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リハビリ施設にて

 ここは競走馬のリハビリ施設。故障した馬達が集う場所だ。

 ここではパーシモンが脚の治療のために少し前から滞在していた。

(あ~あ。僕はこんなところで一体何をしているんだろうなあ…。2歳時にはGⅠで4着になった実績はあるけれど、『兄貴には全然及ばないじゃないか。』とか『重賞くらい勝ちなさいよ。』とか色々言われたし、肩身が狭かったよなあ。その後は走っても走ってもなかなか勝てずに重賞未勝利のまま条件馬になってしまったし…。)

 彼は事あるごとに兄のライスフィールドと比較され、まわりから色々言われ続けてきただけに、競走馬生活が嫌になりつつあった。

(※もっとも、そう言う連中は大抵条件馬だったので、あんたに言われたくないと言いたいのが彼の本音だったが…。)

 さらにこれまでは中1週でもレースに出せるという丈夫さが売りだったが、2歳夏にデビューして以来、5歳1月までの31ヵ月の間に48戦を走ってきたため、さすがに脚を痛めてしまい、自分の長所までもが揺らいできてしまった。

 さらに彼はこれまで戦力外通告をされて厩舎を後にしていった馬達をたくさん見てきた。

 そのため、このまま引退したら自分はどうなってしまうのかという気持ちを持っており、そう言った点でも不安を感じずにはいられなかった。


 そんなある日、その施設にレインフォレストがやってきた。

『あれ?レインじゃないか。久しぶりだな。』

『えっ?その声はパーシモンお兄ちゃん?どうしてここにいるの?』

 驚きを隠せずにいるレインフォレストから質問を受けたパーシモンは、自身の近況を打ち明けた。

『そうなんだ。頑丈な体のお兄ちゃんでもそうなっちゃうんだ。』

『そりゃこれだけ走ればガタの1つや2つくらいは来るよ。とにかく走りっぱなしだったからさ。それより、レインはどうしてここに来たんだ?』

『その…、悔しいけれど骨折しちゃったよ~。ふええ~~ん…(泣)。せっかく愛知杯を勝って、これからってところだったのに~(悔)!』

 そう言ってレインフォレストは当初出る予定だったフェアウェルSを回避してからの過程を話した。

 ライスフィールドの故障以降、厩舎は深いショックが漂っており、一時は空中分解してしまいそうな状況になっていた。

 そんな中、自分は愛知杯に出走することになり、そして低評価を覆して優勝を飾ることができた。

 その勝利のおかげで厩舎の雰囲気は一気に好転し、明るい希望が戻ってきたような感じになった。

 しかし厩舎に戻ってきた後の検査で骨折が判明し、再び厩舎にはショックが漂う状況になってしまった。

『悔しいよ~(泣)!ライスフィールドお兄ちゃんのためにもまた重賞を勝ちたかったのに~(悔)!』

『まあ、それくらいのケガなら7月から8月には復帰できるよ。その時にまた頑張ればいいじゃないか。』

『そうだけど…。でもやっぱり悔しい。それに…。』

『それに、何だ?』

『お兄ちゃんが助かるかどうか不安なの。レースを控えていた時には、私が頑張ればきっとお兄ちゃんは助かるって思っていたけれど、いざ走り終えたら不安ばかりがよぎっちゃって…。』

『そりゃ僕だってそれは不安だけれど、君は愛知杯制覇で将来はもう保障されたようなもんだろ。僕は同じ4勝でも条件馬の身だから、これからどうなるか…。』

 2頭はお互いの近況や心の内などを色々と話し合った。

 その中で、お互い共通していることは、やはりライスフィールドが無事に助かるかどうかということだった。


 2頭はその後も色々なことを話し合いながら日々を過ごした。

 そんなある日、彼らは外が何だか騒がしいことに気づいた。

『何だろう?』

『何かしら?』

 パーシモンとレインフォレストがそう言いながら声のした方に向かっていくと、そこには何頭もの馬達が『あの馬ってもしや?』、『無事だったの?』という声を上げていた。

 その群れの向こうにいる馬を見ると、そこには黒鹿毛の馬がいた。

 脚には見るからに痛々しげな治療の跡があり、その顔はまるでこの世の地獄でも見てきたかのような表情だった。

 その馬の姿は明らかに以前よりやつれていたが、彼らは一目見ただけですぐに誰だか分かった。

『アニキ!』

『お兄ちゃん!』

 彼らは群れをかき分けてその馬に近づいていった。

『パーシモン…、レイン…。』

 どこか弱々しげな声でそう応えた馬はまさしくライスフィールドだった。

『アニキ、本当にアニキなんだよな?』

『本当に生きて帰ってきたの?』

『ああ、帰ってきたよ。本当に苦しいケガとの闘いだったけれど、どうにか乗り越えたよ…。もう命の危険はないから、安心してくれ…。』

 ライスフィールドは精神的にまいっているのか、弟と妹に再会してもその声は弱々しいままだった。

 だが、たとえそうであろうとも、パーシモンとレインフォレストにとって兄が生還してくれたことは何にも代えがたい喜びだった。


 1年ぶりの再会を果たした3頭は、お互いのことについて色々と話し合った。

 その中で、ライスフィールドはまずレインフォレストにこれからのことについてアドバイスをした。

『レイン。僕は一命を取り留めることができたけれど、間違いなくこれで引退だ。これからはお前が厩舎のエースとなり、稼ぎ頭になってくれ。』

『私が?』

『ああ。お前ならそういう存在になれる。いや、お前しかいない。頼んだよ。』

『…そんなあ…。』

 レインフォレストはこれまで兄がどれほどのプレッシャーと闘いながら走ってきたのかを知っているだけに、怖じ気づきそうになった。

 しかし、ライスフィールドが『リベラが待っているぞ。』と言ったとたん、彼女の表情が変わった。

『お兄ちゃん、本当にリベラさん、私のことを思ってくれているのかな?私、フェアウェルSの時に競馬場で彼にこくりたかったけれど、回避になった影響で何も打ち明けられずに離れ離れになっちゃったから、気持ちを確かめることもできないままだったし…。』

