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再会、そして出会い

ここでも、ライスフィールドの一人称で物語が進行します。

 今年開業したばかりの村重厩舎での最初の出会いは、厩舎で働く人達だった。

 馬運車を降りた時、そこには3人の男の人が立っていた。

「こんにちは。調教師の村重善郎です。ライスフィールド、これからよろしくお願いします。」

「調教助手の道脇長伸です。これから調教で乗ることになります。一緒にがんばりましょう。」

「騎手の鴨宮新と申します。これからレースでお世話になります。」

 村重さんは30歳を少し過ぎたくらい、道脇さんは20代半ば、鴨宮さんは20歳くらいの人だった。

(どうやら、この厩舎は若い人達で構成されているようだな。開業したばかりだから無理もないだろうけれど、大丈夫かな…。)

 僕は意外な状況を目の当たりにし、とまどいを隠せなかった。

 その後、僕は道脇さんに連れられて、比較的新しい感じの部屋(馬房)を紹介された。

「それじゃ、これから頑張っていこうね。」

 彼は笑顔でそう言うと、隣の部屋に入っていった。

「おはよう、ライスパディー。これから調教に行くよ。準備はいい?」

 道脇さんはそう言って、そこにいる馬の綱を外し、一緒に外に出ていった。

(えっ?ライスパディー?ライスパディーってまさか?)

 僕は彼の言った言葉を聞いてはっとした。

(まさか、野々森牧場で一緒に育った、あのライスパディーなのか?)

 そう思った僕は、目の前を通り過ぎていく鹿毛の馬に声をかけてみたくなった。

 しかし、結局何も言えないまま、ただ外に出ていくのを見つめるだけだった。


 その馬が調教を終えて戻ってきた時、僕は確認のために

『ねえ。君、ライスパディーっていうの?』

 と問いかけてみた。

『そうだよ。君は何ていう名前なの?』

『僕、ライスフィールド。野々森牧場で産まれた、黒鹿毛の馬です。』

『野々森牧場?それじゃ、君は、あのライスフィールドなのか?』

 相手の馬は途端に驚いたような口調で聞き返してきた。

『そうだよ。母はカヤノキ。野々森蓉子さんや葉月さんに育てられたんだ。確か君の母はクォーツクリスタルだよね?』

 僕は自分とライスパディーしか知らないようなことを言って、確認を取った。

 その結果、僕はセリで離れ離れになるまで親友として一緒に過ごしたライスパディーと再会を果たしたことを確信した。

『フィールド、久しぶりだなあ。再び一緒に過ごすことができるなんて、すごいな!』

『僕もだよ、パディー!もしかしたらもう会えないと思っていたけれど、こんな奇跡って起きるんだね!』

 ライスパディーと僕は、そう言いながら、懐かしい再会を喜んだ。

 なお、後になって分かったことだけれど、オーナーの野々森蓉子さんは、最初母カヤノキが所属していた星厩舎に預託しようと考えていたそうだ。

 しかし、一足先に木野求次さんがライスパディーをこの厩舎に所属させたことを受けて、急きょ変更したということだそうだ。

 僕とライスパディーは、再会を果たしたその日からすぐに意気投合した。


 厩舎には他に何頭もの馬が所属していて、僕は1頭ずつまわって自己紹介をすることになった。

 最初に会った馬は、かなり年配の感じの馬だった。

『こんにちは、オーバーアゲインといいます。この厩舎の最年長の10歳で、馬達のまとめ役をやっています。困ったことがあったら何でも相談してください。』

 そのオーバーアゲインという名前を聞いて、僕は思わずはっとした。

『あ、あの、ライスフィールドです…。あなたは、僕の母さんと同期の馬なので…しょうか…?』

 僕は緊張しながら相手に問いかけてみた。

『それだけ言われても分からないな。君の母は何ていう名前なんだい?』

『あっ、言い忘れていました。母の名前はカヤノキです。母さんは僕が幼い頃、美浦の星厩舎で同期だったというオーバーアゲインさん、スペースバイウェイさん、ヘクターノアさんのことをよく話してくれました。』

『そうか、君はカヤノキの子供なのか!だったら間違いない。僕は君のお母さんと同期だった馬だよ!』

『本当にそうなんですか?それならすごいことですね!』

 僕は、母と縁のある馬と出会えたことで、飛び上がるほど嬉しくなった。

 そして、8歳も年上のオーバーアゲイン先輩のことがまるで父親のように思えてきて、すっかり親近感がわいてきた。

 さらに先輩はライスパディーに対しても父親のような存在として振る舞っていることも話してくれた。

(良かった、このような馬と出会えて。正直不安で仕方なかったけれど、これで前向きな気持ちで過ごしていけそうだ。)

