レース出走の裏で
フロントラインが引退するという情報はやがてレインフォレスト以外の他の馬達にも知らされた。
しかしライスフィールドには知らされておらず、同馬は日経賞に向けて調教を重ねていった。
そんな中行われた阪神大賞典では、トランクゼウスやインノケンティウス、グレイトエスケープなどの有力馬が出走してきた。
レースは最後の直線で先頭に立ったインノケンティウスをグレイトエスケープが交わし、さらにそれを大外からきたトランクゼウスがゴール前で交わし、一昨年の皐月賞以来となる勝利を挙げた。
その間、日本ダービーでハナ差の2着など、善戦したレースはいくつかあったものの、勝利を挙げるまでには至らず、陣営は歯がゆい思いを重ねていた。
さらにはゼウス同様、GⅠ制覇後に長いトンネルをさまよっていたライスフィールドとトランクミラクルが復活勝利を挙げたことが、あせりを一層増幅させていた。
だからこそ、勝利を挙げた時には厩舎の人達や馬主さん達は狂喜乱舞するように喜びを爆発させていた。
また、同馬を応援していたファンの人達も感情移入し、まるで感動ものの映画を見ているかのようにドラマチックな展開になった。
約2年にも及ぶ長いトンネルを脱出したことは、翌日の新聞にも大きく取り上げられ、「トランクゼウス執念の復活!」という見出しと共に、大きな反響を呼んだ。
その後、鞍上の逗子一弥騎手と稚内厩舎の陣営は迷うことなく天皇賞(春)への出走を決め、胸を張って2つ目のGⅠタイトル奪取に向けて意気込みを見せていた。
(ゼウスも勝ったか。これでまた強力なライバルも増えたな。だがそうでなければ面白くない。春天で堂々と勝負しよう。そしてお互いライバルとしてしのぎを削った2歳時のように、素晴らしいレースができれば言うことはないな。)
道脇君は新聞を見ながら気持ちを奮い立たせていた。
それから2週間後、天皇賞(春)に向けた次なるステップレース、日経賞がおこなれた。
レースにはライスフィールドの他にソングオブリベラやシドニーメルボルン、トランクミラクルを含む16頭が出走した。
人気は5枠9番のソングオブリベラが1番人気、7枠13番のライスフィールドが2番人気、以下3枠5番のシドニーメルボルン、5枠10番のトランクミラクルと続いた。
「2番人気とはいえ、リベラとの差はわずかですね。」
「ということは、1番人気に非常に近いことになるわね。」
「だったら勝算は十分にある。絶対に勝つぞ!」
蓉子、葉月、太郎は勝つ気満々だった。
実際、これら4頭の人気は拮抗しており、事実上の4強を形成しているような状況だった。
「GⅡとはいえ、春天に向けての弾みをつけるいい機会だ。下手なレースはできない。全力を出し切ってくれ。いいな。」
「はい、ヨシさん。ライスフィールドはオールカマーを勝って勢いをつけ、秋天を勝ちましたし、あの時と同じような気持ちで乗ってきます。」
「頼んだぞ。」
「はいっ!」
善郎と鴨宮君は力強い言葉を交わしてレースに臨んでいった。
レースがスタートするとライスフィールドとソングオブリベラは中段よりやや後方の位置取りで1週目の4コーナーを回っていった。
一方、シドニーメルボルンとトランクミラクルは先行策を取っていた。
GⅠ馬が3頭(リベラ、フィールド、ミラクルが該当。ちなみにメルボルンは有馬記念2着。)集っていることもあってか、1週目の正面スタンド前では大きな歓声が沸き起こり、GⅠレースに近いような雰囲気が漂っていた。
「さあ、ここからどうなるんでしょうね。きちんとレースに出せるだけは仕上げたけれど、何しろ休み明けだし、それに斤量が少し気になるけれど。」
「ですね。休み明けで58kgは今まで背負ったことがありませんし、さらには多少なりとも脚に不安を抱えていますから。」
アキと紅君は少し気になる思いを抱えながら、無事に完走し、そして勝利を挙げることを願っていた。
ライスフィールドとソングオブリベラはライバルらしく、2頭並んだままレースは進んでいった。
