大接戦
有馬記念に出走した16頭の馬達は内回りの向こう正面に差し掛かった。
先頭はスターマインで、2馬身程度後ろにはシドニーメルボルンがつけていた。
ライスフィールドとソングオブリベラは相変わらず2頭並んだまま4番手辺りを追走。
中段ではトランクロケットとパースピレーションがつけており、すぐ後ろにはシルバーリリー。
フォークテイオーは後方3番手。そしてファントムブレインはまだ最後方にいた。
レースは残り1000mを切り、いよいよあと1分で決着の時を迎える状況になった。
『先頭はスターマイン。シンガリのファントムブレインまでは10馬身程度の差がある。ここからファントムブレイン鞍上の坂江騎手はどのように仕掛けていくのか?』
アナウンサーが実況している中、先頭のスターマインは3コーナーに入っていき、それから間もなく、ソングオブリベラとライスフィールドもコーナーに入っていった。
「リベラとフィールド、まだ並んでいますね。」
「何だか2頭が我慢比べをしているみたいだな。」
「どちらが先に仕掛けていくんでしょうか?」
「さあ…。それより、坂江騎手の手が動きましたよ。」
道脇君、善郎、アキ、紅君が会話をしている中、ファントムブレインが上がり始めた。
それに伴って場内からは大きな歓声が沸き起こった。それはまるでファントムブレインに賭けた大勢のファンの人達が同馬を後押ししているかのようだった。
それから間もなく、フォークテイオーは外に持ち出しながら順位を上げ始めた。
4コーナーに差し掛かると久矢大道君の手が動き、ソングオブリベラはライスフィールドを交わしていった。
そして2番手の馬も交わし、一気に先頭のスターマインに並びかける勢いだった。
「なるほど。先にリベラがスパートしていったわけね。」
「しかもリベラの手応えはかなり良さそうだな。」
「こうなった以上、とにかく差し切るしかないわね。」
蓉子、太郎、葉月が話していると、いよいよ最後の直線に馬達が姿を現した。
『さあ、泣いても笑ってもあと310mだ。外に持ち出したファントムブレインは中段まで上がってきた。感動のフィナーレなるか?』
アナウンサーのセリフの通り、ファントムブレインは馬場のいい外からゴボウ抜きに打って出る作戦に打って出ていた。
また、シルバーリリーやパースピレーションは馬の間を抜け出して追い込んでおり、後ろからレースを進めていたフォークテイオーも外に持ち出しながらファントムブレインと並走、一方、トランクロケットは内ラチ沿いから追い上げを図った。
先頭はスターマイン。しかしそれから間もなくソングオブリベラとシドニーメルボルンがほぼ同時に交わして、並んだまま先頭に立った。
スターマインを交わして3番手に上がったライスフィールド鞍上の鴨宮君も負けじとスパートをし、懸命に食らいついた。
先頭はソングオブリベラとシドニーメルボルン。一方のスターマインはたちまち馬群に呑まれていった。
(Wishing I could make it happy ending…. But that’s the way it goes.)
(せめてハッピーエンディングにしたかったが…。仕方がない。)
鞍上のベニー騎手はレースがまだ終わっていないにも関わらず、もはや観念している状況だった。
残り150m。ここでソングオブリベラが単騎で先頭に立った。2番手はシドニーメルボルン。
3番手にはライスフィールド。すぐ後ろからはパースピレーションが迫っており、外からはトランクロケットも伸びてきていた。
一方、ファントムブレインの伸びはいまいちで、まだ7~8番手の位置にいた。
「これじゃ届かないぞ!」
「頼むから伸びて!お願い!」
「引退レースを飾ってくれ!」
ファンの人達の声は次第に期待から悲鳴へと変わっていった。
残り100m。先頭はソングオブリベラ。しかし一旦は交わされたシドニーメルボルンは勝負根性を発揮して再び並びかけてきた。
すぐ後ろにはライスフィールド、パースピレーションとトランクロケットも迫ってきていた。
残り50~60m。5頭の差はみるみる小さくなっていき、このまま行けばゴール板通過時には大接戦になりそうな状況になっていた。
(あともう少しだ。応援しているみんなの期待にこたえようぜ、ライスフィールド!)
(パースピレーション!ファントムブレインに代わって、お前が時代の主役になれ!)
(頑張れ、リベラ!ジャパンカップの勝利ががまぐれじゃないと証明してくれ!)
(9番人気だろうと関係ない。メルボルン。勝てば明るい未来が待っているぞ!)
(マイルCSでは不運もあって2着だったが、今回は理想の展開だ。勝つぞロケット!)
