ライスフィールドの妹
厩舎に再び戻ってきたアキは、未だ深い心の傷を背負いながらも、精神的に傷ついている善郎や鴨宮君達を励ました。
そしてインフルエンザにかかったせいで医者からしばらく仕事を止められてしまった善郎に代わって、自ら調教師の代行を引き受けた。
彼女はフェアウェルSを回避したレインフォレストの仕上がり具合を見た結果、何と愛知杯(GⅢ)に出走させるという手に打って出た。
「ちょっと姉さん、無茶でしょそれは。」
「仮にも1600万下の条件馬ですよ。」
「レベルに合ったレースに出さないと。」
道脇君、鴨宮君、紅君は次々とアキに物申した。
「確かに勝負までは厳しいかもしれません。でも私からすれば1600万では物足りないと思うんです。」
彼女はそう言って、自分の意見を貫き続けた。
それを聞いて、道脇君達は渋々ながらもアキの考え方に賛同することにした。
(姉さん、確かに馬を見る目はあることは認めるけれど、何ヶ月もの間離脱していたからなあ…。)
道脇君は同意した後もそのようなことを考えずにはいられなかった。
その知らせを聞いた野々森牧場の人達も驚きを隠せなかった。
「正直、本気で勝てるとでも思っているのかしら?あのお姉さん。」
「単に交通費が無駄になるだけのような気がするんだけれど。」
「とにかくアキさんの決めたことなんだから、彼女を信じましょう。」
こちらではしらけた表情の葉月と太郎を、蓉子が説得している状況だった。
レース当日。1番人気の馬は単勝2.1倍で、去年のエリザベス女王杯でも好走した実績のある馬だけに、どのような勝ち方をするのかに注目が集まっていた。
一方、レインフォレストの単勝倍率は160倍で、15頭立ての14番人気だった。
そんな見向きもされないような低評価の中、アキは鴨宮君に対し、スタートしたら1コーナーまでの間に2、3番手につけるように指示を出した。
向こう正面では一切何もせず、ただ馬を慣性の法則に従うように走らせて体力を温存した後、最後の直線でスパートして粘り切るということを伝えた。
そしてその通りの作戦に打って出た道脇君は、最後の直線で先頭に立つと、後方から追い込んできた大本命の馬をアタマ差抑えて1着でゴールインした。
『大波乱です!何と勝ったのはレインフォレスト!!』
アナウンサーは信じられないとばかりに驚き、会場もどよめきがおさまらない状況になった。
「これ、嘘じゃないわよね?」
「勝ったの本当にレインなの?」
「すごい下克上だな、これは。」
目の前で起きた光景が信じられないのは蓉子、葉月、太郎も同じだった。
道脇君や紅君もそれは同じで、レインフォレスト鞍上の鴨宮君も「勝ったの本当に僕の馬?」と言わんばかりの様子だった。
(自分の作戦がうまくいったのはうれしいけれど、まさかここまで見事に決まるとは。)
アキは自分の予想を大きく上回る結果に驚いてはいたが、どちらかと言えばしてやったりの表情を浮かべていた。
(姉さん、本当に半月前まで離脱していた身なのか?)
(何だか姉さんの実力が恐ろしくさえ思えてきた…。)
道脇君と紅君は喜びながらも、そのようなことを思わずにはいられなかった。
表彰式ではアキと道脇君、そして紅君が善郎の服や持ち物を持ちながら望んでいた。
さらに、蓉子はライスフィールドが去年の天皇賞(秋)を勝った時のゼッケン17を持っていた。
(これであとはライスフィールドが生還してくれれば…。)
彼女はレインフォレストの勝利を喜びながらも、兄のことを考えずにはいられなかった。
翌日、スポーツ紙の競馬欄には
「条件馬が大本命を撃破!」
「レインフォレスト、闘病中の兄に捧げる勝利!」
「ライスフィールドの妹、ここに見参!」
という見出しが出ており、「今でもまだ勝ったのが信じられません。」という鴨宮君のコメントも載っていた。
その記事を、ある男の人は複雑な表情をしながら読んでいた。
パーシモンの馬主である根室那覇男さんだ。
「はあ、レインフォレストも重賞を勝ったのか。これでパーシモンの立場が一層厳しくなってきたな。」
彼はため息をつきながらそうつぶやいた。
無理もないだろう。パーシモンはライスフィールドが函館2歳Sを勝った後に行われたセリ市で、高いお金を出して買ってきた馬だ。
そして2歳時に2勝を挙げ、朝日杯FSにも出走した実績があるものの、その後は成績が段々尻すぼみになっていった。
幸い丈夫な馬なので、ガンガンレースに出走し、ある程度の賞金は稼いでくれた。
しかし近年は5着以内も難しくなり、事実上は出走手当が稼ぎの中心になってきているような印象さえあった。
そして今年の京都金杯の日に条件戦のレースに出走した後で脚部不安を発症したため、リハビリ施設に預けることになってしまった。
(これからどうしよう…。復帰まではしばらくかかりそうな感じだし…。それに復帰しても果たして好走してくれるんだろうか。今回のレインフォレストのように大波乱でも起こしてくれればいいのだが…。)
彼は新聞を読み終わった後、しみじみとそう考えていた。
なお、パーシモンは5歳1月の時点ですでに48戦走っていた(4勝)。
いくら丈夫な馬とはいえ、2歳6月のデビューから31ヵ月の間にこれだけ走ったため、さすがに脚に不安が発生してしまった。
これだけ出走することになったのは、自分が厩舎にそう指示を出したことによるものでもあるため、厩舎を責めるわけにもいかなかった。
さらにライスフィールドの弟に加えて、レインフォレストの姉という肩書も加わったため、なおさらぞんざいに扱うわけにはいかなくなった。
レインフォレストの快挙の陰で、このパーシモンは果たしてどうなるのだろうか?
そして未だ闘病中のライスフィールドの運命は…?
※ライスフィールドが生還するかについては次回ではっきりします。




