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育成施設での日々

ここでは、ライスフィールドの一人称で物語が進行します。

 ライスパディーが2350万円で取引され、木野牧場の木野求次さんに引き取られていった一方、僕はセリでの取引が失敗に終わったこともあり、野々森さんのところに出戻りとなった。

 その結果、僕はパディーと離れ離れになってしまった。

 親友がいなくなったことは、僕にとってはショッキングな出来事だった。

(人間ってある意味勝手な生き物なんだな。否応無しに僕らを引き裂いていくなんて。)

 そういう思いにかられ、僕は人間を恨みたくなったこともあった。

 そんな気持ちを抱えたまま、僕は9月に牧場を離れ、育成施設へと移ることになった。

 見送りには母さんと弟のパーシモンが駆けつけてくれた。

『フィールド、いよいよね。母さんはいつまででも応援しているからね。決してあんたは一人じゃないわ。そのことは絶対に忘れないでね。』

『兄ちゃん頑張れ!絶対に活躍してね!』

 僕はそのような言葉で激励を受けた後、馬運車のトランクに乗っていった。

 人間の前では顔には出さないけれど、僕は人間に対する不満というか何というか、そんな気持ちを抱えたまま、僕は牧場を後にしていった。

(まあ、顔に出したって、人間には分からないだろうけれど…。)


 育成施設に着いた時、僕はもしかしたらライスパディーに会えるかもしれないという期待を抱いていた。

 しかし彼は別の施設にいるのか、再会を果たすことはできなかった。

 そんな中で、僕が出会った馬達は見るからに体が大きかった。

(えっ?僕、こんな馬達と一緒に過ごさなければならないの?もしもからかわれたり、バカにされたりしたらどうしよう。)

 そう思った僕は、これからの日々が段々不安に思えてきた。

 中でも、栗毛でたてがみが金髪のフシチョウという馬は特に体が大きく、マッチョな体格をしていた。

 その姿を見て僕は思わず萎縮してしまい、恐る恐るその馬の前を通り過ぎていって、自分の馬房へと入っていった。


 育成施設では僕もフシチョウのような体格になろうと思い、食事の時は飼い葉をしっかり食べ、さらにはしっかりと体を動かした。

 さらに人間から成長ホルモンは睡眠時に分泌され、特に深い眠りの時に多くなるということを聞いたので、僕は毎日しっかりと睡眠を取ることも心掛けた。

 それでも他の馬達と比べて小柄であるという事実までは変えることができず、周りの馬からは

『お前、体小さいなあ。』

『あんた、ひょっとして牝馬?』

『悔しかったらでかくなってみろ!』

 というような冷やかしを受けることがあった。

 そのため、一人ぼっちでいることも多かった。

(どうしてこんな寂しい日々を過ごさなければならないんだ。こんな施設、早く出ていきたい。)

 そんな思いにかられたことも1度や2度ではなかった。

 そんな中で、僕にできることは食事をしっかりとって、そして走って体を作ることだけだった。

(今に見ていろ。絶対に見返してやる!)

