夏から秋へ
日本ダービーを終えたライスフィールドは、トレセンに到着すると即座に検査を受けた。
結果は脚の軽い骨折で、調教開始までは2ヶ月半程度かかるということだった。
善郎からその結果を聞いた蓉子は、早速温泉施設に預けることを決め、手続きを進めた。
その結果、ライスフィールドは母親に会うことはできなくなってしまった。
日本ダービーから1週間後、栗東の稚内厩舎に所属していたライスフィールドの弟パーシモンは、いよいよ競走馬としてのデビューの時を迎えた。
稚内初調教師の意向により、デビュー戦は去年兄が勝ったのと同じ新馬戦(ダート1300m)で、鞍上もその時と同じく鴨宮君だった。
GⅠ馬の弟と言うことも手伝って、12頭立ての2番人気にまで推されたが、結果は9着だった。
「色々ゲン担ぎはしてみたのだが、ライスフィールドの再現まではいかなかったようだな。」
「ですね。稚内先生、すみませんでした。でも兄より回復力はある馬ですし、現に疲れも特にないようです。だからレースにガンガン出すことできっと成長していけると思います。」
「そうか。だったら、これから積極的に出走させていくとしよう。そうしていくうちに兄と同じ朝日杯の舞台に立たせられるかもしれんしな。」
「そうなるといいですね。」
稚内調教師は鴨宮君と色々意見を交わした後、次のレースの打ち合わせのために別の騎手のところへと向かっていった。
その後、夏競馬がスタートし、フロントラインは1000万条件から500万条件に降級になった。
さらにはホワイトリリーやクノイチなどの2歳馬もデビューに向けて着々と準備をしていった。
そしてクノイチは7月頭の福島競馬場にて、競走馬としてデビューすることが決まった。
馬運車にはフロントラインが帯同しており、精神面でサポートした。
レースではクノイチが14頭立ての10着に敗れてしまったが、フロントラインは織姫賞(牝馬、芝2000m)を快勝し、すぐに1000万条件に再昇級を果たした。
鞍上の鴨宮君にとって、この勝利は特別なものだった。
「やりましたね。これで通算31勝目ですよ、シン。」
「ああ、トッキー。これでGⅠ騎乗が可能になった。やっと扉を開くことができたぞ!」
彼は一緒にいた紅君と一緒に喜びを分かち合った。
その後、厩舎からは次々と馬達がレースに出走した。
結果は次の通りだった。
ユーアーザギター 長万部特別(函館、芝1200m)12頭立て、12着
オーバーアゲイン 小倉サマージャンプ(J・GⅢ、小倉、芝3390m)8頭立て、5着
ホワイトリリー 新馬(新潟、芝1000m)10頭立て、9着
ライスパディー 3歳以上500万下(新潟、芝1800m)16頭立て、7着
結局5着以内の賞金を稼げたのはオーバーアゲインだけで、目立った成績を残すことはできなかった。
競馬ファンにとってはライスフィールドの活躍がまぶしかっただけに、村重厩舎=一発屋のようなイメージが定着しつつあった。
当然、それは陣営にとって良い響きではなかった。
(このままではせっかく預けてもらえた馬達、特に2歳馬を他の厩舎に引き抜かれてしまうかもしれない。それだけは何としても阻止しなければ。)
善郎達はそういう危機感を抱いており、何とか他にも活躍馬を輩出したいと試行錯誤を重ねていた。
一方、新馬戦で惨敗をしてしまったパーシモンは、2戦目で小倉競馬場での未勝利戦(芝1000m)に出走した。
前走で乗っていた鴨宮君は新潟に行っていたため、網走譲騎手が乗ることになった。
そして道中は中段待機からゴール前で先頭の馬に並びかけ、写真判定の末にハナ差で初勝利を挙げた。
「スタートでちょっとダッシュがつかなかったこともあって、思ったよりも後方につけることになってしまいました。小倉は直線が短いため、届くかどうかギリギリの状況でしたが、差し切ることができて良かったです。」
彼は安どの表情を浮かべながらインタビューでそう語った。
その後、パーシモンはレースの疲れもなく、すぐに元気になったため、そのまま小倉に残り、中1週で小倉2歳S(GⅢ、芝1200m)に出走した。
鞍上はそのまま網走騎手がつとめたが、15頭立ての6着に敗れてしまい、賞金の上積みをすることはできなかった。
レース後は関西トレセン近くにある施設で放牧に出されていった。
パーシモンを見送った稚内調教師は網走騎手と相談をし、11月までに500万下で勝利を挙げて、兄が去年制覇した朝日杯FSへの出走を目指すことにした。
一方、6月上旬から温泉でじっくりと治療をしていたライスフィールドは当初の予想より多少回復が遅れたものの、8月下旬に厩舎に戻ることができた。
そして道脇君と鴨宮君の調教や、アキと坂江騎手の的確なアドバイスの効果もあって、善郎達はどうにか9月下旬のセントライト記念(GⅡ、中山、芝2200m)に間に合わせることができた。
出走時の馬体重は426kgで、日本ダービーから+16kgという数字になった。
パドックを回るライスフィールドの姿を見た解説者のコメントは次の通りだった。
