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調教師免許

 ライスフィールドがまだセリに出される前の頃、美浦では星厩舎に所属している調教助手、村重むらしげ善郎よしろうがいた。

 彼は調教師のほし駿馬しゅんまの右腕として、馬の調教や世話をしながら、調教師になるための勉強をしていた。

(何としても試験に合格してやる。これまで2回失敗してきたけれど、状況としては、多分次が最後のチャンスだ。何としても受からなければ…。)

 彼はそう思いながら、並々ならぬ覚悟で毎日猛勉強をしていた。


 試験のため、善郎が厩舎を離れている間、厩舎では調教助手である道脇みちわき長伸ながのぶが星調教師の右腕となった。

 彼は元々騎手であったが、目立った成績を残すことができず、減量特典がなくなるのを機に引退を決意した。

 そしてこれからどうすればいいのか悩んでいた時に、星厩舎から調教助手としてのオファーをもらった。

 彼は拾ってもらった恩に報いようと、懸命に努力した。

 そして、現在では厩舎の中でかなり頼られる存在になった。

 そんなある日、馬の調教を終えた星調教師と道脇君は、今後のことについて話し合うことになった。

「道脇君。いきなり本題に入ってしまうが、君は村重君が調教師となって厩舎を開業した場合、この厩舎に残留するか、村重君の厩舎に移るか、どうするんだね?」

「個人的にはヨシさんを支えていきたいので、移籍を考えています。先生にはせっかく採用してもらったのに、恩を仇で返すようで申し訳ないですけれど。」

 道脇君は星調教師の前で、自分の思いを隠すことなく、正直に打ち明けた。

「気にするな。君はこれまでよくやってくれている。君の努力のおかげでうちの厩舎は重賞を勝つことができたし、素質のある馬も入ってくるようになった。本当に感謝している。それに君の実力なら、村重君をしっかりと支えていけるはず。だから、移籍を望めば快く送り出すつもりだ。」

「そう言っていただけるのは本当にありがたいです。でも、いいんでしょうか?」

「大丈夫だ。移籍したらこれからはライバル同士になるが、困ったことがあれば相談にも乗るつもりだ。」

「本当ですか?ありがとうございます。」

 道脇君は深々とお辞儀をしながら、自分の気持ちを理解してくれた調教師に感謝をした。

(それなら村重君と道脇君が離れていった時にそなえて、新たな調教助手、厩務員の採用について考えることにしよう。)

 星調教師は口には出さないものの、早速先のことを考え始めた。


 村重君はその後、難関の筆記試験を突破することができた。

(やった!3度目の正直でやっと突破することができた。あとは面接だ。絶対にそれも合格して、調教師になってやる!)

 彼は飛び上がりたくなるほど喜びながらも、しっかりと気を引き締めることも忘れなかった。


 それからしばらくして、村重君は面接も突破し、見事に調教師免許を獲得することができた。

 彼はそれを知ると、すぐに厩舎に向かい、星調教師に会って一報を伝えた。

「村重!よくやった!夢が叶ったな!」

「先生のおかげです。先生が色々アドバイスをくれて、困った時には相談にも乗ってくれて、本当に助けてもらったおかげです!先生がいなかったら、試験を突破することは不可能だったと思います!本当にありがとうございますっ!」

「よかったな。まあ、これで君が厩舎を開業したらうちは寂しくなるが、それは新たな時代が始まるということだ。快く送り出してやるぞ。」

 星調教師は教え子の快挙を心から喜んでいた。


 その後、善郎は仕事をしながら、厩舎を開業するための手続きを開始した。

 そして星調教師をはじめとする、色々な厩舎の人達と相談しながら、誰を調教助手や厩務員として採用するのか、どの馬を管理していくのかをじっくりと考えた。

 自分の部下の候補としては、まず道脇君が右腕的な存在の調教助手として挙がった。

 その後も、GⅠ馬も輩出している美浦の堂森厩舎から厩務員を1人、馬の調教資格を得たばかりの新人調教助手を1人採用することができ、少しずつ開業に向けての準備を整えていった。

 だが、肝心の競走馬はなかなか集めることができなかった。

 特にこれからデビューを控えた馬はほとんど集まらずにいた。

(まいったなあ…。まあ、新人で全然実績がない状態だし、実力も未知数だから、馬主さん達が敬遠したくなる気持ちも分かるけれど…。)

 彼は調教師試験に合格した時の喜びはいつしか吹き飛んでしまい、厳しい表情をしながら日々を過ごしていた。

 星調教師も、そんな彼の気持ちを察し、自分に何ができるかをあれこれ考えた。

 そして最終的に自分の厩舎の馬を2頭、引き渡すことにした。

 それを知った善郎は、どの馬をもらうことにするか、1頭1頭調子を見ていった。

(この馬はどうかなあ…。結果はそこそこ出しているし、僕が担当していた馬でもあるから、愛着もあるけれど…。でも、厩舎の戦力になってくれなければいけないから、情で選ぶわけにはいかないし…。)

 彼は血眼になって厩舎にいる馬を全て観察した。


 それから1週間後、善郎は悩み抜いた末に出した結論を星調教師に伝えることにした。

「先生、引き取る馬についてなんですが。」

「おお、決まったか。早速だがどれにするつもりかね?」

「あの、オーバーアゲイン(オス、10歳、障害馬)とフロントライン(メス、3歳)をゆずってください。」

「その2頭でいいのか?僕としてはもう少し実績のある馬を選ぶと思ったのだが。」

「僕もそれについては考えました。でも、実績馬をもらうのは恐れ多かったですので、結局やめました。」

「そうか。それにしても、その2頭を選んだ理由は何かね?」

「オーバーアゲインは年齢こそ高いですが、環境の変化に強いですし、リーダーとしてふさわしいと思ったので選びました。」

「フロントラインはまだ未勝利だが、この馬を選んだ理由は何かね?」

「確かにそうですが、この馬は晩成型ですからこれから伸びてくるでしょう。能力さえ開花すれば母スペースバイウェイ以上に稼いでくれると確信しています。それに、オーバーアゲインが引退したらいずれはこの馬が厩舎を引っ張っていく存在になるだろうと思って選びました。」

「なるほど、考えたな。まあ良かろう。では厩舎を開業したら、この2頭のことは頼んだぞ。」

「はいっ!任せてください!」

 善郎は深くお辞儀をしながら言った。

 彼の調教師としての日々は、ここから本格的に始まった。


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