復帰レース決定
村重厩舎のメンバーは5歳初戦を何にするかについて何度も協議を重ねた。
その結果、まずGⅡ日経賞に出走し、中4週で天皇賞(春)に向かうことを正式に決めた。
野々森牧場の陣営の中には大阪杯に出してもらえないかという声もあったが、それは断ることにした。
その理由に関して、アキは次のように説明した。
・大阪杯を目指す馬達は中山記念などをステップに、しっかりと大阪杯に向けて仕上げた上で出そうとしている一方、ライスフィールドは仕上げ途上の状態のまま、ぶっつけ本番での参戦になってしまう。
・大阪杯と天皇賞(春)の両方を本気で制覇しようとしている馬はパースピレーションやフォークテイオーくらいしかおらず、やはり二兎を追うのは難しいと考える陣営が多い。
・日経賞が仮に59kgなら回避していたが、58kgで出られる。
・関西に遠征しなくて済む。(※ライスフィールドはあまり遠征が得意ではない。)
これを聞いて、彼女が分析したことなら従った方がいいだろうということになり、大阪杯は正式に回避が決定した。
ライスフィールドが復帰に向けて、調整を重ねる中、ライスパディー、クノイチ、クリスタルコンパス、レインフォレストがレースに出走した。
結果は次の通りだった。
クノイチ … 4歳以上500万下(東京、ダート1600m)16頭立て、10着
クリスタルコンパス … 未勝利(東京、ダート1300m)13頭立て、7着
ライスパディー … サンシャインS(オープン特別、中山、芝2500m)格上挑戦、15頭立て、5着
レインフォレスト … 水仙賞(500万下、中山、芝2200m)13頭立て、3着
ライスパディーは14番人気の低評価ながら軽ハンデを生かして5着になった。
一方、レインフォレストは馬券にからむ結果を残したものの、2番人気だったため、陣営からすれば物足りない状況だった。
さらに同馬がライスフィールドの妹だということを知っているファンの人達からは「駄目だなこの馬は。」というヤジも飛び交っていた。
確かにライスフィールドは3歳春の時点では関東の星と呼ばれたスターホースだっただけに、物足りないのは無理もないだろう。
だが、善郎や道脇君、アキ達から色々情報を聞いている蓉子は、そのような気持ちを何とか抑えていた。
(ライスフィールドは早くから才能が開花したけれど、レインフォレストはやや晩成型と聞いている。今はもどかしいけれど、あせるわけにはいかない。多分、パーシモンの馬主さんである根室さんも似たような気持ちを持っていたでしょうし。)
彼女はパーシモンのこともしっかりとチェックしているだけに、その点も考慮して考えていた。
ちなみに同馬は1月下旬に関西に戻ってくると、その3週後にレースに復帰し、さらに中1週で出走したため、通算成績は26戦3勝になった。
(ちなみにレインフォレストは水仙賞を入れて4戦1勝。)
実際、根室那覇男さんはレースの賞金よりも出走手当の方を気にするようになってきていた。
(まいったなあ…。せっかく、高いお金を払って買ったのに…。かといって厩舎の人達や生産者の野々森牧場の人達に当たり散らすわけにもいかないし…。少しは競走馬として走らせる以外のことも考えるしかないのかなあ…。)
彼は3年前のセリ市の時、勝負とばかりに思い切って声をかけ、この馬を購入しただけに、周りからハズレくじを引いたと言われることを気にかけていた。
そんな中、村重厩舎では2歳馬が続々と入厩してきた。
その中には次の名前の馬達がいた。
アヴェレジーナ(Ave Regina、メス) … 外国産馬。早い時期から活躍が見込まれている。
トランククイーン(Trunk Queen、メス) … やや小柄だが、気性が素直で脚が丈夫。
ヒストン(Histone、オス) … スタミナタイプの馬。やや晩成型と見込まれている。
前年は2歳馬集めにかなり苦労していたが、その後ライスフィールドがオールカマーと天皇賞(秋)を勝ったことが追い風となり、今年は十分な数の馬を確保することができた。
「これなら預託料もたくさん入りそうですし、うちらの給料や、厩舎の経営も何とかなりますね。」
「そうだな。ライスフィールドが不振にあえいでいた時には馬を引き抜かれるし、一時はどうなるかと思ったが。」
