってきます。
二章が終わるまであともう少しの予定です。
では、次の更新をお待ち下さい。