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ライスフィールド号と歩んだ日々

 ライスフィールドはパーシモンとレインフォレストと1ヵ月程度の間、リハビリ施設で一緒に過ごした。

 そして2月中旬のある日、野々森牧場に1年ぶりに戻ってきた。

 この馬が生きて無事に帰ってきてくれたことは、野々森牧場の人達にとっては何にも代えがたい喜びで、馬運車が到着すると牧場のスタッフが総出で同馬を迎えた。

「ライスフィールド、お帰り~。」

「Welcome home, Rice Field.」

 米太やジャンも大喜びで声をかけた。

 みんなからの大歓迎を受けた後、ライスフィールドはカヤノキの隣の馬房に入っていった。

 歓迎の雰囲気が一段落ついた後、蓉子、葉月、太郎は家の中に入っていき、話し合いの場を設けた。

「この2ヵ月近くの間、夜も眠れないような日もあったし、本当にどうなってしまうか心配だったけれど、無事に帰ってきてくれて良かったわね。」

「本当。たとえ6億円を超える賞金を獲得したって、もし死んじゃったら私達は悲しみの中で生きていたでしょうから。」

「でも、今年の種牡馬入りは無理かもしれないな。それにレインフォレストも骨折休養中だから、まとまったお金はしばらく期待できないし。」

 蓉子と葉月が喜ぶのに対し、太郎は心配な気持ちを隠せずにいた。

「あんたねえ、人がせっかく嬉しい気持ちに浸っている時に何を言い出すのよ!」

「そんなこと言われたって、本当のことじゃないか。シンジケートは解散しちゃったしさ。」

「やっぱりあんたは金にうるさい人ね!」

「そう言う意味で言ったんじゃないってば!」

 太郎のせいで機嫌を悪くした葉月は、怒った口調で彼に詰め寄った。

「葉月、やめなさい。確かに太郎の言うことには一理あります。このままでは今シーズンは種牡馬としての収入が手に入らなくなってしまいます。そこで、私にちょっとアイデアがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「何?お母さん。」

「アイデアって?」

「私としてはライスフィールドに関連する商品を作ってみたいと思っています。」

 そう言って蓉子は自分の考えを打ち明けた。

 彼女は競馬場に行った時、何度もグッズ売り場に足を運んだ。

 その時、ライスフィールドのぬいぐるみやポスター、ハガキ、さらには朝日杯FSや天皇賞(秋)を勝った時のゼッケンなどが売られているのを見かけた。

 以前は(へえ、こういうものがあるのね。)としか思わなかったが、もしかしたら自分でもそういった物を作ってビジネスに活かせるかもしれないと思ったことを打ち明けた。

「ライスフィールドのグッズか。面白そうだな。」

「お母さん、いいところに気がつくわね。」

 太郎と葉月は興味深そうに言った。

「では牧場のみんなも呼びかけて、話し合いの場を設けましょう。」

 蓉子はそう言うと早速牧場のスタッフのもとへと向かっていった。


 その後、蓉子は「Unforgettable ~ライスフィールド号と歩んだ日々~」というタイトルで本を執筆することを決めた。

 また、競馬場で売られているライスフィールドのDVDを参考に、自分達も同馬をテーマにしたオリジナルDVDを制作しようということになった。

 ナレーションと主演は葉月が兼任で担当することになった。

 ストーリー構成と監督は太郎が担当し、ジャンはレースシーンの編集ならびに、牧場での撮影を担当することになった。

 他にも牧場で撮影されたライスフィールドの姿が映ったはがきやポスターなども発売してみようという話になった。

 これらがヒットするのかというのは全くの未知数だったが、資金面での余裕はあるため、色々出してみようということになった。

 また、ライスフィールドの弟、パーシモンの馬主が芸能人の根室那覇男さんということもあり、彼とは面識もあったため、グッズの売り込みをお願いしたりもした。

 根室さんは忙しい合間を縫って色々アドバイスをしてくれて、相談にも乗ってくれた。

 そして自身のオフィシャルサイトなどで宣伝をする代わりに、パーシモンの映像もDVDに収録してほしいという要望を出してきた。

 そこで太郎はパーシモンが2歳時に2勝目を挙げた時と、朝日杯FSで4着に入った時のレースを入れることにし、さらにジャンの提案でレインフォレストが勝った愛知杯のレースシーンも入れることにした。

