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調教師代行による采配

 ライスフィールドが出走したオールカマーには、14頭が出走した。

 5枠8番に入ったライスフィールドは、単勝10.1倍の4番人気だった。

 1番人気は宝塚記念で2着に好走した6枠9番のトランクロケットで、単勝は2.0倍だった。

 2番人気は3枠3番のトランクゼウス、3番人気は7枠12番のクリスタルロード(今年の目黒記念に優勝)だったが、単勝はそれぞれ7.5倍、9.5倍だった。

 その他の有力馬としてトランクミラクルや、3歳馬のフォークテイオー(Folk Teio)、一昨年の有馬記念優勝馬スターマインがいたが、それぞれ6番人気、5番人気、7番人気だったため、あまり話題にはなっていない状況だった。

(フォークテイオーはオス馬で関西馬。この後菊花賞に向かう予定。)

 このような状況もあって、トランクロケットが話題の中心におり、予想屋の人達はこの馬がどのような勝ち方をするかに注目していた。

 ただ、ライスフィールド、トランクゼウス、トランクミラクルの陣営にとっては、トランクロケットさえ倒せば久々の勝利を挙げる絶好のチャンスになるだけに、そろって気合を入れていた。

 しかし村重厩舎では善郎と紅君の体調がすぐれないために競馬場に来ることができなかったため、アキが調教師の代行として作戦を鴨宮君に伝えた。

 一方、野々森牧場でも葉月が体調を崩した子供の世話、仕事にやっと復帰できた太郎も仕事のために来ることができず、競馬場にやってきたのは蓉子と従業員のジャンとその他若干名だけだった。

 重賞にもかかわらず寂しい顔ぶれになってしまったが、それでもライスフィールドを勝たせたいという気持ちはいつもと変わらなかった。


 一方、クリスタルロード鞍上の弥富さんは、宝塚記念でホタルブクロに乗って以来の重賞騎乗だった。

 その馬が競争中止になった後、彼女はショックのあまりに泣いてばかりで、翌週の騎乗を休む程の精神状態になってしまったが、今はすっかり立ち直っていた。

(ホタルブクロがあんなことになった時には、もうだめかと思った…。でも命は取り留めることができたし、関係者の人達からも、あなたのせいではないと言ってもらえた。父もテレビ番組を通じて私のことを擁護してくれた。その温かい言葉のおかげで私は立ち直ることができた。その人達や、懸命に生き延びてくれたホタルブクロのためにも、このレース、絶対に勝つ!)

 彼女は口にこそ出さないものの、心の中では燃えるような闘志をみなぎらせていた。


 レースは14頭が一斉にスタートし、出遅れた馬はいなかった。

 元々逃げ馬が不在で、どの馬も逃げようとはしなかったが、押し出されるようにしてフォークテイオーが先頭に立った。

 その後をトランクミラクルが追い、クリスタルロードが4番手辺り、スターマインは中段、トランクゼウスは中段よりやや後方、ライスフィールドとトランクロケットは後ろから3、4頭目の位置につけた。

 スタンド前でのファンの歓声を受けながら14頭は直線を走っていき、やがて1コーナーへと入っていった。

「アキさん、ライスフィールドですが今日はかなり後ろから行くんですね。」

「はい。前走で前に行き過ぎてしまい、他馬からペースメーカーにされてしまった感じがありましたから。それに、今回は相手をトランクロケット1頭に絞り、マークする形にしてみました。」

「そうですか。でも、もし弟さんがここにいたとしても、この作戦だったんでしょうか?」

「多少私の考えもありますが、作戦自体は前もってヨシと連絡を取った上で決めています。ですから弟が指揮をとっていてもあのようになったと思います。」

 蓉子とアキは遠ざかるライスフィールドの姿を見ながら会話をしていた。

 先頭は相変わらずフォークテイオー。すぐ後ろをトランクミラクルが追走し、クリスタルロードが3番手に上がって、各馬は2コーナーを回り、外回りの向こう正面に差し掛かった。

 後方にいるライスフィールドはそれまでトランクロケットと並走していたが、向こう正面で少しずつ前に出ていき、クリスタルロードやスターマインとの差が縮まっていった。

 他の馬達は全く動く気配がない中で、ライスフィールドだけが順位を上げていたので、蓉子は不思議に思わずにはいられなかった。

「アキさん、あれは作戦なんでしょうか?それともかかっているんでしょうか?」

「安心してください。あれは作戦です。もっとも、あそこでペースを上げるというのは私独自の作戦です。弟ならもう少し後でペースを上げたでしょう。」

 2人が会話をしていると、ライスフィールドはトランクゼウスに追いついた。

 すると今度はトランクゼウスも一緒に上がり始め、内回りコースとの合流地点の手前ではスターマインを交わして5、6番手辺りになった。

「アキさん、トランクゼウスもあれは作戦なんでしょうか?」

「かもしれませんが、私にはかかっているように見えますね。とはいえ、ちょっと意外でした。」

「2頭のつぶし合いにならなければいいのですが…。もしそうなったら後ろからやってくるトランクロケットに勝たれる可能性がますます大きくなりますし。」

「とにかくシンには残り1000mからロングスパートをかけるように指示していますし、彼はそれをきちんと守っています。そのペースに持ち込めば相手がトランクロケットであろうと勝てると見ています。」

