直接対決の回避
天皇賞(春)を終えた翌週、善郎はライスフィールドを安田記念に向かわせることを提案した。
「安田ですか。そうなると今度は距離が1600mになりますね。」
「遠征しなくて済むとはいえ、距離が一気に半分になりすが。」
「それとも春天での1、2着馬との直接対決を回避するためでしょうか?」
道脇君、鴨宮君、紅君は次々と意見を述べた。
「正直その2頭、ソングオブリベラとパースピレーションとの直接対決回避と言えば、確かにそうだ。両馬とも今後は宝塚直行だそうだし、安田なら対決を回避できる。距離の件はあるが、すべての条件を満たすGⅠはまずない。どれかは妥協をしなければならない。僕としては勝てる可能性が少しでも高いのであれば、そちらに出してみようと思う。」
善郎はほとんど動揺することもなく、自分の意見をしっかりと述べた。
「そうですか。それなら僕達はそれに従います。」(道脇君)
「僕は短い距離をいかに克服するかを考えます。」(鴨宮君)
「僕はこれから野々森さんにそのことを伝えます。」(紅君)
3人はそう言うと、早速安田記念に向けて動き出した。
(※アキは義理の父親が病院に入院するという知らせを受けたことを受け、看病と介護の手伝いに行ったため、しばらく不在。)
「と言うわけで、ライスフィールドは安田記念に向かうことになりましたが、どうでしょうか?」
「中4週開くわけだし、日程的には問題ないでしょうけれど、斤量が気になりますね。」
「とはいえ、宝塚記念でも58kgだし、春競馬のGⅠでこの斤量は避けて通れないでしょう。」
「とにかく陣営の決めたことですから、それに従うまでです。こちらも協力していきましょう。」
蓉子、葉月、太郎、ジャンは意見を交わしながら最終的に善郎の決めたことに同意をした。
その頃、村重厩舎の所属馬の成績は次の通りだった。
5歳馬
・ライスフィールド … 17戦6勝(オープン、重賞5勝)
・ライスパディー … 23戦3勝(1000万下)
4歳馬
・クノイチ … 14戦2勝(1000万下)
3歳馬
・レインフォレスト … 7戦2勝
・チェンジザワールド … 8戦0勝(未勝利)
・クリスタルコンパス … 6戦0勝(未勝利)
参考までにデビュー前の2歳馬の状況
・アヴェレジーナ … デビューに向けて順調に準備中。
・トランククイーン … まだ成長途上のため、デビューは8~9月頃になる予定。
・ヒストン … まだ育成段階で、デビューの目処は立っていない。
ライスフィールド以外で唯一オープンクラスに入っているレインフォレストは、オープン特別である端午Sで6着だったため、本賞金を加算できず、間もなく1000万下に降級となる状態だった。
とはいえ、降級前に出すレースがないため、事実上は降級になるのを待っている状態だった。
野々森牧場の陣営も以降は条件戦に出すということに同意していたため、オープンクラスの馬は再びライスフィールドのみという状態になってしまった。
(なかなかオープンクラスで重賞を勝てる馬が出てこないなあ…。やはりうちはまだまだライスフィールド一辺倒の状態が続くのかなあ…。)
善郎を始めとする厩舎の陣営はずっと長い間そのようなモヤモヤを抱えていた。
ただ、ライスフィールドの種牡馬入りの交渉が不調に終わってしまい、現役続行となったため、言い方は悪いがまだGⅠ戦線に所属馬を送り込めることがせめてもの救いだった。
そのライスフィールドも春競馬のGⅠではただでさえ重い58kgを背負わざるを得ず、さらに秋競馬では前哨戦に出そうと思えば59kgを背負わなければならなくなってしまう。
アキは厩舎を離れる前、ライスフィールドの脚の状態を考慮した場合、59kgはあまりにも重すぎる上に、出した後の反動が怖いため、とてもオーケーは出せないと言っていた。
したがって秋はオールカマーや毎日王冠などで一叩きすることができなくなってしまう。
善郎は安田記念の後どうすればいいのかと考えながら今年の日程表を眺めていると、ふと「札幌記念」という表記が目に入った。
「そう言えばこのレース、去年ソングオブリベラが勝ったよな。リベラはこの後、秋天では負けたけれど、ジャパンカップと有馬記念を連勝した。そう言う点では縁起は良さそうだ。それにこのレースなら安田記念から中4週以上開く上に、天皇賞(秋)までも中4週以上開くため、間隔の問題をクリアできる上に、57kgで出走できる。これは使えるだろうな。」
