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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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決着と敗北

 戦闘用の意識を起動させていたクロトは、警戒心を解くことなく、リュウキを睨み付けた。

 あらゆる防御も魔術も意味を成さない魔術、斬るという概念だけに特化した一刀一撃の魔術《絶刀》

 残された魔力のほとんどを捻り出して使用した魔術だが、リュウキはその一撃を耐えきってみせていた。

 胸には一度めの《絶刀》と二度目の《絶刀》がクロスする形でたたき込まれている。

 傷口からは大量の血が流れ、普通の人間ならまず間違いなく即死しているはずだ。


 それを耐えきってみせたのは竜として生命力がなせる技なのか、人型魔獣だからこその生命力なのかいまいち判断出来ない。


「くそ……が」


 リュウキは傷口に手を押し当て、魔力を纏わせる。

 クロトの鼻に肉を焼く異臭らしき臭いが漂った。


(まさか、焼いて塞いでいるのか?)


 肉を焼いて失血死や失血による肉体行動の制限を防ぐ。

 だが、そんな対処は付け焼き刃だ。体を焼く度に体中に激痛が走り、沸騰する血に地獄を見る。傷を塞いだところでまともに動くことなんて出来ないだろう。

 現にリュウキは青白い顔を浮かべ、玉粒の汗を浮かべている。

 唇は血が滲むほど噛みしめ、体は今にも倒れそうだった。


 自分で自分の体を焼くという恐怖に打ち勝ち、さらに悲鳴の一つも上げないその根性にクロトは感心した様子で見つめた。


「……どうした? 俺をやるなら今のうちだぜ?」

「そうとも限らないぜ」


 実際、この男を殺すならこの瞬間が絶好の機会だろう。

 だが、それでは、クロトの怒りは収まらない。

 この男を含めて、あと一人、クロトは許すことが出来ないヤツがいる。

 今、そいつがどこにいるのか。その情報をこの男から吐き出させる。


 幸い、アイリの魔力残量もあと三割程度残っており、複数の魔術を同時に使うマルチタスクは無理でも威力の弱い魔術なら数回は使えるだろう。


 基礎魔術の中にもそれなりに便利な魔術はある。

 弱い電撃を放つだけの魔術《エレキ》でも直接肉体に流せば拷問に使える。


 この男に容赦の言葉はいらない。

 クロトは《黒魔の剣》を握り直し、傷を焼いて塞いだリュウキにゆっくりと近づいた。


「なら、試してみろよ。お前のお得意の魔術で」

「はっ! 俺がこの結界の特性を知らないとでも思っているのか?」


 なら、もう抵抗は無意味だとわかっているはずだ。

《反転世界》はクロトの手に負えない魔術が完成する直前にその魔力を吸収し、結界の維持に奪った魔力を使う機能がある。

 この男がいかに規格外の魔術を身につけていようが、その力が使えない時点でクロトに勝つ事は出来ない。


 そんなことはわかりきっているはずなのに、それでもリュウキは手の平をクロトに向けてきた。


(何をする気だ?)


 さらに警戒心を高めるクロトを前にリュウキはあざ笑いながら魔力を高めていく。


 その魔力量はクロトの想像を軽く上回るほどだった。


(嘘だろ……!)


 弱みをみせない為に直接言葉にしないが、じっとりと手が汗ばむ。

 電撃属性の魔力の熱にやられて喉が渇き、水分が蒸発していく。

 よくよく見ればその傾向はリュウキにも現れていた。

 強引に焼き塞いだ傷口から赤い蒸気が立ち上っている。それは血だ。

《反転世界》がリュウキの魔力を吸い取り続けるが、追いついていない。徐々にリュウキの手に魔術らしきものが完成していく。

 そして――


「よーするに、この結界が吸いきれない魔術を使えば問題ないってことだろうが!」


 リュウキの手の平に光り輝く巨大な剣のようなものが生まれた。

 それを剣と表現したのは、内側に反り返った刃に見えなくもないからだ。

 だが、柄も鍔も、刃もない。もっと適切な表現があるとするなら――《爪》だ。


「ちっ、流石に五指全てを創ることは出来ないか」


 おい、待て……その魔術は本来五本の《爪》を創る魔術なのか?


