見たこともないタイム
天皇賞(秋)は、先頭を走るグリーンレジェンドと2番手のクリスタルロードが4コーナーに差し掛かった。
3番手と4番手走るホタルブクロとシドニーメルボルンの差は少しずつ縮まり始め、さらに後ろを走る馬達もペースを上げてきた。
パースピレーションは内でまだ中段待機している一方、フォークテイオーは外に持ち出しながらパースピレーションを交わしていった。
1番人気のソングオブリベラは外に持ち出しながら徐々にペースを上げていった。
同馬の鞍上の久矢君の右手が動き始めると、会場からは大きな歓声が湧きあがった。
トランクゼウスとトランクミラクルはまだ後ろにおり、どうやら最後の直線勝負に打って出るような感じだった。
そして最後方にいたライスフィールドは、内ラチ沿いいっぱいを走りながら上がっていき、内側からトランクゼウスとトランクミラクルを交わしていった。
「えっ?ライスフィールド、内側から交わしていくの?」
「普通外からだろ?内からだと危ないんじゃないのか?」
「もし前の馬が壁になったらそこで作戦失敗じゃない。」
葉月、太郎、蓉子は予期せぬ展開に驚きを隠せなかった。
「よし、まずはゼウスとミラクルを交わした。このまま行ってくれ、シン。」
「このまま前を走る馬達が内ラチ沿いを走りませんように。」
「このコーナーで少しでも順位を上げていけますように。」
善郎、道脇君、紅君は祈るような気持ちで見つめていた。
(正直、内側から交わしていくのはリスクが大きい。もし前が壁になったらその時点で事実上、1着をあきらめることになってしまう。この作戦を提案された時には「僕は反対です。危険すぎます。」と言ったけれど、ヨシさんは「勝つにはこれしかないんだ。頼む!」の一点張りだった。その後も僕は色々考えたけれど、やっぱり勝つためにはこれしかない。2着、3着じゃだめだ。勝つしかないんだ。頑張ってくれ、ライスフィールド!)
鴨宮君も祈るような気持ちでコーナーを回っていった。
いよいよ先頭のグリーンレジェンドが最後の直線に姿を現した。
着順掲示板で点滅していた5、2、8の数字は消え、会場からは大きな歓声が沸き起こった。
先頭はグリーンレジェンド。しかしクリスタルロードとの差はすでに1馬身しかなく、さらに後続のホタルブクロとの差は1馬身半だったため、このまま行けばグリーンレジェンドとクリスタルロードは馬群にのまれてしまうそうな状況だった。
(ペースが速すぎた。正直、やってしまったかもしれないわね。クリスタルロードを何とかGⅠ馬にしたいけれど…。)
弥富さんはムチを振るいながら心のどこかでは自分の作戦を悔やんでいた。
(前半は思った以上のハイペースだったが、まだホタルブクロには十分に余力があるはず。一気に交わして粘り切るぞ。)
(パースピレーションは外に持ち出さなかった分、距離のロスを防ぐことができた。さあここから末脚を発揮するぞ!)
(It’s not a bad situation for Folk Teio. There’s enough chance to win. Go for it!)
それぞれの馬に乗っている坂江騎手、網走騎手、ベニー騎手は十分な手応えを感じていた。
残り500mを切った頃、ライスフィールドは内を走りながら中段辺りまで上がってきていた。
(このまま一気にゴボウ抜きするぞ。でも内ラチ沿いにはグリーンレジェンドとクリスタルロードがいるから少し外に出し、この2頭をうまく交わしていかないと。)
鴨宮君は前が壁になることを気にしながらロングスパートにかけていた。
残り400m。ホタルブクロはグリーンレジェンドとクリスタルロードをまとめて交わし、先頭に躍り出た。
シドニーメルボルンはスパートをかけているものの、それまでのハイペースが響いたのか、すでに鞍上の騎手の手は激しく動いていた。
パースピレーションとフォークテイオーはジリジリとシドニーメルボルンとの差を詰めている中、大外に持ち出したソングオブリベラは猛然と伸びてきていた。
(よし、行ける!前年のファントムブレインに続いてソングオブリベラもグランドスラムを達成するぞ。そして殿堂入りを決めるぞ!)
