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一か八か

 天皇賞(秋)当日。18頭の人気は前日から変わることはなく、ソングオブリベラが1番人気を維持し続けた。

 同馬はこのレースを勝てばグランドスラム達成となるため、ファンの人達は大きな期待を寄せていた。

 とはいえ、前走で負けていることが響いたのか、単勝は2.8倍と少し高めだった。

 2番人気のパースピレーションは4.1倍で、バリバリの対抗馬という形で見られていた。

 3番人気のフォークテイオーは6.6倍で、単勝10倍を切っているのはこの3頭だった。

 4~6番人気は単勝10倍台が続き、7番人気のライスフィールドは21.8倍だった。

「ヨシさん、よりによって低い評価になりましたね。」

「まあ、万全なコンディションではない以上、仕方がない。」

「確かに前向きなコメントがなかなか見つからない状況ですが、それでも出したからには勝つつもりなんですよね。」

「もちろんだ。出られるギリギリの仕上がりだが、作戦はシンと何度も話し合ったし、あとは一昨年2着。去年優勝という、相性の良さを生かしてくれればいいのだが…。」

「でもやっぱり7番人気は悔しいですね。」

「そうだな…。」

 道脇君と善郎は厳しい表情をしながらパドックのライスフィールドを見つめていた。


 ちなみに同馬の仕上がり具合については競馬中継でも指摘されていた。

『ライスフィールド、安田記念7着以来の出走となりますが、どうでしょうか?』

『まず、元気がないですよ。村重調教師のコメントを聞く限りでは、このレースは一叩きが目的なのかもしれません。』

 アナウンサーの口からはそのような厳し目のコメントが飛び出しており、本当の勝負は有馬記念ということを暗示しているかのような感じだった。


 善郎自身は、追い切りからレース当日までの間にライスフィールドの調子が上がってくることを期待していたが、返し馬での走り具合を見た感じでは特にその様子は見られなかった。

(今さら遅いが、正直出すべきではなかったかもしれんな。もし惨敗したら何て言い訳しようか…。)

 彼はレースが始まる前から、勝負を多少なりともあきらめているような感じを漂わせていた。

 そうしているうちに発走時間は刻一刻と近づいていった。


やがて東京競馬場にはファンファーレがこだました。

(作戦については色んな場面についてヨシさんと話し合った。結果はどうなるかは分からないけれど、とにかくやってみよう。)

 鴨宮君は半信半疑の気持ちを持ちながらも、腹をくくる覚悟で17番ゲートに入っていった。

 レースがスタートすると大方の予想通り、グリーンレジェンドが飛び出していった。

 そしてそれについていくような感じでクリスタルロードも前に出ていった。

 ホタルブクロとシドニーメルボルンは前から5、6番手辺りにつけ、人気のパースピレーション、フォークテイオー、ソングオブリベラは中段からやや後方で集団を形成した。

 トランクゼウスとトランクミラクルは後方につけ、ライスフィールドは何と最後方だった。

「ええっ?ライスフィールドは一番後ろから行くの?」

「いくら外枠だからってこれはないんじゃない?」

「ただでさえ体調が万全じゃないのに大丈夫かよ。」

 蓉子、葉月、太郎は予期せぬ展開に驚きを隠せなかった。

「先生、これはどういうことですか?本当に作戦なんですか?」

 蓉子は不安げな表情で善郎に問いかけた。

「はい。これは作戦です。そして距離のロスを少なくするために、内に潜り込みます。」

「内にって言っても、ライスフィールドは17番だからそれだけでも大変だと思いますけれど。」

「うまく行けばその作戦で行きます。仮に潜れなければその時は仕方がないと思っています。」

 蓉子の問いかけに対し、善郎は一か八かの賭けに打って出たことを打ち明けた。

「奇襲かあ…。秋天はこれまで好走した実績があるから、そんなことしなくても走ってくれそうなんだけれどな…。」

 葉月が顔をしかめながらつぶやいた。

「確かにこのレースで実績はありますが、それは結果論です。今のライスフィールドはその時より能力は落ちていますし、過去の実績は当てにならないと思います。」

 紅君は善郎を代弁するように答えた。

「といってもさ、奇襲は失敗したらただ惨敗する原因になるだけじゃないのか?」

「確かにそうでしょう。それは覚悟しています。仮に正攻法で行った場合、ある程度上位には行けるかもしれません。でも勝負は勝たなければ意味がありません。」

 紅君は太郎の質問に対しても善郎に代わって応えた。

 彼らが色々意見を交わしているうちに、レースはすでに向こう正面に入っていた。

 先頭はグリーンレジェンドで、5馬身くらい後方に2番手のクリスタルロードがいた。

 ホタルブクロはそれから2馬身程後ろで3番手に上がってきており、シドニーメルボルンが5番手にいた。

 人気の一角であるパースピレーションは先頭から11馬身後ろで7番手。それに続いてフォークテイオー。

 1番人気のソングオブリベラは少しずつ後ろに下がっていった結果、後ろから6頭目辺りで落ち着いた。

 トランクゼウスとトランクミラクルは後ろ4頭目と3頭目におり、内に潜り込んだライスフィールドは最後方にいた。

 先頭からシンガリまでは20馬身弱の差がつき、かなり縦長の展開になった。

 横並びで走る馬はあまりおらず、最高で3頭までしか並走していなかったため、みんな内ラチの近くを走っている状況になっていた。

(これはペースが速いな。最後方のライスフィールドでさえこれなんだから、先頭は一体どれくらいなんだろう。)

 鴨宮君はこれから先のことを考えながら、そう思わずにはいられなかった。

 それから間もなく、ターフビジョンには前半1000mの通過タイムが表示された。

「ええっ?1000通過が57.3秒?」

「いくら何でも速過ぎるだろ!」

 葉月と太郎はその数字を見て、思わずそう叫んだ。

 同時に場内からは大きなどよめきが沸き起こった。

(なるほど。どよめくということはペースがかなり速いわけか。それなら先頭にいる馬は最後にきっとバテるはずだ。後ろにつけるという賭けは今のところは成功だな。)

 鴨宮君はすでに3コーナーに入った先頭のグリーンレジェンドを見ながらそう思った。

(シン。ここまでは見事だ。だが、問題はここからだ。縦長の展開になっている以上、他馬を追い抜いていくことが大変だ。しかも先行馬がバテると一気に団子状態になるだろうし、そうなったら前が壁になる可能性も高くなる。これをどう対処するかが重要になってくるぞ。)

 善郎は腕組みをしながら未だ最後方にいるライスフィールドを見つめた。

 先頭はグリーンレジェンド。5馬身後ろにクリスタルロード。

 4馬身後ろにホタルブクロ。シドニーメルボルンが外から並びかけていく。

 パースピレーションとフォークテイオーはまだ中段待機。

 ソングオブリベラは少しずつ外に出していきながらペースを上げ始めた。

 トランクゼウスもリベラについていくような形で少しずつ外に持ち出し始めた。

 トランクミラクル鞍上の騎手は、鴨宮君と同じことを考えたせいか、まだ後ろのまま。

 そしてライスフィールドは内ラチ沿いを走りながらまだ最後方のままだった。

 先頭からシンガリまでの差は少しずつ縮まってきたものの、まだ16馬身程度はある。

 このままでは後ろにつけていた馬はとても届かないのではないか?

 いや、前を走っていた馬は必ずバテる。そうなれば後ろにいた馬が有利になる。

 そんな思惑が見ている人達の中に渦巻く中、果たしてこの後、レースはどのようになっていくのだろうか?


(続く)


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