表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/85

大舞台の決着

 日本ダービーは4コーナーに差しかかり、いよいよスタンドからの歓声も大きくなってきた。

 道中後方にいたグレイトエスケープとソングオブリベラもスルスルと上がっていき、先頭との差が縮まってきた。

 それに続いてトランクミラクルやトゥーオブアスもペースを上げていき、ライスフィールドやトランクゼウスに並びかけようとしていた。

 一方、シドニーメルボルンはまだ動く気配がなかった。どうやら最後の直線勝負にかけているのだろう。

「さあ、いよいよ直線だ。頼んだぞ、坂江さん。」

「お願いします。どうかフィールドを勝たせてください。」

 善郎と蓉子は祈るような気持ちで声をかけた。

『先頭はまだフシチョウ。しかしリードが段々無くなってきた。』

『ライスフィールドとトランクゼウスが並んで2番手に上がってきた。』

『グレイトエスケープは大外に持ち出した。トランクミラクルも大外だ。』

『さあ、いよいよ直線だ。スタンドからは大歓声!』

 アナウンサーの声と共に、ターフビジョンや着順掲示板では6、10、3の数字の点滅が消え、レースは直線を残すのみとなった。

 トゥーオブアスはグレイトエスケープ、ソングオブリベラ、トランクミラクルにつられるようにして馬場のいい大外に持ち出し、追い込みに打って出た。

 一方、ライスフィールドとトランクゼウスは並んだまま前方のフシチョウとの距離を縮めていった。

「さあ、交わせ!ゼウスに負けるな!行けえーっ!」

「だからおれのシャツを引っ張るなっつーの!」

 すっかり我を忘れて興奮している葉月のせいで、太郎は迷惑を受けながら観戦していた。

 そんな中、トランクゼウスは残り400mでライスフィールドを交わし、単独2番手に上がった。

 そして残り300mのところでフシチョウをも交わし、ついに先頭に立った。

 続いてライスフィールドもフシチョウを交わし、レースは一騎打ちの状況になってきた。

 トランクゼウス鞍上の逗子一弥騎手はどうしても負けられない思いを胸に秘めて、ムチを振るっていた。

(この馬は絶対に自分の手で2着に沈めてやる!京王杯と朝日杯で前にいた馬はただ1頭。その馬のせいでゼウスは最強にはなれなかった。その後、皐月賞を勝っても周囲からはまだ挑戦者という立場で見られた。もうこんな立場はたくさんだ!このレースでトランクゼウスを最強の馬にするぞ!)

 彼はこの時点で他の馬には目もくれず、敵をライスフィールド1頭に絞っていた。

 一方の坂江騎手も負けられない気持ちだった。

(ライスフィールドは関東の星と呼ばれた馬。関東の期待を一身に背負っていると言っていいだろう。その期待にこたえるためにも、必ずゴールまでには先頭に立つ。絶対に関東に栄冠を持ち帰るぞ。)

 彼は半馬身程右斜め前を走っているトランクゼウスをチラッと見ながらライスフィールドをスパートさせていた。

『先頭はトランクゼウス!2冠に向けて走る!ライスフィールド食い下がる!』

『残り200m!外からトランクミラクル!後ろから一気にグレイトエスケープが来た!届くかどうか!?』

『トゥーオブアスはちょっと苦しいか?フシチョウはすでに馬群にのまれた!』

『ソングオブリベラ、シドニーメルボルンも頑張っている!』

『トランクゼウス先頭!2冠達成か!?それともライスフィールドが再び関東の星になるか!?』

『大外からはトランクミラクルとグレイトエスケープ!すごい脚だ!届くかどうか!?』

『残り100m!ここでライスフィールドが後退し始めた!トランクゼウスが完全に先頭だ!』

 その瞬間、善郎達厩舎の陣営や蓉子達牧場の陣営達は緊張の糸が切れたかのような、落胆の表情を浮かべた。

(ライスがのまれていく…。悔しいけれどここまでね…。)

 誰よりも冷静な表情だったアキでさえも、この状況にはショックを受け、がっくりと肩を落とした。

『トランクゼウス先頭!大外からトランクミラクル!だが内でトランクゼウス粘る!』

『2頭並ぶか!?並んだか!?並ぶようにゴールイーーーン!』

『トランクゼウスとトランクミラクル!勝者はどっちだーーー!?』

 アナウンサーはもはや我を忘れたのか、声が潰れるくらいの絶叫を上げていた。


「ヨシさん、残念でしたね…。」

 坂江騎手がライスフィールドをクールダウンさせている光景を見ながら、道脇君は力ない声で語りかけた。

「……。」

 善郎は何も言えないまま、ただ力いっぱい握りしめた両手をわなわなと震わせるばかりだった。

「距離が長かったのか、NHKから中2週では短すぎたのか。それとも410kgという馬体重(前走からマイナス8kg)が効いたのか…。いずれにしても最後で相当失速しましたね。」