「まだ体も絞れていませんね。ダービーの時の馬体減を考慮しても、プラス16kgは増え過ぎです。それにあまり元気もないですね。どうやら一度使ってからということなのでしょう。」
なお、このレースには日本ダービーを制したトランクミラクルに加え、春のGⅠ戦線で好走したグレイトエスケープ、皐月賞2着馬ソングオブリベラ、同4着馬シドニーメルボルン、夏競馬でオープン入りを果たしたばかりの上がり馬インノケンティウスも出走していた。
解説者はこの中でトランクミラクルの仕上がりを評価しており、オッズ単勝2.7倍の1番人気に躍り出た。
一方、ライスフィールドの人気は前日までは僅差ながら1番人気だったものの、段々評価を落としてしまい、最終的に単勝3.2倍の2番人気になった。
鞍上の坂江騎手は、このレースがGⅠに向けた調整の場だということを理解しながらも、レースでは全力で采配を振るった。
スタート後は中段よりやや後方の位置取りを選んだライスフィールドは、4コーナーで外に持ち出し、最後の直線で一気にスパートに打って出た。
しかし仕上がり途上の状態だったことが響いていまいち伸びず、結局5着に敗れてしまった。
なお、このレースはシドニーメルボルン、インノケンティウス、グレイトエスケープの3頭が1着同着という、非常に珍しいことが起きた。
そのため、払戻の発表や表彰式がかなり面倒くさい形になった。
(トランクミラクルは4着、ソングオブリベラは6着だった。)
この様子はスポーツニュースや新聞でも繰り返し取り上げられ、陣営にとってはある意味いい宣伝になっていた。
道脇君と鴨宮君はその後、菊花賞に向けてライスフィールドを調整したが、仕上がりはいまいち遅かった。
善郎はそれを踏まえて菊花賞に登録するか否かを考えた。
(何とかベスト体重(416~420kg)に持ってくることはできたが、ライスフィールドは馬体重が減りやすい馬だから、菊花賞に向かうと輸送での減少が気がかりだな。それに距離は3000mだ。仮に体重が減った状態で出走したら一層不利になってしまう。一方で天皇賞なら2000mだし、関東のレースだ。どちらに出せば馬のためにプラスになるのか…。)
彼は考えに考え抜いた結果、菊花賞を回避し、天皇賞(秋)(GⅠ、東京、芝2000m)に向かうことをマスコミに打ち明けた。
善郎はそのことを早速坂江騎手にも打ち明けた。
しかし彼のお手馬には今年の天皇賞(春)でGⅠ初制覇を果たした5歳馬のファントムブレインがおり、その馬も天皇賞(秋)出走を予定していたため、二者択一を迫られることになった。
坂江騎手は1日かけてじっくり考えた後、善郎のところにやってきた。
「村重さん。結論から言いますと、僕は天皇賞でファントムブレインに騎乗することにしました。本当に体が2つあればと思えるような、大変な選択でしたが、はっきりと決めました。本当に申し訳ないです。」
彼は10歳以上年下の善郎に向けて、礼儀正しく言いながら頭を下げた。
「いえ、謝ることではないです。去年の京王杯2歳S以来、ライスフィールドに乗っていただけたことには本当に感謝しています。」
善郎は心の中では悔しい気持ちを抱えながらも、懸命に笑顔を作って対応をした。
すでに菊花賞は回避が決定しているため、天皇賞に出すしか選択肢はなく、彼は代わりの騎手を探すことにした。
すると、それを聞きつけた鴨宮君が血相を変えてやってきた。
「ヨシさん、僕を天皇賞でライスフィールドに乗せてください!」
「シンがそう言いたくなる気持ちは分かるけれどなあ…。」
善郎はまだ通算32勝の鴨宮君では荷が重すぎると思い、腕組みをしながら難色を示していた。
「お願いします!これまで坂江さんが乗っていた間もライスフィールドのことを色々勉強してきましたし、この馬のことは誰よりも知っています。だからきっとレースで能力を出し切って見せます。必ずベストを尽くして、勝利を挙げてみせます!」
「……。」
善郎は黙ったままひたすら考え事をしていた。
(負けたらシンだけでなく、彼を乗せた僕の采配にも批判が集まるだろう。仮に人気薄の挑戦者という立場ならシンに大舞台の経験を積ませるという理由で済ませられるが、すでに実績のあるライスフィールドではそうはいかない。どうすれば…。)
その気持ちを察した鴨宮君は
「批判なら僕が受けて立ちます。でも、それ以前にレースに勝ってみせます!お願いします!」
と、必死の形相で頼み込んだ。
「…分かった。頼む。」
「ヨシさん、本当ですか?」
「ああ。責任は僕がとる。君は勝ち負けのことは考えずに、レースで全力を出すことに専念してくれ。頼んだぞ。」
「ありがとうございます!必ずファントムブレインと坂江騎手に土を付けてみせます!」
「よし、任せたぞ。頑張ってくれ!」
善郎は鴨宮君の肩を叩いて力強く言い切った。
こうしてライスフィールドは、再び鴨宮君を背に乗せて、天皇賞での復活を目指すことになった。
この選択が吉と出るのかどうか、それは神のみぞ知る…。
3歳9月の時点におけるライスフィールドの成績
8戦4勝
本賞金:7200万円
総賞金:1憶5120万円




