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レース翌日

 天皇賞(秋)の翌日、鴨宮君は久矢 大道ひろみち君と英会話講師であるスクーグ咲さんの結婚披露宴に出席していた。

 式は久矢君や咲さんの両親をはじめとする親族を迎え、さらには大勢の競馬関係者を迎えて華やかに行われていた。

 途中、双方の生い立ちの映像が流れ、両親からのメッセージが読み上げられた。

「私達は息子の大道が今の仕事に進むと言いだした時、『危険だからやめなさい。』と大反対しました。最終的には彼の熱意に押されて渋々ながらOKを出しましたが、デビュー後もいつ事故が起きるのかと思い、ハラハラしていました。」

「でも、その彼が日本でGⅠを勝ち、さらには厩舎で出会い、後に英会話講師となった咲さんから懸命に英語を学んで英語を話せるようになり、オーストラリアに進出し、現地でもGⅠを勝つという快挙を達成してくれました。本当に私達にとって自慢の息子になってくれました。」

 久矢君の父と母からのメッセージを、彼は感慨深く聞いていた。

 それに続いて咲さんの両親からのメッセージも読み上げられた。

(※彼女の父親はアメリカ人だったが、日本語で読み上げていた。)

 その後、鴨宮君がスピーチを行うことになり、マイクを取った。

「2人とも、おめでとうございます。えっと…、久矢君にとっては天皇賞(秋)を勝ち、グランドスラムを達成した上でこの式に臨みたかったと思いますが、あの…、その…、何と言いましょうか…、雰囲気を壊すようなことをしてしまってすみません。」

 彼はそう言うと、2人に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

 一方の久矢君は「いいよいいよ、そんなの。勝負の世界だから。」と笑って許していた。


 実は昨日行われた天皇賞(秋)は、ソングオブリベラとライスフィールドの壮絶な一騎打ちの末にライスフィールドがアタマ差(35cm)をつけ、1分55秒9の驚異的なレコードタイムで優勝を飾っていた。

 着順掲示板の1着には17が、2着に13が表示され、鴨宮君は善郎達と円陣を組むようにして喜び、蓉子達牧場のメンバーも抱き合いながら喜びを爆発させていた。

 一方、敗れた久矢君や堂森厩舎のメンバー、そして馬主の人達はガックリと肩を落としていた。

 その頃、競馬番組のアナウンサーは

「ものすごいレースでしたね。まさにライスとリベラの壮絶な意地のぶつかり合いでした。」

「これは後世まで語り続けられると思います。間違いなく今年のベストレースでしょうね」

 と言いながら、2頭のデッドヒートをたたえていた。

 表彰式では蓉子達をはじめとする牧場のメンバーが感無量の気持ちだった。

(これで胸を張ってライスフィールドを種牡馬にするための交渉に臨むことができる。これまでなかなか交渉がうまくいかずに破談になってしまい、現役を続行するしか選択肢がなくなってしまった。ライスフィールドの能力に陰りも見られる中で、厩舎の人達には負担をかけたけれど、これで思い残すこともなくなるでしょう。本当に勝ってくれてよかった。)

 蓉子は今年に入ってからずっと付きまとっていたプレッシャーからやっと解放され、心の底からほっとしながら、両手で大事そうに天皇盾を持っていた。

 一方、善郎は誰かの服を、道脇君は誰かのノートを持ちながら表彰式に臨んでいた。

 これらは8月に厩舎を離脱してしまったアキのものだった。

(姉さん、勝ったよ!ここに来られなくても、僕達の心はいつも姉さんと一緒にいるから。)

 善郎はそう思いながら彼女にメッセージを送り続けていた。

 ちなみにその他の主な馬達の着順は次の通りだった。

 3着 パースピレーション(2着とは7馬身差)

 4着 フォークテイオー(クビ差)

 5着 ホタルブクロ(1/2馬身差)

 6着 シドニーメルボルン(1馬身差)

 8着 トランクミラクル

 11着 トランクゼウス

 14着 クリスタルロード

 18着 グリーンレジェンド

 2着と3着の差が7馬身ということが、ライスフィールドとソングオブリベラの一騎打ちがいかにすごいものであったかということを物語っていた。


 話を披露宴に戻そう。

 久矢君がスピーチを終えると、続いてオーストラリアでお世話になった人達からのビデオメッセージが流され、現地でライバルとして戦った騎手や、去年久矢君騎乗でメルボルンカップを勝ったSept Merveilles(セットメルベイユ)の関係者の人達からのお祝いのコメントも流された。

(※彼らはもちろん英語でしゃべっていたが、久矢君と咲さんの2人で翻訳した日本語の字幕が画面下につけられていた。)

