その後
5月。野々森牧場では、蓉子によって書かれた本と葉月達によって作り上げられたDVDが商品化された。
これらの作品では牧場でのライスフィールドの姿や、出走したレースの映像の他に次のようなことが語られていた。
元々小柄で、あまり期待されていたわけではなかったが、とにかく脚が速く、2歳時はそれを生かして怒涛の如く勝ち続けたこと。
その年、関西馬による平地GⅠ完全制覇が目前に迫っており、朝日杯では恐ろしい程のプレッシャーと闘っていたこと。
年明けになってからはそれまでの反動からか、なかなか仕上がらなくなり、しかも徐々に脚部不安の影響が出てきたため、以降は故障の心配が付きまとうようになってきたこと。
3歳時は屈辱の未勝利に終わり、ファンから色々と心無い声を浴びせられ、陣営も相当な悔しさと闘っていたこと。
斤量の問題や疲労からの回復力、そして脚部不安の影響で中4週以上空けなければならず、秋天、JC、有馬といったローテーションができなかったこと。
オールカマーでは、もし負けたらGⅡ戦線に降格というプレッシャーの中で勝ち、GⅠ戦線にとどまることができたこと。
ファントムブレインを倒した天皇賞(秋)は、これまで単なる漁夫の利だという声も少なくなかったが、実はそれがアキさん達の考え出した意図的な作戦であったこと。
年明け以降はライスフィールドの種牡馬入りに関して色々交渉したが、欠点を色々指摘され、納得のいく条件を提示してもらえなかった結果、交渉が決裂し、現役続行しか選択肢がなくなってしまったこと。
ソングオブリベラのグランドスラムを阻止した天皇賞(秋)では、外枠から意図的に内に入って最後方を走り、前が壁になるリスクを覚悟の上で内側からスパートをかけていったこと。
最後の直線ではライスフィールドが最後の力を振り絞って走り抜き、史上初めて1分56秒を切るタイムをたたき出したこと。
その時点でもはや能力の限界が来ているにもかかわらず、同馬に過剰な期待をかけた結果、あの悲劇が待っていたこと。
というように、ファンの人達が知らなかったエピソードが色々つづられていた。
さらに、DVDの特典映像には根室那覇男さんの要望に応える形でパーシモンのレースシーンが収録され、さらにはカヤノキ、レインフォレストのレースシーンも収録されていた。
根室さんはバラエティー番組内でパーシモンが登場した回にゲスト出演し、その本とDVDを宣伝してくれた。
その甲斐もあって売上も上々で、商売としてそれなりの成果をあげることができた。
その頃、リハビリ施設で過ごしていたレインフォレストは骨折によるケガも治り、厩舎に戻って復帰に向けて動き出した。
まだ復帰レースは決まっていないものの、陣営としてはひとまずオープン特別のレースに出し、それから本格的な復帰を目指す方針だった。
村重厩舎では現在オープンクラスの馬はレインフォレストしかおらず、同馬もオープン特別クラスの実力のため、現時点では大レースとは無縁の状態だった。
しかし、アキの話によればこの馬は晩成型で、まだまだ伸びしろがあるということなので、陣営はいつか必ずレインフォレストを大舞台にという意気込みだった。
ライスフィールドと激闘を繰り広げてきた同い年以上の馬達はすでに大半が引退しており、今も現役を続けている主な馬はトランクミラクルとシドニーメルボルンの2頭だけだった。
すでに現役を引退した主な同い年の馬の近況は次の通りだった。
・ソングオブリベラ … すでに引退前からシンジケートはいっぱいとなっており、2000万円という料金にもかかわらず多くの牝馬を集めることに成功した。牝馬の質も高く、数年後には重賞やGⅠ戦線で活躍する産駒が出てくることが期待されていた。
・フシチョウ … 種牡馬としては3シーズン目を迎えていた。しかし牧場の経営者が無理な投資をしたために資金繰りが悪化し、結果的に同馬を放出することになった。引き取り先として野々森牧場が名乗りを上げてくれたため、ライスフィールドと再会を果たすことができた。
・トランクゼウス … 去年のマイルCSで引退した後、料金200万円で種牡馬入りしたが、当初は思うように牝馬が集まらず、苦戦していた。だが当初ライスフィールドのところに行く予定だった牝馬が何頭かやってきたため、皮肉にもライスフィールドに感謝する形になった。
・パースピレーション … 国内GⅠを4勝した後、 6歳春に海外のレースに出走したのを最後に現役を引退。種牡馬入りは4月中旬と他の馬達に比べて大幅に遅れを取ったものの、それでも50頭の牝馬を集める盛況ぶりだった。
・ソルジャーズレスト … 今春に元気な牝馬を出産し、現在2頭目の仔を身ごもっている。
・トゥーオブアス … 乗馬施設で乗馬として活動中。
・シリコンヒル … 京都競馬場の誘導馬になるべく、現在特訓中。
他に、2歳年上のファントムブレインや1歳年上のホタルブクロは料金がそれぞれ2500万円、1000万円するにも関わらず多くの牝馬を集める盛況ぶりで、それによって得られる収入もかなりのものになった。
世間では宝塚記念も終わり、関心がすっかり夏競馬に移った頃、レインフォレストが巴賞(オープン特別、函館、芝1800m)で復帰した。
馬体はまだやや重め残りで、仕上がり途上のため、明らかに1度使ってからという意図が見て取れた。
結果も14頭立ての13着と振るわず、同馬はレース後、野々森牧場に短期放牧に出されることになった。
そのついでに、村重厩舎の陣営はライスフィールドに会おうということで、野々森牧場にやってきた。
ライスフィールドは、善郎達に対してとても優しく接してくれた。
善郎達にとって、同馬に大ケガをさせてしまったという負い目もあったが、そのおかげで立ち直り、有意義な時間を過ごすことができた。
その後、蓉子達と善郎達が話し合いをした結果、牧場でささやかな引退式を行うことになった。
撮影はジャンが行うことになり、残りのメンバーがそれぞれ下記のゼッケンを持っていた。
新馬戦(1番)… 道脇君
函館2歳S(2番)… 太郎
京王杯2歳S(3番)… 葉月
朝日杯FS(4番)… 蓉子
オールカマー(8番)… アキ
天皇賞(秋、4歳時)(8番)… 鴨宮君
天皇賞(秋、5歳時)(17番)… 善郎
(※紅君は厩舎で留守番をしていたため、ここにはいなかった。)
傍らにはカヤノキ、パーシモン、レインフォレストがおり、彼らの足元にはマリーゴールドの花が置かれていた。
カヤノキとパーシモンはライスフィールドの功績を心からたたえており、レインフォレストは自分も兄のように活躍したい。そしてソングオブリベラに何度も会えるようになりたいという闘志を静かに燃やしていた。
この時の映像は、今までのレースシーンの映像と組み合わせた上で、今年の天皇賞(秋)当日に、ターフビジョンにて放映されることになった。
ライスフィールドの人気は引退後も衰えることはなかった。
その馬が大ケガをしながらも無事に生還してくれたことは、関係者の人達にとって何にも代えがたい喜びだった。
次回が最終回です。




