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クビを宣告されたGⅠ馬

 ここではライスフィールドの一人称で物語が進行します。

 有馬記念から数日が経って年が明け、僕は4歳になった。

 去年は体調不良や脚の不安に悩まされ、さらにはレースでしっかりと実力を出し切れなかったこともあって、まさかの0勝という結果に終わってしまった。

 僕はレースの度に悔しい思いを募らせてきたし、さらには関係者の人間達の悔しい表情を見てきただけに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 さらには僕が厩舎を背負っているような状況だということもあって、もの凄い重圧を背負わされた。

 事実、村重厩舎が開業してから、僕以外の馬達が稼いだ賞金を合計しても、僕1頭の額に届かない状況だったのだから、無理もないだろう。

(※オーバーアゲイン、ユーアーザギター、フロントラインは村重厩舎に転厩して以降の賞金に限定しています。)

 だからといって、そんなプレッシャー下で走るのは僕にとっても嫌なものだった。

 しかもレースで負ける度にまわりから色々言われるものだから、正直、走るのを辞めたいと思うことが何度もあった。

 そんな中、僕にとっての支えはやっぱりフロントライン先輩だった。

 僕と先輩の距離は去年の日本ダービーの頃から急激に縮まってきたようで、僕が治療を終えて秋に厩舎に戻ってからは、すっかり両想いの関係になっていた。

 最初はオーバーアゲイン先輩やライスパディーからいじられたりもしたけれど、しばらくするとそういうのもなくなり、皆が僕達の仲を応援してくれるようになった。

 それにフロントライン先輩は僕の悩みを色々聞いてくれたおかげで、僕はとても救われたような気持ちになり、厩舎での現実もどうにか乗り越えていくことができた。

 だからこそ、しばらく先輩と会えないのは寂しいことだった。

 だけど、一時的にとはいえ厩舎での辛い現実から解放されたのはある意味嬉しいことだったので、とにかく今は頑張ることを忘れてゆっくりとこの温泉施設で過ごそうと思っていた。


 そんなある日、世間では正月の気分も抜け、東西の競馬場で金杯が開催されていた頃、施設には1頭の馬がやってきた。

 その馬は栗毛の馬体に金色のたてがみをしていて、僕より馬体重が100kg以上重そうな馬だった。

 僕は以前からレース等で何度もその馬を見てきたことがあるだけに、あれっという思いが心をよぎった。

『あのさ、君ってもしかしてフシチョウ?』

『僕のこと?そうだけれど、君はライスフィールド?』

『そうだよ。久しぶりだね。というより、こんな所で再会するなんて、偶然だね。』

『確かに。君が有馬記念に出てこないからあれっと思ったら、ケガしていたんだね。』

『まあ、そうなんだけど…。』

 僕達はまだ育成施設にいた時に親友同士だった上に、これまでレースで何度か顔合わせをしたことがあったから、顔や姿はよく知っていた。

 だからこそ、僕達はすぐに親しく話をすることができ、あの時と同じように意気投合することができた。

 とはいえ、フシチョウは明らかに脚をかばっており、何度も痛々しそうな顔をしため、大ケガをしているということはすぐに分かった。

 僕はどうしようと思いながらも、思い切って何があったのか問いかけてみることにした。

 彼の話では、有馬記念後に左前脚の屈腱炎を発症してしまい、休養と治療のためにここへやってきたということだった。

 患部を見せてもらったところ、脚はまさに「エビ腹」というような感じではれ上がっていた。

 当然症状は僕よりも重く、お医者さんの診断では調教再開までに少なくとも1年、レース復帰までにはそこからさらに3カ月以上かかりそうだということだった。

『大変なことになっちゃったね…。』

『うん、まあね…。』

 フシチョウはそう言ったきりうつむいて黙りこんでしまった。

 あせった僕は話題を変えようと思い、自分が出走できなかった有馬記念の結果について聞いてみることにした。

 彼の話ではファントムブレインが不可能と思われる位置からハナ差で差し切り勝ちをおさめ、秋の古馬GⅠを3連勝したということだった。

『そうか…。ファントムブレインってそんなに強い馬だったんだな。』

『ああ。とにかく強すぎるんだ。ちまたではもう誰も倒すことはできないんじゃないかとまで言われているよ。』

『それならもし僕が万全の状態で有馬記念に出ていたら、どうだったのかな…?』

『たらればのようなことは言うなよ。だって、君は出てないんだから。』

『あっ、そ、そうだね。』

 僕達はその後もフシチョウと色々な会話をした。

 そうしているうちに、僕達はライバル同士であることも忘れ、いつしかあの時と同じような親友として過ごしていた。


 2月になると、僕の脚の状態はだいぶ良くなってきた。

 お医者さんの話では、今月下旬には厩舎に戻って調教を再開できるだろうということだった。

 一方、フシチョウの脚の状態はまだまだ思わしくなく、当分の間ここで過ごすことになりそうだった。

 さらに言うと、彼は1月の時には『絶対にまた復帰したい。絶対に復帰して、不死鳥のように復活してやる。』と言っていた彼だったが、今月になってからは『もう頑張らなくてもいいのかなあ…。』と言うようになっていた。