《反転世界》の影響でその内の4本が喰われているが、残った一本の魔力を見ても、クロトの全力を軽く上回っていた。


 打ち消す魔術は……ない。


「だが、まあ、いい。コイツでお前を殺してやるよ」


 出来上がった《爪》に不満を漏らしつつ、リュウキはまるでひっかくように指先をたてた。

 連動するように《爪》も動き、その先端がクロトに狙いを定める。


(どうする……?)


 必死に現状を打破する方法を考える。

《ヒョウカイ》は無理だ。いくら氷の盾を使ったところで焼け石に水だろう。

 恐らく他の魔術も……禁書目録に存在する魔術ですら、この一撃は防げない。


 解決策は、あるには、ある。


 クロトは《完全魔術武装》が表示する『リュウキのデータ』に一瞬視線を向けた。

 この画面にはリュウキが使う全ての魔術の情報がある。

 そして、その画面を砕き、取り込めば、クロトもリュウキと同じ『竜の力』を使えるはずだ。

 だが、恐らく、その代償はあまりにも高いものだろう……。

 今度は片目を失う程度では済まない。


 一瞬の迷い。


 だが、その迷いが致命的な隙を生んだ。


「敵を目の前になにボサッとしてやがる!」

「しま――!」


 気付いた時にはもう手遅れだった。

 リュウキが大振りで腕を振い、雷の《爪》がクロトめがけて振り下ろされる。

 咄嗟に群青色の魔力を纏い、障壁をつくるが、この程度の障壁が役にたつわけがない。


(くそ……! 後遺症を気にしいてる場合じゃなかった!)


《爪》がクロトの障壁を容易く斬り裂き、身構えた《黒魔の剣》に接触する直前。


 突如、その《爪》が跡形もなく消え去ったのだった。


「そこまでだ」


 クロトもリュウキも互いに言葉を失っていた。

 勝利を確信していたリュウキは《爪》を掻き消した男に殺意すら向け、牙を剥きだしていた。

 そして、クロトも混乱の極みにありながら、その乱入者に殺気を向ける。


 ――カザリを連れ去った男はリュウキに視線を向けていた。


「ひどい有様だな」

「レイジ……なんの真似だ?」


 レイジ――それがあの男の名か。

 クロトは脳裏にその名を焼き付けながら、残った魔力を集約させる。

 どうやって《反転世界》に? なぜ俺を助けた?

