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逆境に置かれた人々

 ライスフィールドが美浦に戻ってくる3週間程前の2月上旬、村重厩舎では善郎が仕事中に倒れ、救急車で病院に運ばれるというアクシデントが起きていた。

 診断の結果、胃には穴が開いており、さらには不整脈を併発したということが判明した。

 どうやらライスフィールドが勝てず、しかも後に続く活躍馬を輩出できなかったことで色々と批判にさらされ、そのストレスにとうとう耐えきれなくなったということが原因だった。

 幸い命に別条はなく、じっくりと休養を取ってリハビリをすれば職場に復帰できるということだった。

 ただ、いつ退院できるかの目処は立っておらず、仮に退院したとしても復帰までには時間がかかりそうだということだった。

 調教師不在という事態を知った馬主の人達からは、厩舎を変えてほしいという声が相次ぐようになり、道脇君や紅君、鴨宮君は対応に追われるようになった。

(なお、アキは旦那の父親が要介護のため、去年の暮に厩舎を離れて以降、戻れずにいる状態だった。)

 道脇君達はどうにか残留してもらえるように交渉を重ねたが、結果的に5歳となったユーアーザギターは元々所属していた堂森厩舎に戻されてしまい、3歳のフォークヒーローも星厩舎に移籍することになってしまった。

 さらには新たに入厩してくるはずだった2歳馬を管理している馬主さん達からも預託をキャンセルするケースが出てきてしまい、村重厩舎にとっては最も恐れていたことが現実になってしまった。


 影響は野々森牧場にも及んでおり、ライスフィールドをどうするのか話し合いが行われた。

「2頭とも移籍させよう。こんな若造厩舎なんかでくすぶっているより、環境を変えた方がいいに決まってる!」

 2頭がなかなか勝てずにもどかしい思いを抱えていた太郎は、蓉子にそう訴えた。

「あのね、ライスフィールドを4回も勝たせてもらえたのは厩舎の皆さんのおかげですよ。ただでさえ辛い思いをしている人達をさらに痛めつけるつもり!?」

 彼女の口調は非常に厳しかった。

「勝負の世界に情けなんかは無用だ!とにかく勝ってほしいんだよ!」

「そんな理由なら移籍はさせません。さらに言わせてもらうと、カヤノキの仔レインフォレストとクォーツクリスタルの仔クリスタルコンパスは予定通り、村重厩舎に預託します!」

「何だよそれ!おれの言っていることも聞けよ!」

 太郎は自分の意見を聞いてもらえないことに起こり、ムキになって反論した。

「だったら間もなく出産をひかえた葉月にもあんたの意見をはっきりと伝えてきなさい。彼女があんたの意見に従ってくれるのなら考えます!」

 蓉子がそう言うと、太郎は「分かったよ!じゃあ、葉月のところに今から行ってくるよ!」と吐き捨てて、わざわざ産婦人科にまで押しかけていった。

 しかし彼の考えはあっさりと却下された。

 結局太郎の考えは何一つ採用されず、かえって欲求不満を募らせることになってしまった。


 それから間もなく、村重厩舎には木野牧場からチェンジザワールドが、そして野々森牧場からはレインフォレストとクリスタルコンパスがやってきた。

 苦境に陥っている中、道脇君達は馬を預けてくれたことを心から喜んだ。

 そんな彼らに対し、木野求次や野々森蓉子は「よろしくお願いします。」と言いながら笑顔で応対していた。

(しかし、太郎の不満は解消されていなかった。)


 善郎不在の間、最初は道脇君が何とか調教師の代行をしようと奮闘していた。

 だが調教師の仕事は彼が思っていた以上に過酷なもので、間もなく彼も精神的に負担が重なってきた。

 このままではまずいと思った陣営は厩舎を離れているアキに戻ってきてほしいというオファーを出した。

「私は経験こそ豊富ですが、さすがに調教師としての仕事まではしたことがありません。それに家では介護の仕事もしなければなりませんので…。」

 彼女はそう言って、丁重に断りの返事をした。

 しかし厩舎が大変な状況に陥っていることはよく知っていただけに、心の中ではどうしようか迷っていた。

 そんな時、会社員をしているアキの旦那さんが仕事から帰ってくるとすぐに2人で話し合いの場を設け、重大な発表をすることにした。

「僕、長い間務めていた会社を辞めて介護に専念する。」

「えっ?どうして突然そんなことを言い出すの?介護なら私が何とかしているのに。」

「君には黙っていたけれど、僕は以前から立場的に苦しい状況が続いていて、オフィスではすでに窓際族だったんだ。だからたとえ残留していたとしてももう長くはないだろう。だからさっさと退職金をもらって会社を辞めることにした。」

「かといって、そこまでしなくても…。」

「いいんだ。僕は戦力外になりそうな半面、君は厩舎の人達からどうしても来てほしいと言われているんだろ?」

「それは確かにそうだけれど…。」

「だったらなおさら行ってやってくれ。そして君の弟や厩舎の人達を助けてやってくれ。君しかいないんだ。」

 旦那さんはそう言って1日がかりでアキを説得した。

 その結果、根負けしたアキは申し訳なさそうな表情をしながらも

「分かりました。介護はお任せします。どうか父親をよろしくお願いします。」

 と言って、厩舎に復帰することを了承した。


 こうしてアキが介護の引き継ぎと厩舎への復帰に向けて準備をしている中、2頭がレースに臨んでいった。

 結果は次の通りだった。


・クノイチ 3歳未勝利(牝馬、中山、芝1600m)13頭立て、7着

・ホワイトリリー 3歳未勝利(中山、ダート1200m)15頭立て、14着


 結局どちらの馬も勝利を挙げることはできなかった。

 善郎が不在なことに加え、レースで勝てなかったことで、ネット上ではいつしか「村重厩舎はもうおしまいだ。」というような内容の文章が出回るようになってきた。

 その中には太郎が書いた文章もあり、彼は自分の意見を聞き入れてもらえなかった腹いせに、匿名でインターネット上に

『村重のバカがポックリいくからこの厩舎は無茶苦茶になった。こんな厩舎にいる馬達がかわいそうだぜ。』

(※彼は入院こそしていますが、ポックリいってはいません。)

 というような嫌がらせのコメントを投稿していた。

 厩舎への嫌がらせはネットだけでなく、電話や手紙でも来ていた。

 そのため、アキが厩舎に戻ってきた時、道脇君、鴨宮君、紅君達の精神状態はもはや限界に近づいている状況だった。

(これは相当大変な思いをしてきたようね。弟のことを含めて、私が何とかしていかなければ。)

 彼女はすがるようにして自分を頼りにしてくる道脇君達を見ながら、調教師の代行を務める覚悟を決めた。


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