 僕はどうして気持ちが変化してきたのか不思議に思い、彼に理由を聞いてみることにした。

 すると帰ってきた答は『僕はもう戦力外通告になるかもしれないから。』ということだった。

 僕はてっきりもう頑張るのが嫌になったとばかり思っていただけに、その答はあまりにも意外なものだった。

『戦力外通告って?君はGⅠ馬じゃないか!』

『確かに僕はNHKマイルを勝ったけれど、僕のいる厩舎は関西のトップクラスの成績を収めていて、大勢の有力馬がやってくるところなんだ。馬房に空きができれば馬主の人達は次々と馬を預けてほしいと頼んでくるし、代わりの馬なんていくらでも来るから、空きなんてほとんど見たことがないんだ。』

『でもGⅠ馬のいた馬房はさすがに空けて待っていると思うんだけれどな。』

『最初はそうだったみたいだけれど、先月の段階で馬主さん達から「空きがあるのならうちの2歳馬を入れてくれ!」という声が殺到していたみたいなんだ。だから今頃は僕のいた馬房も埋まっていると思う…。』

『それ、こっちでは考えられないことだよ。うちの厩舎では僕が離れている間、ずっと馬房を空けて待っていてくれるし、それに僕の母さんが現役時代、大ケガで約1年間離脱していた時も、厩舎の人達は復帰を信じてずっと馬房を空けて待ってくれたんだ。』

『それがそっちの現実なのか?僕はてっきりそっちでも入れ替わりが激しいとばかり思っていたよ。西と東じゃずいぶん状況が違うんだな。』

『まあ、そうだね。でもさ、考え方を変えれば、君は厩舎を変えれば復帰できるんじゃないかな?もし君がうちの厩舎に移籍してきたら、きっと村重先生をはじめとする厩舎の人達は泣いて喜ぶと思うんだけれど。』

『それは悪くないけれど、仮にそうなっても1年以上先の話になるから、どうなるんだろうなあ…。』

 フシチョウは色々と会話に応じてくれたが、NHKマイルC以降、1勝も挙げていないまま、このような状況になってしまったというだけあって、気持ちが晴れる様子は見られなかった。

 僕はケガこそ彼より軽症だけれど、GⅠ勝利以降1勝も挙げていないという点は共通しているだけに、ある程度は気持ちを理解することができた。


 2月下旬。僕はほぼケガも治り、調教を再開できるめどがついたため、間もなく厩舎に戻っていくことになった。

 一方、フシチョウは馬主サイドの意向により、戦力外通告を受けることになってしまった。

 さらに馬主さんは移籍については考えておらず、種牡馬にすることを決めたため、競走馬を引退することになってしまった。

 もう頑張らなくてもいいのかもしれないという気持ちを抱いていたとはいえ、本当に頑張らなくていい状態になってしまうことは、彼にとってはとても辛いことだった。

『もう一度勝ちたかった…。不死鳥のように復活してみたかった…。こんな形で終わりたくなかった…。』

 彼が涙をボロボロ流して悔しがる姿を見ることはこちらにとっても辛いことだった。

 僕は何かしたいと思いながらも、何を言えばいいのか分からず、ただ彼のそばにいることしかできなかった。


 そんな中、僕が温泉施設を去る日は近づいていき、まともに励ますこともできないまま、その日がやってきた。

 ただ、フシチョウは完全とまではいかないものの、どこか吹っ切れたような一面が見て取れた。

 それを見て、僕は『君の分まで頑張るよ。絶対に復活してみせるからな。』という約束をした。

『ライスフィールド、頑張ってくれよ。応援しているから絶対に復活してくれ。』

 彼は短いながらも、力のこもった言葉でそう言ってきた。

 それを聞いて、僕の心には新たな火が灯ったような気がした。

(そうだ。僕は1頭だけで走っているわけじゃない。みんなの気持ちを背負って走っているわけなんだ。その気持ちを無駄にしないためにも、頑張ろう。またまわりから色々言われるかもしれないけれど、乗り越えていこう。そして絶対に復活してやる。)

 僕は気合を入れながらフシチョウと別れ、お世話になった施設を後にしていった。

 それと同時に、GⅠ馬でありながら戦力外通告を受けてしまったフシチョウが、どうか種牡馬として幸せな人生を過ごしてくれることを願っていた。


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