戦力外を通告された馬達
8月末。新潟と小倉での開催も最終週を迎え、来週からはいよいよ中山競馬場と阪神競馬場での開催が始まり、秋のGⅠ戦線をにらむ馬達が始動する時期がやってきた。
その中の1頭であるライスフィールドも、オールカマー出走を目指して調整が進められていた。
その一方で、熾烈な残留争いを勝ち抜くことができずにいる3歳馬にとっては、今週勝ち抜けなければ、戦力外通告という厳しい選択を迫られる時期がやってきた。
9月に行われる未勝利戦は特定の出走条件を満たした馬以外は出走できないため、もし勝ち抜けなかった場合、現役を続けたければ裏開催の500万下に出走するしかない状況だった。
厩舎の陣営や馬のオーナーの中には馬の実力を信じて、500万下のクラスへの挑戦を表明する人達や、地方競馬に活路を求め、移籍を模索する人達もいた。
しかし全体的に見れば、勝てなければ愛馬達に戦力外通告という非情な決断を下す陣営の方が圧倒的に多かった。
その状況は村重厩舎にとっても例外ではなかった。
村重厩舎では、ライスフィールドの大活躍によるフィーバーに乗って入厩してきた何頭もの3歳馬が、結局未勝利のままこの時期を迎えてしまい、現時点で勝利を挙げているのはクノイチだけだった。
(※フォークヒーローはこの厩舎で1勝を挙げたものの、他の厩舎に引き抜かれたため、すでにここにはいなかった。)
その中で、ホワイトリリーは未勝利戦に出走したが4着に敗れてしまった。
同馬の関係者の人は今後、最後の可能性に賭けて裏開催の500万下に出すことを表明したが、それ以外の馬は厩舎の側から非情な決断が下された。
馬主さん達の中にはその知らせを聞いて納得する人もいたが、
「この一発屋で、役立たずの若造厩舎め!」
「あんたの腕前を信じて馬を託したのに!預託料を返せ!」
と食ってかかる人達もいた。
村重厩舎の陣営はただでさえ精神的に辛い状況に置かれている上に、このようなことを言われてしまい、紅君はストレスから体調を崩して休養を余儀なくされる状況になってしまった。
また、村重君もめまいに悩まされるようになってきたため、検査の結果、1週間程度の入院が必要な状況になり、離脱してしまった。
厩舎で懸命に頑張っている道脇君達にとってもこの状況は辛いものだった。
それでもアキは道脇君、鴨宮君達に
「絶対に反論してはだめよ。もしここで言い返せば、それをネットなどで拡散されて、ますます悪い事態に陥るわ。だから相手は悔しさを吐き出して、楽になりたい。私達はそのメンタルカウンセラーをしているんだと考えなさい。」
と伝え、冷静に対処するように忠告をしていた。
「分かりました。姉さん…。」
「でもやっぱり辛いです。」
道脇君と鴨宮君は、分かっていてもそう答えるのが精一杯で、さすがに疲れは隠せず、何やら助けを求めている状況だった。
その姿を見るのはアキにとっても辛いものだった。
しかし厩舎のメンバーの中で誰よりもたくさんの修羅場をくぐり抜けてきた人として、自分がへこたれるわけにはいかなかった。
(この状況を変えるには、残された馬達を勝たせるしかない。ヨシとトッキーの体調がすぐれない以上、私が打開していかなければ…。)
彼女は自身も辛い思いをしながら、懸命に自分にそう言い聞かせていた。
大勢の3歳馬が戦力外通告という現実を突きつけられる中で、古馬の中にもそれに直面する馬達がいた。
かつて村重厩舎に所属し、その後堂森厩舎に出戻りとなったユーアーザギターは、この時期に馬主サイドから引退を勧告され、厩舎を去ることになってしまった。
この馬は移籍後、5着が1回あったのが最高で、それ以外は目立った成績を残すことができなかった。
馬主さんにとってはほとんど出走手当しか賞金を手にすることができず、そのお金もたちまち預託料に消えてしまうため、赤字がどんどん膨らんでいく状況だった。
(村重厩舎ではアカンと思って環境を変えてはみたけれど、結局状況は変わらんかったなあ…。まあ、厩舎が悪かったのではなく、この馬の能力そのものが限界だったということか…。)
関係者の人はそう思いながら肩を落としていた。
ユーアーザギターは戦力外通告を受けた3歳馬と一緒に馬運車に乗せられていった。
その様子を、厩舎の人達はがっくりと肩を落としながら見つめていた。
このような現実は、関東馬だけに限ったものではなく、多くの関西馬にも当てはまっていた。
関西でも多くの3歳未勝利馬が厩舎を後にしていった。
その数はむしろ関東馬よりも多く、その分多くの関係者達が落胆の表情を浮かべていた。
一方、かつて眩しい姿を見せていた重賞勝ち馬の中にも、時を同じくして戦力外通告を受けた馬がいた。トゥーオブアスだ。
この馬は札幌2歳Sと京都2歳Sを勝った実績があり、函館2歳S、京王杯2歳S、朝日杯FSではライスフィールドと直接対決をして激闘を繰り広げてきた。
しかし京都2歳S以降は13戦走って1勝も挙げることができず、1年10ヶ月もの間、長いトンネルを抜け出すことができずにいた。
しかも3歳秋以降はGⅡ、GⅢ路戦が主だったにもかかわらず、2歳時の姿がまるで嘘のようにレースで玉砕を繰り返していた。
「もうトゥーオブアスはだめだな。」
「とても買えんわ、こんな馬。」
「引退した方がいいんじゃない?」
ファンからこのような冷たい言葉が飛び交う中で、陣営は「もうひと花咲かせたい。」と懸命に努力を重ねていた。
しかしファントムブレインがグランドスラムを達成した今年の宝塚記念では単勝255倍という圧倒的な最低人気になり、レースでも最下位に沈んでしまった。
その後、放牧に出された同馬は、牧場の人達が「もう馬が走る気を失っている。競走馬としては限界です。」という判断を下したことを受けて、引退することになった。
トゥーオブアスの最終成績は19戦3勝。重賞勝ちは上記の2勝だった。
その後、同馬は別の施設に引き取られ、乗馬として過ごしていくことになった。
かつての眩しい姿から深い暗闇に迷い込み、トンネルを抜け出せないまま終わってしまったことはとても残念だった。
それでも重賞勝ちがあっただけに、その後の進路が保障されたことは、せめてもの救いだった。
思えば、ライスフィールドと同じく激闘を繰り広げたフシチョウも、NHKマイルCを勝った後は1勝もできず、トンネルを抜け出せないまま屈腱炎で戦力外通告になってしまった。
(フシチョウの最終成績は13戦4勝。主な成績はデイリー杯2歳S、若駒S、NHKマイルC優勝。函館2歳S2着、マイルCS2着。)
その後、同馬は今春から種牡馬になり、16頭の牝馬を集めることができたものの、来年以降はどうなるのか不透明な状況であり、関係者の人達は「果たして何年種牡馬を続けられるのか。」という不安を漏らしていた。
他にもライスフィールド、トランクゼウス、トランクミラクルはGⅠ制覇後、1勝も挙げられていないだけに、果たしてこれからどうなってしまうのだろうかという不安があった。
その中で、これらの3頭はオールカマーで激突することになった。
これらの馬達の中で、トンネルを抜け出せる馬は出てくるのだろうか?
それとも、3頭ともトンネルをさまよい続けるのだろうか?
善郎と紅君が不在の状況の中、果たしてライスフィールドの結果は…。