 僕は安心材料が生まれたことを心から喜んだ。


 それからしばらくして、僕は別の馬のところに行って、また自己紹介をすることになった。

 僕が別の部屋に移動しようとすると、オーバーアゲイン先輩はふと背後から

『ライスフィールド君。』

 と、声をかけてきた。

『何ですか?』

 僕は振り返って、そう応えた。

『これから3歳のフロントラインという牝馬にも会うと思うが、ちょっとその時に気をつけて欲しいことがあるんだ。』

『何ですか?』

『彼女は母がスペースバイウェイなんだが…。』

『えっ?スペースバイウェイさんなんですか?』

『ま、まあ、そうなんだが…。』

『じゃあ、そのフロントライン先輩と僕は、お互いの母が親友だったってことですね!すごいすごい!』

『話を聞け、ライスフィールド!』

 オーバーアゲイン先輩は、それまでの優しい表情から一転して、厳しい声をかけてきた。

『は、はいっ!』

 僕は思わずビクッとしてしまった。

『できるだけフロントラインの前で、彼女の母のことを話さないようにしてくれないか?』

『えっ?どうしてですか?』

『彼女は母に関すること嫌がっているようなんだ。だから、ぜひとも配慮をしてやってくれ。』

『はあい。』

 僕はオーバーアゲイン先輩の言ったことがよく理解できなかったが、とりあえずそう答えておいた。


 それから僕は何頭かの馬に自己紹介した後、最後にフロントラインという名の栗毛の馬に会うことができた。

 僕達はお互い自己紹介をして、お互いの健闘を誓い合った。

 その後、僕はオーバーアゲイン先輩に言われたことを思い出しながらも、ついつい出来心が働いてしまい、母がカヤノキで、母同士が厩舎で親友だったことを打ち明けた。

 それを聞いたフロントライン先輩は表情が途端に曇った。

 しかし僕はいつの間にか忠告を無視して、母がスペースバイウェイさんにすごくお世話になったことを話し続けてしまった。

 すると、フロントライン先輩は耐え切れなくなったのか

『もうやめて!』

 と、厳しい声で僕に言ってきた。

『えっ?』

 ついつい調子に乗っていた僕は、はっとして思わず言葉に詰まってしまった。

『母のこと言うのはやめて。私、自分が小さい頃わがままだったせいで、母を苦しめてしまった…。母を病気にさせて、取り返しのつかないことをしてしまった…。だからお願い。母のことを言うのはやめて…。』

 フロントライン先輩はそう言うと、目から涙があふれ出した。

 それを見て、僕はなぜオーバーアゲイン先輩があのような忠告をしてきたのかをやっと理解した。

 しかし、同時にフロントライン先輩に大変なことをしてしまったという後悔の念にさらされた。

『せ、先輩。ごめんなさい。僕、こんなつもりで言ったわけではないんです。初対面で変なことを言ってごめんなさい…。』

 僕は涙を流す先輩に対して、とにかく謝ることしかできなかった。

 そして申し訳ない気持ちを抱えたまま、先輩のいる部屋を後にしていった。


 しばらくしてオーバーアゲイン先輩に再び会った僕は、忠告を破ったせいでフロントライン先輩を泣かせてしまったことを打ち明けた。

『先輩、本当にごめんなさい。』

『まあ、それは仕方がない。僕も去年、彼女に初めて会った時にスペースバイウェイとの思い出話をして、結果的に泣かせてしまったことがあるからな。』

『そうだったんですか。フロントライン先輩は本当に辛い過去を背負っているんですね。』

『確かにそうだが、もう気にするな。これから何年にもわたって同僚として過ごすだろうから、仲良く接していってくれ。』

『はい、分かりました。』

 僕は忠告を破ってしまったにも関わらず、怒られずに済んだことにほっとしながら、オーバーアゲイン先輩に向かってお辞儀をした。

(フロントライン先輩は母に対して心を閉ざしているみたいだけれど、僕の母さんにとってスペースバイウェイさんは決して忘れられない、命の恩人と言ってもいいくらいの存在なんだ。今は言ってもだめかもしれないけれど、いつか絶対に心を開かせてみたい。そしてできることなら先輩を笑顔にさせたい。)

 僕は言葉にこそ出さないが、オーバーアゲイン先輩の前でそのように心に誓った。


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