 ライスフィールドの今シーズン中の種牡馬入りは厳しい状況であることに変わりはなかったが、陣営にはもはや悲壮感はなかった。


 一方、村重厩舎では、一時は死ぬほど落ち込んでいた善郎がすっかり元気を取り戻し、1月下旬から再び調教師としての采配を振るっていた。

 そんな彼は、ライスフィールドの件があって以降、馬の健康管理について連日自問自答を繰り返していた。

(去年の秋天で、決して万全ではない状態で1分55秒9というタイムをたたき出したのは、ライスフィールドがまさしく最後の力を振り絞った姿だった。現にその後のフィールドはもうボロボロの状態だった。にもかかわらず、あと1レースだから頑張ってくれと言って、無理をさせてしまった。今考えれば、あと1レースだけなら大丈夫だろうと思っていた。しかし故障の悪魔はそんな心の隙を逃してはくれなかった。本当にあわや取り返しのつかないことをしてしまうところだった。)

 彼はそれ以降、故障には十分に気をつけるようになり、馬には無理をさせないようにすること第一に考えるようになった。

 その考えは道脇君、鴨宮君、紅君も同じだった。

 特に鴨宮君は、ライスフィールドが故障を発生した追い切りに乗っており、手綱を緩めるのがあと少し遅かったら本当に取り返しのつかない状況を招いていただけに、故障には人一倍気を使うようになっていた。


 そんなある日、彼らはライスフィールドがいた馬房をこれからどうするのかについて話し合いをした。

 その中で、善郎は厩舎の次期エースとして期待されるレインフォレストが復帰したらその馬房に入れようかと提案し、アキは今度入ってくる2歳馬を入れたいと主張した。

 それに対し道脇君、紅君、鴨宮君の意見は次の通りだった。

「この馬房は、当分ライスフィールドのものにしたいと思っています。正直、たくさんの思い出を授けてくれた馬ですし、他の馬を入れるのは恐れ多いです。」

「僕も同感です。正直、今でもそこを通る度にライスフィールドのことを思い出します。大変なことも色々ありましたが、自分を大きく成長させてくれた馬です。」

「ライスフィールドは本当に特別な馬です。野球で言うなら欠番級の馬です。これまで同馬を忘れたことはないですし、これからも忘れることはないでしょう。」

 彼らに共通する気持ちは、今の自分があるのはライスフィールドのおかげだということだった。

 特に厩舎開業以来ずっと所属している道脇君と鴨宮君にとっては、もし同馬がいなかったらただでさえ劣勢だった関東勢の中でもさらに無名の厩舎としてのレッテルを貼られ、他の厩舎を恨めしそうに眺めるだけだっただろうという認識だった。

「もしかしたら、これからライスフィールドを上回る成績を残す馬がこの厩舎に来るかもしれません。もしそうなったとしても、僕はライスフィールドのことを忘れることはないでしょう。だから、シンの言った『野球で言うなら欠番級の馬』という言葉がぴったりと当てはまると思います。」(道脇君)

 彼らの考えはアキにとって少し意外なものだった。

「私は前の厩舎で何頭ものGⅠ級の馬を見てきましたから、皆さんの意見には少し驚きましたが、それもいいでしょう。私も皆さんの意見に従うことにします。」

 それを聞いて、善郎の心も固まっていった。

「分かった。僕も新しく馬が来る度にライスフィールドと比べてしまうし、正直前の厩舎にいた時を含めても、1番思い出深い馬だった。だからあの馬房は当分の間ライスフィールドのものとして残していくことにしよう。」

 それを受けて、厩舎では当分の間空きの馬房ができることになった。


 思えば今でこそ関東馬の大レース制覇も珍しくなくなってきたが、4年前は関東馬が関西馬の勢いに押され、絶望的なまでの差をつけられていた。

 関東の条件戦のレースでも関西馬が何頭もエントリーしてきては上位を奪い去っていく状況だった。

 まして大レースでは関東馬は消しとまで言われる状況で、GⅠタイトルは関西勢にみんな持っていかれるのではないかという懸念もあった。

 そんな中でライスフィールドは関西の有力馬に勇敢に立ち向かい、そしてなぎ倒し、関東に希望を与えてくれた。

 その雄姿は野々森牧場や村重厩舎だけでなく、多くの人達の心の中に生き続けることだろう。

 ありがとう、ライスフィールド。君のことは忘れない。


一見するとこれで完結のようなまとめ方になりましたが、物語はもう少し続きます。

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