善郎はそのアイデアを思いつくと、すぐにみんなの前でそのプランを提案した。
「そうか札幌記念がありましたね。すっかり忘れていました。」
「まさにライスフィールドのためにあるようなレースですね。」
道脇君と紅君は目から鱗が落ちたような表情で言った。
早速陣営はそのアイデアを採用し、今後は安田→札幌→秋天→有馬というスケジュールでいくことに決めた。
安田記念の2週前。調教に乗った鴨宮君は、天皇賞(春)の疲れや反動もだいぶ取れてきたため、このままいけばレースに間に合いそうだということを善郎に報告した。
「よし。それなら安田に向けて正式にゴーサインを出すことにしよう。」
彼はそう言うと、今後の追い切りについて鴨宮君と話し合い、どのように仕上げていくかのプランを練った。
その週の土曜日。鴨宮君はオークスを翌日に控えた東京競馬場で行われた未勝利戦で、チェンジザワールドに騎乗した。
同馬はここまで8戦走って2着が2回あることも手伝って1番人気に支持され、陣営も今度こそ勝利をと意気込んでいた。
彼は道中は中段につけてじっと機会をうかがうと、最後の直線では一気に抜け出しを図った。
チェンジザワールドは鴨宮君の指示に応えて伸びていったが、その途中で外によれたため、他馬と接触を起こしてしまった。
(げっ!やべっ!)
鴨宮君は内心では焦りながらも、手綱を緩めようとはせず、そのままスパートを続けた。
結果、1着で入線したチェンジザワールドは被害馬よりもかなり前で先着したため、接触がなければ被害馬が先着したとは認められず、結果的にレースは着順通りに確定した。
初勝利を挙げ、未勝利を脱出することはできたものの、後味の悪い結果に、鴨宮君や善郎達に笑顔はなかった。
その後、鴨宮君はせめて安田記念だけは乗せてほしいと願い続けていたが、それもむなしく、来週から4日間の騎乗停止を言い渡されてしまった。
(うわああっ!やってしまった…。せっかくライスフィールドを一生懸命仕上げていたのに…。)
彼は頭が真っ白になったかのように茫然と立ち尽くしてしまった。
この知らせを聞いた善郎は思わぬ処分に頭を抱えてしまった。
(どうしよう…。別の騎手に依頼をして安田に出すか、それとも回避して宝塚に出すのか。だが、宝塚だとせっかく立てたプランが崩れてしまうし…。)
彼はその後、競馬場内にある関係者エリアで今後のことについて懸命に考え続けた。
翌日のオークス当日。村重厩舎からはライスパディーが第9レースの石和特別に出走した。
結果、ハナ差のギリギリで差し切り勝ちを収めることができ、善郎や鴨宮君達は素直に喜びの表情を浮かべながら撮影に臨んだ。
だが、それが終わるとそのレースがこの日最後の騎乗だった鴨宮君はこれから騎乗できない状態になってしまうため、途端に表情が曇ってしまった。
そんな中、善郎はこのタイミングで言っていいのか迷い続けていたが、やはりはっきりと言った方がいいと思い、ライスフィールドを当初の予定通り安田記念に出すことを決めた。
「そうなると乗り替わりですね。」
「確かにそうだが、ライスフィールドと野々森さんのことを考えて、こうすることにした。すまないが何とか受け入れてほしい。」
「…分かりました。それで、代わりの騎手はもう決めているんですか?」
「まだ確定はしていないが、候補はいる。久矢君だ。」
「えっ?彼はリベラの主戦騎手じゃないですか。彼が乗ったら敵にライスフィールドの特徴を教えてしまうようなもんですよ。」
「分かっている。だが、現時点で空いている騎手の中では一番頼りになる存在だ。彼は今年の成績では目を見張るものがあるし、勝つ可能性を1%でも上げるためには、彼が一番適任だと思う。どうか、その点は分かってくれ。」
「…分かりました。では、ライスフィールドをよろしくお願いします。久矢君とのコンビで、何としても勝たせてやってください。」
「ああ。僕としてもベストを尽くす。」
2人は不本意そうな表情を浮かべながらも、同意を得ることができた。
その後、彼らはどこかふっ切れたような表情で競馬場を後にしていった。