「本当に勝てるといいですが。何しろ1年9ヵ月もの間勝っていませんから。」

 蓉子の不安げな表情をよそに、アキは懸命にポーカーフェイスを保ち続けた。

 3、4コーナーの中間地点までやってくると、後方にいたトランクロケットもペースを上げてきたため、会場は一気に盛り上がってきた。

 そんな中で、先頭はフォークテイオーとトランクミラクルが並び、クリスタルロードも前の2頭との差を詰めてきた。

 その後ろではライスフィールドがぐんぐん順位を上げていき、完全にトランクゼウスを交わしていた。

 だが、大勢の観客の視線は追い込みにかけるトランクロケットに注がれており、その他大勢の馬達はまるでカヤの外にいるような状態だった。

 そして最後の直線。すでにクリスタルロードを交わして3番手に上がったライスフィールドは、フォークテイオーとトランクミラクルをもとらえそうな勢いだった。

「ちょっと、あれじゃ早く上がり過ぎです。最後でバテるんじゃないですか?アキさん!」

「確かに私が思ったよりも少し早いです。でもここまで来た以上、シンを信じるまでです。」

「もし負けたら、アキさんは弟さんに何て伝えるつもりですか?」

「素直に包み隠さず伝えるまでです。もっとも、それは負けたらの話です。勝負はこれからです。」

 2人が会話をしていると、ライスフィールドはいつの間にか先頭に躍り出ていた。

 先頭に立つのが早過ぎる。これじゃ最後に絶対バテる。ライスフィールドにかけた人達がそう思う中、トランクロケットにかけている人達はいつ差し切るのかという期待を寄せていた。

 その大本命の馬が6、7番手の位置から追い込む中、ライスフィールドのペースは坂にさしかかっても全く落ちなかった。

 むしろ、2番手を争っているフォークテイオーとトランクミラクルとの差は開く一方で、このままでは独走になりそうな気配が漂っていた。

「えっ?まさかまさか、ライスフィールド、このまま行ってしまうの?」

 蓉子は愛馬が最後の直線で堂々と先頭を走る姿を久しく見ていないだけに、目の前で起きている光景がにわかには信じられずにいた。

 トランクロケットは懸命に追い込みをかけ、トランクゼウスも必死に前にいる馬を追いかける中、残り100mの時点でライスフィールドはすでに2番手に5馬身近くの差を付けており、完全に独走の状態だった。

「ライスフィールド行けえっ!こうなったら差を付けられるだけ付けてくれ!今までのうっ憤を晴らしてやれえっ!」

 レースが始まってからずっと黙っていた道脇君はこれまで積もりに積もっていた思いを一気に吐き出すかのように叫んだ。

 後ろではフォークテイオーとクリスタルロードがバテて下がっていき、トランクミラクルが単独2番手に立っていた。

 そしてトランクゼウスとようやくやってきたトランクロケットが懸命に2番手トランクミラクルを交わそうとしていたが、もはや大勢が決している以上、そんなものは不毛な争いのように見えてしまう状況だった。

 ライスフィールドの脚色は最後まで鈍ることはなく、これまでの不振が嘘のような快走で、一昨年の朝日杯以来の勝利を6馬身差という独走劇で飾ることができた。

「キャーーーーッ!やっとライスフィールドが勝ったあーーーっ!!」

 蓉子は金切り声をあげながら、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。

「姉さん、やりましたね!久しぶりに勝ちましたよ!ついに長いトンネルを抜けましたよ!」

「本当に長かったですね、ミチ。やっと暗闇をさまよう状況から解放されました。これでヨシとトッキーにいい報告ができます。」

「そうですね。この勝利で彼らが喜んでくれるといいですね。」

「多分彼らはテレビでこのレースを見ているでしょうから、きっと喜んでいるはずです。これで元気になってくれたら本当にうれしいです。」

 今までの苦しみから解放された道脇君とアキも泣きそうなほど喜んでいた。

(1年9ヵ月ぶり…。1年9ヵ月ぶりにやっと勝てた…。長かった…。本当に長過ぎる程…。)

 ライスフィールド鞍上の鴨宮君は感極まってしまい、涙を流しながら馬を引き返していった。

 引き上げ場ではライスフィールドの関係者の誰もがハグをしたり、握手をしたりしながら喜びを爆発させ、勝てない日々からようやく解放された気持ちを分かち合った。


 レースは1着がライスフィールド。6馬身差の2着にはトランクミラクルが粘りこみ、ハナ差の3着は長い写真判定の末にトランクゼウスとトランクロケットが同着となった。

(スターマインは2馬身差の5着、逃げたフォークテイオーは7着、クリスタルロードは弥富さんの思いとは裏腹に10着に沈んだ。)

 蓉子、アキ、道脇君、鴨宮君達が歓喜に沸く中、トランクゼウスとトランクミラクルの陣営はまたしてもトンネルを抜け出すことができず、悔しさだけを味わう結果となった。


 レース直後は前が見えなくなる程泣いていた鴨宮騎手は、インタビューの頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「長い長い暗闇を抜け出すことができたのは本当にうれしいです。今日は厩舎の人達や、野々森牧場の人達と喜びながら過ごしたいです。正直、このレースで負けたら今後はGⅡ路線ということになっていましたから重圧もありましたが、これで再びファントムブレインに挑む挑戦者としての権利を得ることができました。天皇賞では何としてもその馬に土をつけて、勝ちたいと思います。」

 彼はテレビカメラの前でそのように言い切った。

 そしてインタビューが終わると、胸を張って表彰式に臨み、満面の笑みで写真撮影に応じていた。


4歳9月の時点におけるライスフィールドの成績

13戦5勝

本賞金:1億3450万円

総賞金:2憶7620万円


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