 それを見て、久矢君の両親や仲間の騎手達は彼がいかに広い人脈を持っているかを感じ取っていた。

 久矢君本人はそれを見て、自分が本当にすごい領域まで成長できたことを嬉しく思っていた。

 しかしそれは10年前、彼の横にいる咲さんがカヤノキの調教の時に交代を申し出てくれたおかげだということを忘れてはいなかった。

(あの時、サキが身代わりになってくれたおかげで今の自分がある。僕は災難を回避できたけれど、サキが大けがをしてしまい、その後も故障に苦しむ姿を見るのは本当に辛かった。その後、左腕の疲労骨折で戦力外となり、一度は僕の前を去っていってしまった。だけど彼女は英会話講師となって僕のもとに戻ってきてくれた。そんな彼女から僕は英語の実力を伸ばしてもらい、僕は海外で活躍することができた。本当に今の僕があるのは彼女のおかげだ。これまでも1日として感謝の気持ちを忘れたことはないし、これからも忘れることはないだろう。本当に、僕を支えてくれてありがとう。)

 久矢君は式が終わるまで、いや終わってからも自分の隣にいる女性に、心の中で感謝をし続けていた。


 その頃、善郎は厩舎でマスコミの人達から色々な取材を受けていた。

「ライスフィールド、レース前はあまり調子が良くなかったそうですが、レコード勝ちしましたね。」

「本当は調子が良かったんじゃないですか?何か隠し事でもしていたんじゃないですか?」

「一体どこにあんなすごい力が隠されていたんですか?理由を教えてもらえますか?」

 彼らの問いかけに対し善郎は何と答えればいいのか分からず、しどろもどろになることがあった。

「隠し事なんてありません。調子が良くなかったのは事実です。すでに5歳で実力やレース後の回復力に陰りは見えていましたし、仕上がりもレースに出せるギリギリでした。強気なコメントはとても言えませんでしたし、7番人気も納得でした。それにもかかわらず、秋天であそこまでの実力を出した理由なんて言葉では説明できません。本当に計算違いの強さを発揮してくれました。」

 善郎としてはこのように言うのが精いっぱいだった。

 それでもマスコミの人達は何か理由でもあると思ったのか

「ライスフィールドは前半の1000mを1分ジャストくらいで走っているんですけれどね。」

「最後の500mに限れば世界新記録で走っていると思うんですが。」

「ネット上ではカモフラージュするなんて汚いぞという意見が出ていますよ。」

 というようなことを問いかけ続けた。

「確かに最後は本当に世界新記録ペースでした。でもなぜそこまでのペースで走れたのかは本当に説明できません。火事場のバカ力としか考えられません。確かにネットで批判はありますが、神に誓ってカモフラージュはしていません。僕としてはどうかその批判を何とかしてほしいとこちらからお願いしたいくらいの心境なんです。」

 善郎は結局理由を説明できないまま、ひたすら取材攻勢に耐えていた。


 ようやく取材が終わると、善郎は馬達の面倒を見ていた道脇君や紅君のところに行き、ライスフィールドの調子について尋ねてみた。

「ミチ、トッキー。どうだ?ライスフィールドの状態は。」

「駄目ですね。完全に体調を崩しています。さらには熱も出しています。」

「レース直後からフラフラでしたし、相当レースの反動が来たようです。」

 道脇君、紅君は渋い表情で答えた。

「そうか。ただでさえ調子が良くなかったうえに、芝2000mのレコードを更新するタイムで走ったわけだから、相当な負担がかかってしまったようだな。」

「はい。ヨシさん、正直これからどうしましょうか?引退でもいいのでは?」

「確かに。蓉子さん達も納得はしてくれると思いますし、どうしますか?」

 道脇君とか紅君はこれまでライスフィールドの件で相当なプレッシャーを経験してきただけに、心の中では早く楽になりたいという気持ちもあった。

「まあ、調子が上向かなければそれもいいだろう。だが、有馬記念のファン投票では相当な票を集めるだろうから登録さえすれば確実に出走できるし、それに…。」

「それに、何ですか?」(道脇君)

「今回、ライスフィールドはバケモノ並の実力を発揮して秋天を優勝してくれた。周りからはそれをもう一度見せてほしいという意見もあるし、勝ち逃げするなという意見もある。僕としては何とかしてもう一度走らせることができないかと思っているんだ。」

「もう一度って、有馬記念で?」(紅君)

「ああ。間違いなく有馬記念が引退レースになる。そこでファンの前で最後の雄姿を見てもらいたいと思っているんだ。そうすれば秋天で勝ち逃げしたと見られながら種牡馬入りするよりもいいのではないかと思ってな。」

 善郎はまだ夢を追い求めたい心境だった。

 すでに吹っ切れたような気持ちの道脇君、紅君はその提案に対し、なかなか首を縦に振ることができなかった。

「まあ、とにかく有馬記念までは時間がある。現役である以上は結果を出す続けるのが宿命だし、これから2ヶ月の間、最後まであきらめずに努力した上で最終的な結果を出したい。それでいいか?」

「分かりました…。」

「はい…。」

 2人はプレッシャーのかかる状態がまだ2ヶ月続くと感じたのか、気が重そうに返事をした。

 果たしてライスフィールドは有馬記念までに間に合わせることはできるのだろうか?

 当のライスフィールドは果たして善郎の期待に応えて、レースまでに十分な走る気を取り戻してくれるのだろうか?


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