「その状況が好転したのも、ライスフィールドのおかげだ。この馬には本当に感謝しなければいけませんね。」
「でもその馬に経営が左右されるようではいけません。フロントラインがオープン入りしたとはいえ、次なる実績馬を出さないと。」
「そのためには早く今年の初勝利をあげる必要があるでしょう。僕も騎手としてしっかりと結果を残さなければ。」
道脇君、善郎、紅君、アキ、鴨宮君はこの状況を喜びながらも、気を引き締めることを忘れなかった。
一方、野々森牧場ではカヤノキ、クォーツクリスタル産駒の2歳馬がおらず、他の繁殖牝馬の仔はセリで売却したり、競走馬になることなく戦力外通告となったりしたため、新戦力は全くいない状況だった。
「あ~あ。今年はデビューする2歳馬がいなくて、何だか寂しくなってしまったわね。」
「まあ新戦力がいない以上、ライスフィールドに期待するしかないだろう。悔しいが仕方ない。」
「でもその馬ばかりに頼るわけにはいきません。何とか打開策を探さなければ。」
「幸いお金は入ったので、セリで1歳馬の購入という策はあります。現時点ではこれがBest Choiceでしょう。」
葉月、太郎、蓉子、ジャンは去年のオールカマーと天皇賞(秋)を勝ったライスフィールド頼みの状況に悔しい思いを抱えながら、今後のことについて話し合いをしていた。
加えて、彼らは種牡馬探しの話もしていた。
クォーツクリスタルの相手は今年産駒がデビューする予定のGⅠ2勝馬トランクトニージャや、輝かしい実績を残して去年引退し、殿堂入りを決めたファントムブレインが候補に挙がっていた。
トランクトニージャは料金こそそれ程高くはないものの、血統的なこともあって予約には踏み切れずにいた。
一方、ファントムブレインは血統的にはトランクトニージャよりいいものの、料金が高いことがネックだった。
幸いライスフィールドが去年かなりの賞金を稼いでくれたため、料金を払えないわけではないが、それでも予約が殺到しているため、早く決断しなければBookfullになってしまいそうな状況だった。
彼らはファントムブレインの予約状況を確認しながら話し合いを重ねた。
そして最終的にファントムブレインを選ぶことに決め、滑り込みで予約を済ませることができた。
3月。フロントラインはオープンクラス昇格後2戦目となる中山牝馬S(GⅢ、中山、芝1800m)に出走した。
レースは12頭立てと、重賞としてはやや寂しい顔ぶれとなったが、3年前に阪神JFを勝ったソルジャーズレストの引退レースとあって、かなりの盛り上がりを見せていた。
そんな中、フロントラインは単勝146.8倍の最低人気で、完全にカヤの外という状態だった。
だが、鞍上の鴨宮君は積極的に前に出ていって、粘りこみを図った。
最後の直線では、ソルジャーズレストが後方から追い込んで残り100mで先頭に立つと、そのまま後続の馬を抑え、見事にフィナーレを飾ることができた。
そんな中、フロントラインはソルジャーズレストなどに追い抜かれたものの、どうにか5着に粘りこみ、賞金を稼いで帰ることができた。
『先輩、掲示板にのることができて良かったですね。』
ライスフィールドは厩舎に戻ってきた先輩馬を満面の笑みで迎えた。
『ありがとう、フィールド君。君も頑張ってね。応援しているから。』
フロントラインも笑顔でそう語りかけた。
お互い両想いというだけあって、2頭はすっかり会話を楽しんでいた。
その様子を他の馬達がうらやましそうに見つめている中、レインフォレストだけは複雑な表情を浮かべていた。
(フロントラインお姉ちゃん。これで引退しちゃうのかな。そうなったらお兄ちゃん、これから一体どうなるんだろう。泣いて過ごすなんてことにならないのかな。)
フロントラインから唯一状況を知らされている彼女は、不安な気持ちを抱かずにはいられなかった。
実際、道脇牧場の人達はすでに相手の種牡馬をすでに決めており、善郎達にそのことを伝えていた。
「フロントライン、良く頑張ってくれました。本当に村重厩舎の人達には感謝しています。今までありがとうございました。」
牧場を代表して、伸郎がそのようなコメントを残していたことを、ライスフィールドはまだ知る由もなかった。
果たして恋人(恋馬)が厩舎を卒業していった後、ライスフィールドにはどのような運命が待っているのだろうか…。




