ファントムブレインが倒せない
ライスフィールドが産経大阪杯に出走してから2週間後、皐月賞が行われた。
このレースではパーシモンが抽選をくぐり抜けて見事に出走を果たした。
とはいえ、本賞金900万円の2勝馬で、かつ優先出走権も持っていなかったため、人気は18頭立ての17番人気と低かった。
それでも馬主である那覇男さんは事前に「パーシモンGO」という、何かに似ているフレーズが書かれた横断幕を事前に製作して、パドックに掲げ、さらには家族を連れて駆けつけるという力の入れようだった。
ちなみに彼は鞍上を娘の弥富伊予子騎手にお願いできないかと厩舎の陣営にお願いしたが、そこは却下されてしまった。
レースの結果、パーシモンは15着に敗れてしまい、GⅠでは実力不足であることを痛感させられてしまった。
「うーーん、兄のライスフィールドのようにはうまくはいかないか…。活躍を期待していたんだがなあ…。」
那覇男さんは顔をしかめながらクールダウンしているパーシモンを見つめていた。
「でも根室さん、この馬は丈夫でガンガンレースに出せる馬ですから、地道に賞金を稼いでいきましょう。」
「でも稚内さん、せめて日本ダービーには出してもらえないでしょうか?」
「登録することは構いませんが、今の状況では除外対象になると思います。それよりも条件戦に出した方がいいと思いますが。」
「それでもなあ…。夢はあきらめたくないからなあ…。」
那覇男さんはライスフィールドに続いてほしいという思いを断ち切れないのか、なかなか稚内初調教師の提案に納得できずにいた。
一方、彼の妻である空子と息子の政永は稚内調教師の意見に従った方がいいと説得しながら、競馬場を後にしていった。
それから間もなく、引退後の進路が決まらずに村重厩舎に残留し続けていたオーバーアゲインは、やっと引き取り先が決まった。
行き先はトランクバークとインビジブルマンを輩出し、先日所有馬のストアーキーパーが高松宮記念を勝った木野牧場だった。
オーナーの木野求次さんの話では、ストアーキーパーがGⅠを勝ったことでたくさんの賞金が手に入ったことに加え、インビジブルマンが乗馬を引退したことで馬の採用枠ができたことで、この度オーバーアゲインを採用するという話になった。
馬主さんは木野さんの善意に深い感謝の意を示し、お礼を言った。
それから間もなく、オーバーアゲインの引退が正式に決まり、厩舎ではささやかな引退式が行われた。
そこにはリハビリ中の善郎も外出許可をもらって駆けつけ、さらには前の所属だった星厩舎の人や馬主さん達も参加し、星厩舎時代に勝った新潟ジャンプSのレイと一緒に記念撮影が行われた。
式が終わった後、美浦を後にして木野牧場へと向かっていく馬運車を、善郎や星調教師、さらにはオーバーアゲインの馬主さん達はしみじみとした表情で見つめていた。
オーバーアゲイン 最終成績
平地:25戦4勝、2着4回、3着3回
障害:23戦3勝、2着1回、3着1回
主なタイトル:新潟ジャンプS(J・GⅢ)
一方、ライスフィールドは産経大阪杯6着の後、天皇賞(春)に向けて調整が行われていた。
併せ馬にはライスパディーが常にパートナーとなり、後ろから差し切らせるスタイルを取っていた。
しかし伸びはいまいちで、最後まで追い付けないこともあった。
鴨宮君と紅君を背に、調教を行っている2頭を見ながら、アキと道脇君は渋い表情を見せていた。
「姉さん、このままでは天皇賞までに仕上がらない可能性が大きいですね。」
「そうなりそうですね。産経大阪杯の疲れが十分に取れていない可能性がありますね。」
「どうやらこの馬は一度使った後の反動が大きいんでしょうか?」
「でしょうね。以前弟が言っていたように中3週では間が短すぎるようですし、それに…。」
「それに、何ですか?姉さん。」
「天皇賞での斤量が気になるんですよ。」
「それもありますね。これまで未経験の58kgを背負うわけですから。」
「はい。一口に58kgと言っても、420kg台の体には堪えるでしょうし、脚への負担も気になります。ただでさえ脚に不安もありますから。」