『大丈夫。あいつはきっとレインのことを思っているよ。以前、リベラもレインにどう思いを打ち明ければいいのかという相談を僕にしてきたことがあるから。』

『本当に?本当にリベラさん、そう言っていたの?』

『本当だよ。だから、君達はとっくに両想いの関係だったんだよ。』

『リベラさん、そうだったんだ。それならもっと早く勇気を出して言っておけばよかった…。』

 レインフォレストはそう言うと、あからさまに悔しさをあらわにした。

『大丈夫だよ。リベラは引退してしまったけれど、これからは面会のためのお金を払えば彼に会えるよ。その時に打ち明ければいいさ。』

『えっ?本当に?』

『うん。』

『でも、そのお金ってどれくらいになるの?』

『そうだなあ…。ファントムブレインが確か2,500万円程度って聞いたことがあるから、それを参考にすると、少なく見積もっても1,500万円。もしかしたら2,000万円。いやそれ以上になるかもしれないな。』

『ええっ!?そんなにお金が必要なの?せっかく愛知杯を勝って、たくさんのお金を稼いだのに…。』

 レインフォレストはその金額の高さに驚き、そしてしゅんとしてしまった。

『大丈夫。レインは重賞を勝ったし、引退後に最低でも1回は会いに行けるよ。そして現役中にまた重賞を勝てばその分回数も増えていくよ。だから、これからは厩舎のエースとなって走ってくれ。その先にリベラが待っているぞ。』

『分かった。じゃあ、私もお兄ちゃんのような立派な馬になる。そしてリベラさんに会って、絶対に気持ちを打ち明けてみせるね。』

『その調子だ。だから後のことは頼んだよ、レイン。』

『うんっ!』

 兄のアドバイスに元気づけられたレインフォレストは、元気よく答えた。


 レインフォレストとの会話が終わった後、ライスフィールドはパーシモンと会話をすることにした。

 その中で、パーシモンはこれまでの競走馬生活の中で積もり積もってきた悔しさを兄に正直に打ち明けた。

『兄がGⅠ馬という苦労はレインから聞いことがあるから、気持ちは分かるよ。確かにそういうこともあるだろうけれど、その肩書はきっと役に立つよ。』

『どう役に立つんだよ。』

『もしそのおかげで処分を免れて生き残ることができるのなら、それでいいじゃないか。母さんも繁殖牝馬の引退を余儀なくされた時、一旦は処分も検討されたけれど、GⅠ馬の母親ということで生き残ることができたという話を聞いたことがあるしさ。』

 ライスフィールドはカヤノキのエピソードを持ち出して、パーシモンを説得した。

 それを聞いてパーシモンの表情は多少は和らいだが、しかし彼の心の中に悔しさはくすぶり続けていた。

『とにかく生き伸びればこれから名誉挽回のチャンスはやってくるよ。だから、どうかライスフィールドの弟という肩書を前向きに考えてくれ。』

『…分かったよ…。』

 パーシモンは渋々ながらも、兄のアドバイスに従うことにした。


 それからしばらくして、容体も落ち着いたライスフィールドは登録を抹消され、しばらくの間この施設で過ごした後、2月中に生まれ故郷の牧場に戻っていくことになった。

 きれいな終わり方ではなかったものの、一命を取り留めてくれたことは他の馬達や関係者の人達、そして多くの競馬ファンにとってはうれしい知らせだった。

 だが、ライスフィールドの心の中には素直に喜べない気持ちもあった。

(正直、一時はもうだめかもしれないと思ったこともあった。でもある時、何だかよく分らないけれど、力がみなぎってきた。あの力があったおかげで僕は痛みを乗り越えることができた。あの力は一体どこからみなぎってきたんだろう。もしかして、マリーが…?)

 彼はそう思いながら、死の淵の領域でスペースバイウェイに会った時に、彼女が言っていたことを思い出した。


『マリー。そんなことをしたらあなたの魂は消滅してしまいますよ。そうなったら2度と現世に生まれ変わることはできなくなります。それに、いつかカヤノキやあなたのお兄さん達、そしてお姉さんが往生しても彼らと会えなくなります。当然、私とも未来永劫会えなくなりますよ。』


(マリーが本当に力を貸してくれたのかは、正直分からない。死の淵を脱出した以上、スペースバイウェイさんに会うことは不可能だし、確かめる術はどこにもない。だけど、もしそれが本当だったとしたら、僕は彼女に何てことを…。)

 ライスフィールドは自身が生き残ることこそできたものの、サバイバーズギルトと言われる罪悪感に悩まされることになってしまった。

 果たしてこれをカヤノキに打ち明けたら、何て言われるのだろうか…。


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