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ライスフィールドの評価

 ライスパディーが2350万円で落札された後、ライスフィールドの登場まではしばらく時間があった。

 その間、蓉子はお手洗いに行く時以外、席を離れようとはせず、後から登場してきた馬達のセリをじっと見つめていた。

 彼女は特にセリには参加せず、馬達の値段がいくらから始まっていくらまで上がるのか、どういう人達が参加して誰が落札しているのかをメモを取りながら分析していた。

 その中で、誰も手をあげる人が現れず、最初の値段のまま生産者が引き取ることになった馬もいた。

 この馬はこれから果たしてどうなるのだろうか?

 もしかしたら生産者が馬主となって走らせるかもしれない。

 しかし、競走馬として走ることもなく戦力外通告となってしまうかもしれない。

 それは他人事であっても気になることだった。

(手塩にかけて育ててきた馬が、誰からも買い手がつかず、競走馬にもなれないまま戦力外になってしまったら、それはとても辛いことでしょうね。だけどお情けをかけたとしても、厳しい競争を勝ち抜いて賞金を稼いでくれなければ、さらに赤字を膨らませるだけだから、仕方のないことだけれど…。)

 蓉子自身も、過去にはせっかく生産した馬を競走馬にすることもなく戦力外にし、1円も稼ぐことができないまま廃用にした経験があるだけに、その気持ちは理解できた。


 そうしているうちに時間は過ぎていき、いよいよ葉月がライスフィールドを連れてステージに姿を現した。

(さあ、いよいよね。ライスパディーの値段まで行かなくても、せめて1500万円までは上がってくれないかしら。)

 蓉子のドキドキ感は再び高まってきた。

「あの馬、小柄だな。」

「稼いでくれるのかしらねえ。」

「ちょっとリスクがありそうだな。」

 蓉子の耳には周りからそのような声が聞こえてきた。

 それを聞く度に、彼女の不安は段々大きくなってきた。

 その時、ステージから「それでは900万円からスタートします。」と司会者の声が聞こえてきて、いよいよセリが始まった。

「900万!」

 開始してすぐに、少し離れたところから声がした。

(まずは声がかかってよかった。最低限のことはクリアできたわね。でも本当の勝負はここから。果たして、いくらまでいくのかしら。)

 蓉子は一瞬ほっとしたものの、すぐにまた緊張感に襲われた。

「…950万!」

「…1000万!」

 金額は少しずつ上がっていったものの、インターバルを置きながら声がかかる状況で、いつ上昇が止まってもおかしくない状態だった。

(うーーん…。これではライスパディーの金額まではとても無理ね。目標金額を修正しなければ…。)

 蓉子の緊張はセリが始まる前よりもさらに大きくなった。

 一方、ステージにいる葉月も顔には出さないものの、蓉子と同じくらいの緊張感を感じていた。

(お母さん…。これからどうするの?どういう判断を下すの?)

 彼女は祈るような気持ちでバイヤーの人達をじっと見つめていた。

「1000万。他にございませんか?」

 司会者がそう言うと、突然「1100万!」という声が会場に響き渡った。

 ステージでそれを聞いた葉月は一瞬ほっとしたが、それは聞き覚えのある声だった。

 彼女は恐る恐る声の聞こえた方角を見た。

 そこには手を上げている一人の女性の姿があった。

(お母さんじゃない!自分でつり上げる作戦に打って出たの!?)

 葉月はステージにいるにもかかわらず、驚きの表情を見せてしまった。

 しかし次の瞬間、我に返った彼女はすぐに表情を戻し、セリをじっと見守ることにした。

 その後、別の人が声をかけたため、金額は1150万になったが、そこからまたピタリと止まってしまった。

「1150万円。よろしいですか?」

 司会者はそう言いながら、右手のハンマーをゆっくりと持ち上げた。

 すると、蓉子が立ち上がって「1200万!」と叫んだ。

 彼女は自分で引き取るリスクを承知の上で、さらなるつり上げに打って出た。

(さあ、どうなるかしら?だめなら自分で引き取るけれど…。)

 蓉子はやれるだけのことをやって、あとは運を天に任せることにした。

 その後、10秒経過しても、20秒経過しても、会場で声はかからなかった。

「1200万円。よろしいですか?」

 司会者は降ろしていたハンマーを再びゆっくりと持ち上げ出した。

 これまでか…。蓉子も葉月も少しずつ覚悟を決めていった。

「ございませんか!?」

 司会者はハンマーをてっぺんまで上げながら、そのような声をかけた。

 そしてそれから数秒後、落札を告げるハンマーの音が会場に響き渡った。

「それでは、1200万円で落札となります。」

 その声に続いて、会場からは拍手が沸き起こった。

 しかし、彼らは生産者が自ら落札という結果になったことには気づいていなかった。

(まあ…、仕方ない。自分で走らせてみたいという思惑もあった馬だし。とはいえ、誰が見ても小柄な馬だから、その点は自分で何とかしなければならないわね…。)

 蓉子は悔しさを懸命にこらえながらそう思った。


 セリ市終了後、蓉子はライスパディーを落札した人で、トランクバークやインビジブルマンの馬主でもある木野きの求次きゅうじに会った。

「こんにちは、木野です。あなたが生産者の野々森さんですね。」

「はい、そうです。この度はライスパディーをお買い上げいただき、誠にありがとうございました。」

「どういたしまして。僕としてはいい馬を手に入れることができまして、うれしいです。これから大事にこの馬を管理して、立派な競走馬として走らせるつもりですので、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。また縁があったらよろしくお願いします。」

 2人は連絡先を書いた上で名刺を交換し、がっちりと握手をした。


 その後、求次と別れた蓉子は葉月と合流し、ライスフィールドをトラックに乗せて帰り道についた。

「お母さん、パディーは売れたけれど、フィールドが残念だったわね。」

 運転をしている葉月は、少し顔をしかめながら助手席にいる蓉子に語りかけた。

「まあ、私としては2頭とも売れなかった場合も想定していたから、それよりは良かったわ。」

「それはそうだけれど、ライスフィールドはこれからどうするの?走らせるの?」

「もちろん自分の所有馬として走らせるわ。素質はあるはずだもの。」

「でも、小柄なのが何よりもの欠点ね、お母さん。」

「そうね。この馬は元々太りにくい体質みたいだし、それを何とかしないといけないわね。」

「太りにくい体質かあ…。それが私だったらすっごい嬉しいことなのに…。」

 2人はライスフィールドを自分達の手で競走馬にするという覚悟はできていたものの、次の課題に取り組んでいく必要に迫られていた。


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