久矢君は坂江騎手、網走騎手、ベニー騎手以上の手応えを感じていた。
『大外からソングオブリベラ!交わせるか!走れリベラ!グランドスラムはもうすぐだ!』
アナウンサーはまるで同馬の偉業達成を期待しているかのようなことを言い出した。
実際、ソングオブリベラは残り300mを切ってから間もなく、前にいた馬を一気にゴボウ抜きして先頭に立った。
現にパースピレーション、ホタルブクロ、フォークテイオーの手応えも悪くはないのだが、ソングオブリベラのマッハの末脚の前になす術がないような状況だった。
一方、トランクゼウスとトランクミラクルは未だ後方のまま、なかなか伸びてこなかった。
そんな中、グリーンレジェンドとクリスタルロードを交わしたライスフィールドは、結果的に不利を受けることもなかったこともあって、スルスルと伸びてくることができた。
(ヨシ!ハイリスクな賭けだったけれど、うまく行った。もう前が壁になる心配はない。後は1着を取るだけだ!頑張ってくれ!ライスフィールド!)
鴨宮君は祈る気持ちでムチをふるい続けた。
『200を切った!先頭はソングオブリベラ!内にはライスフィールド!しかしその差は2馬身!』
『パースピレーション、ホタルブクロ、フォークテイオーは届かないか!リベラ先頭!ライスが追う! 3番手との差は開く一方だ!』
アナウンサーが絶叫する中、村重厩舎と野々森牧場の陣営は祈るような気持ちでいっぱいだった。
「このままだと2着になってしまうな。」
「ここからさらに加速していかなければ。」
「もっと伸びて!お願いだから勝って!」
「頑張れシン!最後まであきらめるな!」
善郎、道脇君、蓉子、紅君は懸命にライスフィールドと鴨宮君に向かって叫んだ。
一方、葉月は手を合わせながら、太郎は両手で握りこぶしを作りながら逆転を信じていた。
『あと100m!リベラ先頭!グランドスラムは目の前だ!ライスフィールドさらに加速!ものすごい勢いで迫ってきた!もうこの2頭での決着は間違いない!』
『リベラかライスか!リベラ粘る!ライス来た!リベラか!?ライスか!?』
アナウンサーの大絶叫の中、久矢君と鴨宮君は無我夢中の状態だった。
(ソングオブリベラ!お前の末脚なら絶対に勝てる!グランドスラムを達成するぞ!)
(走れライスフィールド!風よりも速く!音よりも速く!光よりも速く走ってくれ!)
2人はゴールが目前に迫る中、懸命にラストスパートをかけた。
それから間もなく、2頭は馬の限界を超えたようなスピードでゴール板を駆け抜けていった。
それから1秒余り経過し、3番手を走っていたパースピレーション、4番手のフォークテイオー、5番手のホタルブクロがゴールしていった。
着順掲示板にはゴールした時のタイムが表示されていたが、それを見た途端、ファンの人達からはものすごいどよめきが起こった。
『見たこともないタイムが出ました!何と1分55秒9!中央競馬の芝2000mで史上初めて1分55秒台が出ましたーーーっ!』
アナウンサーの興奮は馬達が次々とゴール板を通過していった後もおさまらなかった。
しかし、馬の関係者にとって最も大事なのはタイムよりも着順だった。
たとえ1分56秒の壁を破ったとしても、2着ではそれは虚しいものになってしまう。
果たして勝った馬は残り300mを通過してから先頭に立ち、そこから独走態勢となったソングオブリベラか?
それとも最後方から奇襲をかけ、馬の限界を超えたようなスピードで追い込んできたライスフィールドか?
しばらくしてターフビジョンには、勝者と敗者を決めることになる運命の映像が映し出された。
さあ、着順掲示板の1着に表示される数字は13か?17か?
13なら勝者はソングオブリベラ。
17なら勝者はライスフィールド。
果たして!?
5歳10月の時点におけるライスフィールドの成績
1着の場合:19戦7勝
本賞金:2億8450万円
総賞金:6憶5870万円
2着の場合:19戦6勝
本賞金:2億3950万円
総賞金:5憶6870万円