それぞれの馬達に乗っている騎手達は祈るような気持ちでいっぱいだった。
『何と5頭が横一線!勝つのはどの馬だああーーっ!!』
アナウンサーの絶叫と共に、5頭の馬達は一斉にゴール板を駆け抜けていった。
それから0.5秒くらい後に、14番の馬がゴール板を通過していった。
『ファントムブレインは6着!引退レースを飾ることはできませんでした!』
同馬を応援し、感動のフィナーレを期待していた大勢の人達は、受け入れがたい現実を目の当たりにして思わず茫然と立ち尽くしてしまった。
その後、レースではリプレーが流され、きわどい勝負の結果がどうなったのか、大勢の人達が注目した。
5頭は内からトランクロケット、シドニーメルボルン、ライスフィールド、ソングオブリベラ、パースピレーションの順で一斉に決勝線に向かっていき、そして馬の鼻先がゴールにかかった。
その中で、僅差で負けてしまった馬を応援していた人達は、落胆の声を上げていた。
しかし、リプレーでは着順を確認できない馬もいたため、多くの人達はまだ固唾を飲んで見守っている状況だった。
やがて着順掲示板には何箇所かで「写真」の文字が表示された。
その中、5着の部分にはすんなりと数字が点滅し出した。
そこに出てきた数字は10。つまりトランクロケットが真っ先に脱落となった。
次に数字が表示されたのは1着の部分だった。その数字は…。
「よっしゃあっ!ギリギリだったが勝てたぞおっ!」
着順掲示板に出てきた5の数字を見て大喜びしたのは久矢君だった。
「うわーーーっ!うちの馬は脱落かあーーっ!」
「悔しーーっ!あとちょっとだったのに!」
この時点で敗北を知った善郎と蓉子をはじめとするライスフィールドの陣営は絶叫しながら悔しがっていた。
上位5頭がタイム差なしでゴールするという、まれに見る大接戦となった有馬記念は写真判定の末、やがて着順掲示板に全ての着順が表示され、結果は次の通りになった。
1着 5番 ソングオブリベラ (タイム2分31秒9)
2着 1番 シドニーメルボルン (アタマ差)
3着 6番 パースピレーション (ハナ差)
4着 4番 ライスフィールド (ハナ差)
5着 10番 トランクロケット (アタマ差)
ファントムブレインはトランクロケットから3馬身差の6着。シルバーリリーは追い込みこそ見せたものの牡馬の壁に跳ね返されたのか、ファントムブレインとクビ差の7着。
フォークテイオーはいまいち伸びきれずに9着。逃げたスターマインは14着に沈んでしまった。
5、9、2番人気での決着となり、しかも単勝2.7倍のファントムブレインが沈んでしまったため、馬券的には中波乱という形になった。
「ヨシさん、皆さん、すみませんでした。本当にあと少しだったのに…。」
「落ち込むな、シン。よくやった。全力を出し切った結果なんだから仕方ない。」
顔をしかめながら悔しがる鴨宮君を、善郎は肩を叩きながらなだめていた。
道脇君、アキ、紅君も鴨宮君を責めるようなことはしなかった。
一方、少し離れたところでは野々森牧場の人達が一斉に悔しがっていた。
「ちょっと、ライスフィールドのシンジケートどうすんだよ!」
「ここで言うことじゃないでしょ!大勢の人達がいるのよ!」
太郎と葉月は悔しさのあまりに、善郎達にも聞こえるくらいの声で口喧嘩を始めてしまった。
「2人ともやめなさい!!」
すると、いつもは温厚な蓉子が途端に怒り出し、大声で2人を叱りつけた。
めったに見られない彼女の姿を見て、葉月と太郎はびっくりして喧嘩を辞めた。
「みんな1着を取るために頑張っているんだから、しょうがないでしょ!とにかく、結果はしっかりと受け入れなさい!厩舎の人達に失礼ですよ!」
「はあい…。」
「分かったよ。」
蓉子に叱られた葉月と太郎はしょぼんとしながらそう言った。
その喧嘩は善郎達にも聞こえていたが、彼らは蓉子達を責めるようなことをせず、むしろライスフィールドを勝たせてやれなかったことを悔やんでした。
久矢君が勝利ジョッキーインタビューで喜びのメッセージを述べる中、ラストランを飾れなかったファントムブレイン騎乗の坂江騎手は淡々と取材に応じていた。
「実力は出し切りました。ですがもうファントムブレインは6歳ですし、以前から体力的な衰えは感じていましたので、今年の宝塚記念の時点で引退は頭をよぎっていました。それでも現役を続行しましたが、僕の努力では限界だったようです。秋天では2着でしたが、正直、僕としては今回の6着は妥当な結果だと思っています。ですからファンの皆さん、どうかファントムブレインを許してやってください。この馬は今まで本当に頑張ってくれました。本当に今までありがとうと言ってやりたいです。」
彼は悔しさも見せず、どこか吹っ切れたようにさわやかな表情を浮かべていた。
その後、最終レースが終わった後に、まずスターマインの引退式が行われ、それに続いてファントムブレインの引退式も行われた。
敗戦時には頭を抱えながら悔しがっていた人達も、この時には笑顔になることができ、34戦14勝、GⅠ7勝、重賞12勝という輝かしい成績を残した同馬を大きな拍手とねぎらいの声で送り出していった。
その中には鴨宮君を含めた村重厩舎のメンバーや、野々森牧場の人達もおり、彼らもまた笑顔で拍手をしていた。
そして引退式が終わると彼らはライスフィールドを馬運車に乗せて北海道に向かわせた。
すでに日はすっかり暮れており、車が暗闇の中に消えていくと、一行はライスフィールドがファントムブレインに代わって時代の主役になれなかった悔しさを抱えながら、中山競馬場を後にしていった。
4歳12月の時点におけるライスフィールドの成績
15戦6勝
本賞金:2億950万円
総賞金:4憶7120万円




