秋のGⅠ戦線に向けて
9月中旬、ライスフィールドは温泉施設での治療を終えて、ようやく厩舎に帰ってくることができた。
善郎が馬体をチェックしたところ、脚に不安はないようだった。
しかし精神的な疲れが十分に取れていないのか、どうも気合いが入っていないような感じだった。
(うーーん、馬が走るのを嫌がっているのかもしれないな。これまでずっとプレッシャーのかかる場面で走り続けてきたわけだから、それは分からなくもない。だが、それも今年で終わりだ。何とかあと3ヶ月半、頑張ってくれ。)
彼は渋い顔をしながらも、ライスフィールドには今までと変わらぬ期待を寄せていた。
その後、善郎は道脇君達を集めて同馬の今後の予定について話し合うことにした。
「みんな、ライスフィールドのこれからの予定について、みんなはどう考えている?」
彼はみんなの前に立ちながら意見を求めた。
「まず帰厩がこの時期になった以上、復帰は早くて天皇賞(秋)でしょう。ただ、そのレースでも58kgを背負うので、きついかもしれませんが。」
「僕も同感です。秋天が58kgの一方、マイルCSやジャパンカップなら57kgですから、正直こちらでもいいのではと思います。」
「とはいえ、目標があいまいではいけませんから、まずは秋天までの日を逆算しながら仕上げていきましょう。」
道脇君、紅君、鴨宮君の意見を聞いた結果、善郎は天皇賞(秋)をまず目標にすることを決めた。
その頃、村重厩舎に所属している主な馬達の状況は次の通りだった。
5歳馬
・ライスフィールド … 18戦6勝(オープン、重賞5勝)
・ライスパディー … 26戦3勝(1000万下、今年中には障害レースにデビューする予定)
4歳馬
・クノイチ … 18戦3勝(1000万下)
3歳馬
・レインフォレスト … 10戦3勝(1600万下)
・チェンジザワールド … 11戦1勝(500万下)
2歳馬
・アヴェレジーナ … 2戦0勝(未勝利)
・トランククイーン … 1戦0勝(未勝利。つい先日デビューして3着。)
・ヒストン … 0戦0勝(デビューは年末から年明けになりそうな状況。)
天皇賞(春)を終えた5月以降、勝利を挙げた馬は3頭(クノイチ、レインフォレスト、チェンジザワールド)で、各1勝ずつだった。
3歳馬ではレインフォレストが準オープンにまで勝ち上がり、厩舎の期待も段々大きくなっていた。
その一方、3歳馬の中で勝利を挙げているのはレインフォレストとチェンジザワールドだけだった。
なお、チェンジザワールドの勝利は他馬に進路妨害をして勝ち取ったものだけに、ダーティーなイメージが付きまとうものだった。
しかしどんな形であれ、とにかく勝利を挙げたチェンジザワールドは結果的に戦力外を免れて残留できたものの、未だ未勝利の3歳馬は次々と戦力外となってしまった。
その結果、厩舎に所属している馬の数は段々と減ってしまった。
しかもアキは依然として悲しみの底で打ちひしがれている状況が続いていて、とても復帰できる状態ではなかったため、当分の間彼女抜きで頑張っていかなければならない状況だった。
(正直、姉さんは後追い自殺だけは思いとどまってくれたが抜け殻のような状態になってしまったし、こちらもライスフィールドの仕上がり具合で不安はある。だが逃げるわけにはいかない。この馬は泣いても笑ってもあと2戦だ。悔いのないようにやっていかなければ…。)
善郎は姉のことやライスフィールドのことで頭を痛めながらも、毎日頑張り続けていた。
その間にも秋の古馬GⅠを目指す馬達は続々とステップレースに出走してきた。
結果は次の通りだった。
・グリーンレジェンド … オールカマー 1着(大逃げの末、逃げ切り勝ち)
・クリスタルロード … オールカマー 4着
・フォークテイオー … 毎日王冠 1着
・ソングオブリベラ … 毎日王冠 3着
・パースピレーション …京都大賞典 1着
・トランクロケット …京都大賞典 3着
・トランクゼウス … 京都大賞典 12着(阪神大賞典以来のレース)
※ホタルブクロはライスフィールド同様に仕上がりが不十分だったため、ステップレースを回避。
※シルバーサイレンスは神戸新聞杯から菊花賞を目指す予定。
※トランクミラクルは札幌記念(1着)から天皇賞(秋)を目指す予定。
※シルバーリリーは府中牝馬Sからエリザベス女王杯を目指す予定。
人気馬のフォークテイオーとパースピレーションはそれぞれ鞍上のベニー騎手、網走騎手の見事な手綱さばきもあって1番人気に応え、順当に勝ち上がった。
一方、毎日王冠では単勝1.4倍の圧倒的な1番人気に支持されたソングオブリベラが3着に敗れる波乱があった。
レース後、久矢君は報道陣からのインタビューに対し、次のように応えた。
「リベラは1回使った後で本領を発揮する馬なので、別に悲観はしていません。現に今年の春天も前走の日経賞で10着に敗れた後に巻き返していますから。」
彼は落ち込むこともなく、至って冷静だった。
一方、クリスタルロードに乗っていた弥富さんは、安田記念でホタルブクロに乗っていたため、天皇賞(秋)ではお手馬が重なってしまう形になった。
(ホタルブクロは今年の安田記念で涙の勝利をもたらしてくれた馬。一方、クリスタルロードはGⅠこそ未勝利だけれど私はこの馬のデビューからずっと乗り続けているし、そう簡単に譲るわけにはいかない。どうしよう…。)
彼女は厳しい選択を迫られることになってしまい、悩む日々を送ることになった。
そんな中、ホタルブクロの陣営は弥富さんの知らないところで坂江騎手にオファーを出し、交渉をしていた。
結果、同馬を関東に滞在させていただけるのならという条件でOKをだした。
そして厩舎の陣営も同意したため、間もなく坂江さんが乗ることが決まった。
「ちょっと!私の知らないところで何てことをするんですか!」
悩んでいたとはいえ、勝手に話を進められてしまったことに対し、弥富さんは不快感を隠せなかった。
だが、母や弟から
「短い間でもそうやって贅沢な悩みを持つことができたんだから、それは幸せなことよ。」
「悩みがなくなって、かえって開き直れるんじゃない?クリスタルロードで見返してやれよ。」
と言われたことで、気持ちを切り替えることができた。
各陣営が着々と天皇賞(秋)に向けて準備を整える中、ライスフィールドは…。




