4歳初戦
ライスフィールドの復帰戦が高松宮記念から変更になったため、道脇君達はどのレースに出すかを改めて考え直した。
当初は日経賞を目指したが仕上がりがいまいちだったため、陣営は回避を決め、産経大阪杯(GⅡ、阪神、芝2000m)を目指すことにした。
ライスフィールドが当初目指していた日経賞は、3月の最終週の土曜日に行われた。
主な有力馬はファントムブレインとパースピレーションで、さらには頭数も少なかったため、単勝倍率はそれぞれ1.3倍、3.9倍となった。
ファントムブレインにとって負けの許されない状況ではあったが、鞍上の坂江騎手は落ち着いて騎乗し、見事断然の1番人気に応えた。
(パースピレーションは1馬身1/2差の2着。)
陣営はこの後天皇賞(春)に向かい、それに勝ったら宝塚記念でグランドスラムを達成したいと表明した。
翌日、新聞には「ファントムブレイン、もはや敵なし!」、「目標はグランドスラム」という見出しがおどり、マスコミも「グランドスラム」という言葉を使い始めた。
(※ここでいうグランドスラムとは、天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念をすべて制覇することを言います。解釈によっては同一年内で全て達成するという条件が加わることもありますが、この作品では年をまたいでもOKとしてあります。)
そんな中で、中京競馬場ではGⅠ高松宮記念が行なわれた。
メンバーは海外から参戦の1頭を加えて15頭が集まったが、GⅠ勝ち馬が少ないこともあってか、少々小粒な感じになった。
そんな中、去年のマイルCSでは逃げるフシチョウをゴール前ギリギリで差し切り、GⅠ初勝利を挙げたトランクロケットが1番人気になった。
そのトランクロケットは不利を受けることもなく順調にレース運びをして、最後の直線で抜け出してきた。
しかし同馬のすぐ後ろをマークするように走っていた5番人気のストアーキーパーがゴール直前で差し切りを決め、見事GⅠ制覇を果たした。
このストアーキーパーは木野牧場を救った馬として語り継がれているトランクバークの孫で、トランクバークの3番目の仔であるサンフラワーの仔でもあった。
「ストアーキーパーでかした!ついに念願のGⅠに手が届いたぞーーーっ!」
「おめでとう、ストアーキーパー!そして久矢君ナイス騎乗だったわよーーっ!」
「本当にGⅠを勝てたーーっ!やったやったーーーっ!ストアー最高ーーーっ!」
「生きている間にGⅠ制覇を見られるとは…。生きてて良かった、なんまんだぶ…。」
木野牧場の従業員である求次、笑美子、可憐、そして笑美子の父である津軽睦夫は抱き合うように喜びを分かち合った。
表彰式では求次と可憐は人目もはばからずに涙を流しながら綱を握りしめていた。
また、笑美子は綱の代わりに両手でトランクバークの写真を持っていた。
一方で睦夫さんは涙も流すことはなく、ただただ神妙な面持ちだった。
翌週、ライスフィールドはどうにかレースに出られるくらいに仕上がったため、産経大阪杯に出走することになった。
「仕上がりもそうですが、このレースは56kgで出られるから、脚部の不安が少なくて済むと思いました。」
道脇君はマスコミの取材に対し、このように応対した。
このレースは14頭が出走することになり、有力馬の枠順と人気は次の通りだった。
・ライスフィールド(3枠4番、3番人気)
・トランクゼウス(5枠7番、1番人気)
・クリスタルロード(8枠13番、5番人気)
・シドニーメルボルン(6枠9番、4番人気)
・ソングオブリベラ(3枠3番、7番人気)
・トランクミラクル(7枠12番、2番人気)
レースが関西で行われることに加え、同じ日にフロントラインが中山競馬場でのレースに出ることになったため、アキはそちらに行っており、村重厩舎のスタッフは道脇君と紅君しか来ていなかった。
さらに、野々森牧場では、ネット上で厳しい批判にさらされたことで蓉子がノイローゼになってしまい、葉月は母親の介護に加えて米太の面倒を見ることになってしまい、太郎は謹慎処分中で競馬場に来ることも禁止の状態だった。
結果、野々森家の人達が誰も来られなかったため、従業員の一人であるジャン(英語表記はZyan)という名前の男性が駆けつけた。
結果的に、GⅡにも関わらず関係者の顔触れは寂しいものになってしまった。
ライスフィールドに乗る鴨宮君は、事前に道脇君と綿密な打ち合わせを行い、作戦を練った。
「シン、今回は内枠だから、包まれないように気を付けてくれよ。」
「ミチ、任せてください。必ず一昨年の朝日杯以来の勝利をもたらしてきます。」
「頼んだぞ。」
「はいっ!」
鴨宮君はたくましい声でそう言うと、パドックを周回しているライスフィールドと紅君のところへ向かっていった。
レースがスタートすると、先行策を取ったライスフィールドは、すぐ隣にいるソングオブリベラと並走する形になり、2頭は並んで1コーナーに入っていった。
人気のトランクゼウス、トランクミラクルは後方から4、5頭目辺りにいた。
2頭ともGⅠ(それぞれ去年の皐月賞、日本ダービー)を勝って以来、勝利がないだけに、陣営は何としてもこのレースで勝利をと意気込んでいた。
3コーナーを過ぎた辺りから後方のシドニーメルボルンとクリスタルロードは前に進出し始め、前との差がどんどん縮まってきた。
最後の直線に来ると、鴨宮君は一気にスパートをかけ、逃げた馬を交わしてソングオブリベラと一緒に先頭に立った。
後ろからはトランクゼウスとトランクミラクルが差を詰めてきており、大外からはクリスタルロードとシドニーメルボルンも追い上げてきたため、このまま行けばゴール前は大混戦になりそうな状況だった。
(フィールド、このまま粘り切るぞ。そのためにはまずリベラを振り切れ!)
