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お家騒動

 2月下旬に村重厩舎に戻ってきたライスフィールドは、脚に負担の少ない馬場やプールでトレーニングを重ねた。

 そんな中、ライスフィールドが3月下旬頃に復帰できそうな状況であることが道脇君から蓉子に告げられた。

 その知らせを受けた彼女は無事に出産を終えて退院した葉月と太郎にどのレースで復帰させるのがいいかを相談した。

 すると太郎はスックと立ち上がり

「だったらGⅠの高松宮記念にしてくれ。こっちとしては何としてもGⅠ勝ちたいからさ。」

 と主張してきた。

「えっ?それは距離が短すぎるでしょ?やめておいた方がいいんじゃない?」

 葉月は子供を抱えながら難色を示した。

「何だよ、お前も反対するのか。お前の母ちゃん、ゴリ押しでフィールドとパディーを村重のバカ厩舎に残留させた上に、お前もゴリ押しするのか!?」

「何よ、その言い方!第一、バカ厩舎って何よ!」

 太郎の汚い言葉遣いに、葉月も思わず怒り出した。

 すると、彼女が抱いていた赤ん坊が途端に大声をあげて泣き出してしまった。

「あっ、ごめんね、ごめんね、米太よねた。お母さんと一緒にあっちに行こうね。」

 葉月は米太という名前のかわいい男の子を抱えながら立ち上がり、別の部屋へと移動していった。

(※この米太という名前は、ライスフィールドにちなんで命名されました。)

 その後、蓉子は太郎と興奮気味に色々話し合いを重ねた。

 そして最終的にひとまず彼の意見に従うことにした。


『えっ?蓉子さん、ちょっと待ってください。それだと距離が短すぎますよ。こちらとしてはGⅡの日経賞を考えていたんですが…。』

「私もそう思ったんですが、ちょっとこちらにも事情ができてしまいまして…。」

『どのような事情なんでしょうか?』

「それはお話しできません。本当にミチさんを始め、厩舎の方々にはご迷惑をおかけしますが、今回ばかりは何卒お願いします。」

 蓉子は電話越しに頭を下げながら道脇君にお願いをした。

『分かりました。では、今からそのレースに関する情報を集めてみます。』

「ありがとうございます。ではこれで失礼します。」

 蓉子は再び頭を下げると、会話を締めくくった。

 事務所の電話を切った蓉子は大きく息をつくと、重い足取りで太郎のところに行き、ライスフィールドが高松宮記念に出走することを伝えた。

 すると太郎は「始めからそうすればいいんだよ!」と怒り口調で言ってきた。

 さらに彼は自分の意見が通ったことをいいことに

「だったら次は春の天皇賞に出せ!さらにその次は安田記念だ!とにかくGⅠを勝たせろ!勝つまでおれの意見に従ってもらうぞ!」

 と、さらにつけ上がってきた。

(1200mの高松宮記念の次が3200mの天皇賞(春)だなんて…。そんなこと厩舎の人にお願いできるわけないじゃない…。私は一体どうすればいいの…?)

 蓉子は疲れ切ったような表情で悩んでいた。

 すると、もはや正気を失ったとしか思えない太郎はさらにつけ上がるかのように

「何だよ、その顔は!おれに逆らおうってのか!だったら村重のクソ厩舎だけでなく、あんたの悪口もネットで言いふらしてやる!」

 と言いだした。

「何それ?太郎、あなた、もしかしてネットで村重厩舎の悪口を言いふらしていたの?」

 蓉子ははっとして彼の顔を見た。

「あっ…、そ、それは…。」

 太郎はうっかり口を滑らせてしまい、思わず茫然と黙り込んでしまった。

 さっきまで途方に暮れたような表情をしていた蓉子は、途端にキッとした表情に変わり、彼をにらみつけた。

 そして葉月を呼び出すと、2人で太郎がこれまでネットでどんなことをしていたのかを問い詰めた。

 最初は何もしていないと言い張っていた太郎だったが、翌日になるともはや隠し通せないと判断し、とうとう認めることにした。

 さらに葉月は彼がネット上で悪口の書き込みをしていたことを管理会社に連絡して確認させ、ついに動かぬ証拠をつかむことに成功した。

 こうなってはもはや太郎になす術はなかった。


 その後、太郎は牧場の従業員としての資格を一旦はく奪されることになり、十分に反省ができるまで本州の○県にある彼の実家で謹慎処分になってしまった。

 ただでさえ葉月が米太の世話のために仕事を休止しているだけに、蓉子にとってももろ刃の剣ではあったが、心を鬼にしてやるしかなかった。

 また、蓉子はすぐに飛行機を手配してわざわざ美浦へと向かい、村重厩舎の人達に会って、以前はお話しできませんと言っていた事情を全て正直に話した。

 そして復帰するレースは厩舎の皆さんにお任せすること、さらには今まで自分と葉月が太郎に冷たい扱いをしていたことが原因で、彼の心を暴走させてしまい、心無い行為に走ったことより、多大な迷惑をかけてしまったことを泣きながら謝罪した。

「蓉子さん、そちらも大変だったでしょう。私達は大丈夫です。」

「どうかあまり自分を責めないでください。」

「僕達は決して逆境には負けません。」

「ライスフィールドは必ず復活させてみせます。」

 アキ、道脇君、鴨宮君、紅君は蓉子を一切責めるようなことはせず、優しい言葉で彼女をなだめた。

 最初は「申し訳ありません。」と言うばかりだった蓉子も、厩舎の人達の温かさに触れて、少しずつ明るさを取り戻していった。

 そして彼女は義理の息子が犯した罪を許してもらえたことに感謝し、これからは心無い言葉や風評で失った信用を少しでも取り戻していけるように、協力していくことを約束した。

 アキ達もその言葉を優しく受け止め、これからライスフィールドをどのレースで復帰させるかを再度考え直すことにした。


 こうして窮地を一つ乗り越えることができた村重厩舎のメンバーは、ライスフィールドをレースに出走させて勝利を収めるために一丸になっていった。


 なお、その頃善郎はすでにリハビリを開始しており、何とか1日も早く復帰できるように努力を重ねていた。


ここしばらくライスフィールドのレースシーンが出てきませんでしたが、次号で復帰します。

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