 みんながガックリと肩を落としている中、アキだけはどうにかある程度冷静さを保っており、独り言で敗因を探っていた。

 レースは1着、2着が写真判定となり、会場にいる大勢の競馬ファンの人達はかたずを飲んで状況を見守っていた。

 そのおかげか、ライスフィールドの陣営はヤジられずに済んだが、善郎達のショックは癒えずにいた。

 そんな中、坂江騎手は唯一冷静に話ができそうなアキに対して、小声で失速の理由について話した。

「ライスフィールド、ゴール前150mを切った辺りから走りがおかしくなってきました。多分、後で検査が必要になると思います。」

「坂江さん、それは本当ですか?」

「はい。ですからゴール前は断腸の思いでクールダウンを開始していました。」

「ちょ、ちょっと待ってください。こんな大舞台でそんなことを!?」

「その気持ちは分かります。でももしゴールまで全力疾走を続けていたら本当に故障が発生していたでしょうし、最悪の場合、今日が命日になってしまったかもしれません。この馬のこれからのためにも、このレースは勝負をあきらめることにしました。」

「……。」

 坂江騎手の衝撃的な発言に、さすがのアキもショックで黙り込んでしまった。

「とにかく、このことは誰にも言わないでください。お願いします。」

 彼はそう言い残すと、ライスフィールドのことを陣営に任せて、自らは検量に向かっていった。


 それから間もなく、写真判定の結果が出て、1着には2の数字が、2着には3の数字が点滅した。

 トランクゼウスに乗っていた逗子騎手はそれを見て、ショックのあまり「先生、すみませんでした…。」と言いながらその場にへたり込んでしまった。

 一方、少し離れた場所では、大喜びしている人達の声がこだましていた。

 日本ダービーはトランクミラクルが12番人気の低評価を覆して優勝し、重賞初制覇をGⅠで飾ることができた。

 ハナ差の2着にはトランクゼウスが入り、最後方から追い込んできたグレイトエスケープが4分の3馬身差の3着になった。

 トゥーオブアスは5着、ソングオブリベラは7着、ライスフィールドは最後の失速が響いて8着まで順位を下げてしまった。

 逃げた末に直線でつかまったフシチョウは13着、途中まで追い上げていたシドニーメルボルンはその後大きく失速して14着に終わった。

 ライスフィールドは惨敗したものの、関東馬が今年初めてGⅠを制覇したことで、関東の関係者の人達はほっとした表情で表彰式を見つめていた。

 しかし蓉子、葉月、太郎達、野々森牧場の陣営は負けたショックとヤジられる不安から表立ってその様子を見ることができず、足早に競馬場を後にしていった。

 一方、善郎とアキは悔しい気持ちを抱えながらも気持ちを切り替え、フロントラインに騎乗する鴨宮君と作戦について打ち合わせをしていた。

(その頃、道脇君と紅君はパドックでフロントラインと一緒に歩いていたため、ここには不在だった。)


 興奮と落胆、そして感動が入り混じった日本ダービーから数十分後、フロントラインはまだ競馬場に残っている大勢の観客が見つめる中で富嶽賞に出走した。

 結果は6着だった。


 その後、東京競馬場では最終レースである目黒記念が行われ、弥富伊予子騎手が騎乗するクリスタルロードが54kgのハンデを生かして見事に差し切り勝ちを収め、重賞初制覇を飾った。

 弥富さんが満面の笑みでインタビューに答え、記念撮影に向かっていく中、ライスフィールドとフロントラインは再び同じ馬運車に乗って、東京競馬場を後にした。

『フィールド君、大丈夫?競馬場に向かう時よりも顔色が悪いけれど。』

『全然大丈夫じゃない。最後の直線の途中で脚を痛めた。正直、あと100m全力で走っていたら、どうなっていたか。本当に死ぬかと思った。何とか助かったけれど、とにかく脚が痛い。』

『そうなの。本当に大変だったわね。』

『本っっ当に大変だった。レース前にはもの凄い数の人達が至近距離で音をたてたり歓声をあげるし、スタート後ももの凄い雰囲気だった。』

『それは私も感じたわよ。確かに見たこともない程のたくさんの人達がいて、異様なまでの光景だった。フィールド君はこんな(実際にはもっと凄い)状況の中でレースをしていたのって思った。』

『そう。正直、GⅠに出るたびにこんな雰囲気を味わうのかって思うと、もう走りたくない。早く引退したいとさえ思えてくる。』

『まあ、引退までは無理でしょうけれど、ゆっくり休んで脚を治すことはできるでしょう。それに悩みとかあったら私が相談に乗るから、1頭で悩まないでね。』

 フロントラインは今後の不安に加えて、脚の痛みまで訴えるライスフィールドを懸命に元気づけていた。

 そんな中、彼女の心の中には彼に対する特別な感情が芽生えていた。


3歳6月の時点におけるライスフィールドの成績

7戦4勝

本賞金:7200万円

総賞金:1憶4600万円


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