 気になる点は多々あるが……

 クロトは余計な雑念を切り捨て、一瞬で思考を切り替えた。


 どんな理由があって、助けたのか知らないが、余計な手間が省けたのは有り難い。


 次に厄介な魔術を使われる前に……

 残りの魔力で放てる最強の魔術で、この二人を殺す。


 息を殺し、魔術を行使するだけに意識を集中させていく。

 その間、クロトは二人の会話の盗み聞きすることも忘れなかった。


「それは、こちらの台詞だ。人間一人殺すのに何を手間取っているんだ、お前は」

「油断しただけだ。ケリつけようとしていたっていうのに、余計な邪魔しやがって」

「油断だと? お前の悪い癖だ。その怪我はいい教訓になったな」

「うるせーよ。いいから退け。アイツ、殺してやるから」

「……事情が変わった。今日は見逃せ」

「はあ? なに言ってやがる? お前が言ったたんだろ? 確実に息の根を止めろって! 今更なに言ってやがる」

「エミリアの意思だ」

「あの堕天使の? お前、相変わらず、あのガキに甘いな」

「変な想像はするな。エミリアの判断だ。この男も何かしら役にたつと考えているんだろう。俺達には《目》はない。アイツの言葉に従うしかないんだ」

「へいへい、わかったよ! だがな! ――お?」


 クロトの魔力に真っ先に気付いたのは戦意がなくなったリュウキだった。

 魔力が嵐のように吹き荒れ、《黒魔の剣》が群青色に光り輝いていた。


 斬撃型魔術最上級魔術――《斬破》


 防御不可能の|《絶刀》の斬撃を飛ばす|《絶刀》の改良型だ。

 最大三連撃の斬撃が可能で、《斬破》に体が触れた瞬間に斬られたという概念が相手に上書きされる。

 それ故に、防御は意味を成さない。

 回避するしか方法はないが、クロトはその可能性すら潰し、極大の《斬破》を完成させていた。


「へえ、人間しちゃあ、頑張ったほうじゃないのか?」

「その油断が命取りになると何故学習しない?」

「あの程度の魔術で俺を殺せるかよ」

「その傷はなんだ?」

「……あぁ! そうだよ! 俺が悪いんだろ? なら、ここはお前が防げよ! 禄に魔術が使えないこの結界もお前には関係ないだろうからな!」


 リュウキは面白くなさそうに露骨に視線を逸らし、レイジは無表情でクロトの前に立った。

 クロトは二人を睨みながらさらに《斬破》に魔力を集めた。

 この程度ではダメだと、レイジの瞳を見た瞬間に悟ったのだ。

 クロトは《反転世界》を維持していた魔力すら《斬破》に回し、さらに刀身に埋め込まれた『魔晶石』を叩いて魔力を放出させた。

 まさに全力全開だ。


「……いいだろう。撃ってみろ」

「なに……?」

「それがお前の全力なら撃ってみろ。クアトロ、お前がいかに弱い人間で、誰に刃を向けたのか、その絶望を味あわせてやる」

「やれるものなら……」


 剣を持ち上げると全ての魔力を《斬破》に纏わせ――クロトの全てを賭して振り下ろした!


「やってみやがれええええええええ!」


 魔力の本流が大気を巻き込み、強固な《反転世界》の床や壁を削っていく。

《斬破》がレイジに触れる直前――


「やはり、この程度か……」


 呆れた表情を見せたレイジは左手を軽く振るだけで《斬破》を消し去ってみせた。


「嘘……だろ……」


 最も信頼する魔術の一つを意に介した様子もなく払いのけたレイジの底知れない力に言葉を失う。

 そして、最悪の事態がクロトの身に生じていた。

 渾身の魔力を込めた《斬破》。その代償はアイリの『魔晶石』の全魔力だ。

 当然、《完全魔術武装》を維持することが不可能になり、蒼い粒子となって外套が解けていく。


「それがお前の実力だ。借り物力を使ったところで俺達を倒すことは出来ない。それが人間と魔族の壁だ」

「――ッ!」


 外套が解け、力を失ったクロトは反射的に距離を取る。

 レイジの実力は身をもって知っている。この程度の距離は離れたうちにも入らない。

 最悪の事態を想定しつ、額に汗が浮かぶ。

 だが、レイジのとった行動はクロトが予想もしていなかったものだった。


「引くぞ」


 興味を失ったのか、クロトから視線を逸らすと、レイジはリュウキの肩に手を置く。

 リュウキは鼻をならすと、忌々しげにクロトを見た。


「おい、ガキ。名前は?」

「……クロトだ」

「そうか。その名前確かに覚えたぜ」


 リュウキは胸元の十字の傷に指をさしながら吠える。


「この傷の礼は次の機会までとっておいてやるぜ。次に俺が現れないことを祈ってることだな!」


 リュウキは大仰に笑い声を上げながら、光の粒子となってその場から消えた。

 すかさず魔力を探ってみたが、リュウキの気配は微塵もしない。本当にこの国からいなくなったようだ。


 今のは間違いない。《転送》だ。


 完成度はクロトの魔術より遙かに高い。魔力の乱れも時空のゆがみもほとんど感じられなかった。

 それに――《転送》なんていう高度な魔術を使ったのにも関わらず、レイジから一切魔力を感じ取ることが出来なかった。

 レイジはクロトを一瞥すると、


「『開闢の英雄』と聞いていたが、大したことはないな」


 そう言い残して、《転送》魔術で姿をくらませたのだった。


 


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