「何だか頭の痛いことばかりが重なりますね。」
「それが実力馬の宿命ですよ、ミチ。」
2人が会話を重ねるうちに、ライスフィールドの天皇賞挑戦は少しずつ遠のいていく形になった。
その後、陣営は天皇賞(春)の1週前追い切りを行い、その出来で本番に出すかどうかを決めることにした。
「頼んだぞ、ライスフィールド。何としてもライスパディーを交わしていってくれ。」
道脇君は祈るような気持ちで調教を見守った。
結果、ライスフィールドはどうにか交わすことはできたものの、物足りなさだけが残る状況だった。
(これではとてもファントムブレインを倒すことはできないだろう。仕方がない。回避するしかないか…。)
彼は大きくため息をつき、肩を落としながら決断をした。
結果、天皇賞(春)はライスフィールドを欠いた状態で行われることが決まった。
出走馬の締め切り後に発表された主な出走予定馬は次の通りだった。
・ファントムブレイン
・ホタルブクロ
・パースピレーション
・トランクゼウス
・ソングオブリベラ
(※トランクミラクルは体調不良のため、直前で同レースを回避。)
頭数自体は13頭となり、GⅠとしてはやや寂しい顔ぶれとなった。
それは去年の天皇賞(秋)以降、無敗のまま絶対王者として君臨しているファントムブレインに、他陣営が恐れをなした結果でもあった。
レースはファントムブレインが中段よりもやや後方につけ、ホタルブクロがするその後ろを、トランクゼウスがすぐ前を走る展開となった。
先行したパースピレーションは巧みにペースを落とし、先行有利な展開に持ち込む作戦に打って出た。
前走の産経大阪杯を快勝し、有力馬の一頭として名乗りを挙げたソングオブリベラは、久矢君の指示で後方に待機した。
彼は2週目の向こう正面で誰よりも早くペースを上げていき、3コーナーに差し掛かった時にはトランクゼウスよりも前を走っていた。
トランクゼウス、ファントムブレイン、ホタルブクロは3コーナー過ぎから一斉に上がっていき、スパートを開始した。
ソングオブリベラは4コーナーで一気にペースを上げていき、直線でのゴボウ抜き作戦に打って出た。
最後の直線では3頭はいずれも外を走り、内で粘るパースピレーションを何とか交わそうと必死だった。
その中でファントムブレインは鞍上の坂江騎手のムチに応えてグングン上がっていき、残り100mを切った時点でついに先頭に踊り出た。
一方、ホタルブクロは懸命にファントムブレインに追いすがるものの、トランクゼウスは最後の最後でスタミナ切れになったこともあってズルズルと後退をしていった。
レースはファントムブレインが半馬身のリードでゴール板を駆け抜けていき、去年の天皇賞(秋)からGⅠ4連勝を飾った。
2着はホタルブクロが入り、3着は内で粘りこんだパースピレーションになった。
一方、結果は残すものの善戦止まりで、周りから「善戦マン」と言われているトランクゼウスは7着、前走で新たな期待の星になったソングオブリベラは11着に沈んでしまった。
ファントムブレインの強さに関係者の人達は大喜びする中、他陣営の人達からは嘆きの言葉がこだましていた。
さらにはスタンドからも
「強すぎる…。これじゃ競馬がつまらん。」
「何か『ファントムブレインが倒せない』というネタでも作ってみようかしらねえ。」
「こんなガチガチな馬券は買えんわ。誰か倒してくれないかな…。」
という声があちこちから聞こえていた。
勝利ジョッキーインタビューで、インタビューアーは坂江騎手に対し
「さあ、いよいよ次の宝塚記念を勝てばグランドスラムです!意気込みを教えてくれますか?」
と、興奮気味に話していた。
「とにかくこの馬の能力を出し切ることが僕の仕事ですから、次もそのような騎乗をするだけです。それができれば、(グランドスラムという)結果は自然とついてくると思います。」
坂江騎手は興奮するインタビューアーに対し、終始冷静に受け答えをしていた。
果たしてファントムブレインを止められる馬は出てくるのか。それとも同馬がグランドスラムを達成するのか。
天皇賞が終わった直後から、世間では異様なまでの期待が漂っていた。