鴨宮君は終始ぴったりと並走し続けるソングオブリベラと一時帰国している久矢君を横目に、ムチを振るった。
しかしソングオブリベラの脚色は衰えない中、ライスフィールドは少しずつ後退を始めてしまった。
(ここでバテるな!フィールド!何とか頑張ってくれ!)
(よし、リベラ!ライスには勝てそうだ。後は粘り切るだけだ。頑張れ!)
鴨宮君が焦りを感じている一方、確かな手ごたえを感じている久矢君はラストスパートをかけて粘りこみを図っていた。
レースはそのままソングオブリベラがGⅠ馬を含む実績馬を押しのけ、2着に2分の1馬身差を付けて見事先頭でゴールインし、重賞初勝利を飾った。
一方で2着争いは大混戦となり、写真判定に持ち込まれた。
そんな中、勝ったソングオブリベラ鞍上の久矢君は、満面の笑みで星調教師と会話をしていた。
「星先生、うまく能力を引き出して、最高のレースができました。」
「やったな、久矢。これでいよいよリベラも本格化してきたな。」
「はい。これからGⅠを勝てる逸材になると思うので、これからもこの馬に乗せてください。」
「おお、そのつもりか。じゃあ、リベラはこれで春の天皇賞の優先出走権も獲得したし、その時にまた帰国してもらおうか。」
「分かりました。ぜひお願いします。」
久矢君はここ2年程、自らの英語力を生かしてオーストラリアに活躍の場を求め、主に現地で生活をしていた。
彼は本来ならばオーストラリアにいる予定だったが、星調教師が管理馬のストアーキーパーを高松宮記念に出走させる際に、彼をわざわざ一時帰国させて騎乗させるという作戦に打って出た。
そしてストアーキーパーがそのレースを優勝したことを受けて、さらに1週間日本に滞在させ、それまで重賞未勝利だったソングオブリベラの騎乗を頼んだといういきさつがあった。
そんな喜びの中、写真判定の結果が表示され、2着はクリスタルロード、ハナ差の3着はトランクゼウス。以下、アタマ差でシドニーメルボルン、クビ差でトランクミラクルとなり、ライスフィールドはさらにハナ差の6着にまで沈んでしまった。
1着以外は全部負けとはいえ、2~6着は大混戦だっただけに、道脇君達としては、あと少し仕上がっていれば、あと少し勝負根性があったらという心境だった。
(このままではファントムブレインに勝てない。このまま天皇賞に向かうべきか、それとも…。)
道脇君は帰りの新幹線の中、ライスフィールドの次走をどうするべきか、懸命に考えていた。
なお、翌日のスポーツ新聞の競馬欄では「現4歳のGⅠ牡馬、また勝利ならず」という見出しがおどっていた。
実際、ライスフィールドと同世代の牡馬達は、2歳または3歳限定GⅠを勝利した後は1勝も挙げていない状況だった。
・ライスフィールド … 朝日杯制覇後、NHKマイル7着、日本ダービー8着、セントライト記念5着、天皇賞(秋)2着、ジャパンカップ9着、産経大阪杯6着
・トランクゼウス … 皐月賞制覇後、日本ダービー2着、神戸新聞杯3着、菊花賞4着、ジャパンカップ11着、有馬記念3着、産経大阪杯3着
・フシチョウ … NHKマイルC制覇後、日本ダービー12着、セントライト記念9着、天皇賞(秋)14着、マイルCS2着、有馬記念13着、その後、屈腱炎のため引退。
・トランクミラクル … 日本ダービー制覇後、セントライト記念4着、菊花賞6着、有馬記念14着、産経大阪杯5着
・パースピレーション … 菊花賞制覇後、日経賞2着
世間ではマスコミや競馬ファンが「この世代の馬はGⅠを勝つと燃え尽きてしまうんじゃないか。」というような言い方をするようになり、関係者の人達はその度に肩身の狭い思いをすることになってしまった。
(※パースピレーションはその後1回しか走っておらず、しかもファントムブレインの2着だったため、この馬は除外するべきだという見方もあったが…。)
そのため、これらの馬の陣営は何としても早く勝利を挙げたいという思いを抱えていた。
4歳4月の時点におけるライスフィールドの成績
11戦4勝
本賞金:1億200万円
総賞金:2憶1120万円