 僕は辛く、孤独な状況の中、ハングリー精神で毎日を過ごした。

 そんな僕を見る目が変ったのは、何頭もの馬達と併せ馬で一緒に走った時だ。

 僕が死に物狂いになって走ると、面白いくらいに他の馬達を追い抜いていくことができた。

 追い越された他の馬達は最初、

『まあ、今日は手加減してやったからな。』

 と言わんばかりの態度だった。

 しかし、僕が他馬よりも速く走る光景はその後も続いた。

 するとこれまで冷たい目で僕を見ていた馬達の気持ちにも変化が出てきた。

『ライスフィールドに追いつけない!何でだ!?』

『あの体のどこにあんな脚力があるの??』

『どうして?こっちは真剣に走っているのに!』

 彼らは首をかしげながらそう言ううちに、少しずつ僕の実力を認めるようになっていった。

 その結果、僕は少しずつ孤独な辛い日々から開放されていき、友達といえるような馬も現れるようになった。

 中でも一番の友達は、僕とは対照的に、施設の中で一番の大型馬であるフシチョウだった。

 彼は大きいが故に、出る杭は打たれるような感じで、僕と同様に他の馬から色々言われていた。

 本人(というか、本馬)も

『くっそーーっ!何でこんなでかい体になったんだよ!』

 と何度ももらしたことがあり、僕はそれを少し離れたところで聞いたことがあった。

 そんな彼はスピードこそ僕よりやや劣るものの、抜群の勝負根性の持ち主で、とにかく並ばれても抜かせない馬だった。

 僕自身も併せ馬の時に彼と併せたことがあり、その時は僕が一旦は前に立ちながらもフシチョウが後ろから並びかけてきて、デッドヒートを繰り広げたことがあるだけに、彼の実力は認めていた。

 そんなこともあってか、気がついたら僕達は意気投合していた。

 小型馬と大型馬の親友。誰が見ても不釣合いな2頭で、周りからは「チビマッチョ、デカマッチョ」と呼ばれたりもしたが、そんな僕達はいつしか強い絆で結ばれたような仲になっていた。

『フシチョウ、どうやったらそんなにでかい体になるのか教えてくれよ。』

『知らないよ。それを言うなら、脚がもっと速くなる方法を教えてくれよ。』

 一緒にいる時にはこんな会話で盛り上がるようになった。

 そして僕達は他の馬達からも一目置かれる存在になり、扱いも以前と比べてずっと良くなった。

 それは僕とフシチョウにとっても嬉しいことで、最初は嫌で仕方がなかった育成施設での日々も少しずつ楽しくなってきた。

 正直、僕はフシチョウとこのまま一緒にいたいと思ったことが幾度もあった。


 しかし、こんな日々はいつまでも続いてはくれなかった。

 2月の中旬頃、フシチョウはその素質を見込まれて、栗東の相生あいおいはじめ厩舎に所属することになった。

 僕は所属先こそまだ決まってはいなかったものの、母親であるカヤノキの縁で、美浦に所属することが濃厚だったため、離れ離れになってしまう可能性が極めて高くなった。


 フシチョウが栗東へと巣立っていく日、僕は彼にもう一度会うことができた

 彼は一頭一頭あいさつをした後、最後に僕と顔を合わせた。

『ライスフィールド、今までありがとうな。君のおかげで僕はここでの日々を乗り越えていくことができたよ。君のことは忘れない。』

 彼は僕と同じくらい、いや、僕以上に一緒に過ごした日々に感謝をしていた。

『僕の方こそありがとう。離れ離れになっても、心は一緒にいよう。そして、いつか大きなレースでまた会おう。約束だよ。』

 僕は、精一杯言葉を振り絞りながらそう言った。

『うん、約束しよう。』

 彼はそう言い残して、馬運車に乗り込んでいき、この施設を後にしていった。


 フシチョウが去っていってから、他の馬達もそれに続くように次々と厩舎に向かっていった。

 彼らは親友というわけではなかったけれど、それでも色々と切磋琢磨しながら過ごしてきた仲間だけに、別れを経験する度に寂しい気持ちになった。

 そんな中、3月のある日、いよいよ僕が所属する厩舎が決まった。

 行き先は美浦の村重善郎厩舎だった。

 調教師である村重さんは、今年厩舎を開業したばかりで、まだ実績が何もない状態だった。

(えっ?そんなところに所属するの?てっきり母さんの所属していた星厩舎だと思っていたのに。)

 意外な事実を知り、僕は驚きを隠せなかった。

(ここに来た時にも感じたことだけれど、一体これからどんな日々が待っているんだろう?果たして乗り越えていけるのかな?仲間と言える馬とは出会えるのかな?)

 僕はそんな不安を抱えながら、育成施設に残っている仲間達に見送られ、馬運車に乗って新たな場所へと旅立っていった。


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