2週目の3コーナーに差し掛かると、シドニーメルボルンが早めに抜け出しにかかり、スルスルと前に出ていって、先頭に並びかけようかという勢いだった。
トランクミラクルは4コーナー過ぎで仕掛け、後ろからシドニーメルボルンを差し切る作戦に打って出た。
中段にいたライスフィールドとソングオブリベラはずっと並んだまま4コーナーでスパートしていき、前にいる馬をまとめて差し切ろうとしていた。
最後の直線。シドニーメルボルンが先頭に立ち、後ろから懸命にトランクミラクルが追いかける中、ライスフィールドとソングオブリベラの伸びはいまいちだった。
「ちょ、ちょっと!もっと伸びなさいよ、ライスフィールド!」
「休み明けとはいえ、負けていいレースなんてないんだからね!」
「ああ、やばいやばい。これじゃリベラと共倒れだ。」
蓉子、葉月、太郎は目を覆いたくなるような光景を見せつけられながら懸命に奮起を促した。
レースはトランクミラクルがシドニーメルボルンとの差をぐんぐん詰めていき、2頭は並ぶようにしてゴール板を駆け抜けていった。
日経賞はシドニーメルボルンが接戦を制して優勝し、トランクミラクルが2着を死守する形になった。
一時はGⅠ戦線を脱退しようと決めていたトランクミラクルの陣営は、中山金杯の優勝とこのレースでの好走を受けて、レース後、再びGⅠ戦線に戻ることを発表した。
一方、人気を集めたソングオブリベラとライスフィールドは末脚が不発に終わってそれぞれ10着と9着に敗れてしまい、まさしく共倒れになってしまった。
敗因としては休み明け、58kg、外枠、前残りとなった展開などが考えられたが、陣営は何も言わないまま、ヤジを避けるように控室へと姿を消していった。
日経賞の翌日、中京競馬場ではGⅠ高松宮記念が行われた。
出走馬の中には2年前に同レースを制覇した6歳馬のストアーキーパーが出走した。
この馬はこのレースで引退し、トランクバークとインビジブルマンを輩出し、オーバーアゲインが乗馬として元気に過ごしている木野牧場で種牡馬になることが決まっていた。
すでに近年の競走成績は思わしくなく、オーナーの木野求次も高望みはしていなかった。
(着順は問わない。無事に走り切ってくれればそれでいい。でもできることなら、もう一度だけ夢を見せてほしい。)
彼がそう考え、妻の笑美子がトランクバークの写真を掲げながら見守る中、レースはスタートした。
結果はこれまで牡馬と対等に張り合いながらもなかなかGⅠに手が届かずにいたシルバーリリーが、見事な差し切り勝ちを収め、ついにGⅠ馬の称号を獲得することができた。
一方、ストアーキーパーは14着に敗れ、すでに能力的には限界であることを物語っていた。
「ご苦労さん。今まで良く頑張ってくれたな。祖母であるトランクバークも、きっと遠い場所で喜んでいることだろう。本当にありがとう。」
「牧場で初めてのGⅠ制覇という快挙は決して忘れないわ。将来は必ず保証してあげるから、これからも元気で過ごしてね。」
求次と笑美子は笑顔で自分達のもとに戻ってきたストアーキーパーを笑顔でねぎらった。
そして引退式を行うこともなく競馬場を後にし、木野牧場へと戻っていった。
一方、勝ったシルバーリリーはまだ4歳で、伸びしろも十分にあるだけに、陣営は次なるビッグタイトルの獲得に燃えていた。
そして鞍上の網走騎手と話し合いをした結果、今後はビクトリアマイルから安田記念に向かうことになった。
そのレースから数時間前、フロントラインは村重厩舎にいた馬達に感謝の言葉を述べた。
それをライスパディーやレインフォレスト、クリスタルコンパス、クノイチ達は涙ぐみそうになりながら聞いていた。
しかしもうすぐライスフィールドが厩舎に到着する頃になると、彼女は別れの寂しさや悲しみを懸命にこらえながら、厩舎を後にしていった。
フロントラインとほぼ入れ違いで厩舎に戻ってきたライスフィールドは、妹から衝撃的なことを告げられることになった。
その宣告を受けたライスフィールドは…。
5歳3月の時点におけるライスフィールドの成績
16戦6勝
本賞金:2億950万円
総賞金:4憶7120万円