関東の星
朝日杯FSは、坂の途中でトランクゼウスが先頭に立ち、そこからライスフィールドが並びかけて一騎打ちとなった。
そして馬達がゴールラインを通過し、ついに決着がついた。
その直後、善郎、道脇君、そして太郎の3人は円陣を組むようにして、「やったやった~~ぁっ!!」と叫び、飛び跳ねながら喜びを爆発させていた。
一方、蓉子と葉月の女性2人は涙をボロボロ流し、両手で顔を覆っていた。
彼らの背後ではターフビジョンにレースのゴールシーンが流された。
ライスフィールドはトランクゼウスよりも一瞬早く画面に登場し、決勝線に鼻の先がかかった時にはアタマ~クビ差くらいの差を付けていた。
それを見て、馬券を当てた人達は大声を上げて喜び、外してしまった人達は絶望のような落胆の声を上げて悔しがった。
(よし。トランクゼウスに粘り切られるかと思ったが、ライスフィールドの瞬発力が上回ってくれた。この馬はまさしく本物だ。関東の星と言ってもいいだろう。)
坂江騎手はガッツポーズをすることもなく、まるで何事もなかったかのようにライスフィールドをクールダウンさせていた。
(まさか、差し切ったはずの馬に差し返されるなんて…。こんなの初めてだ。先行したにも関わらず最後にあんな脚を使えるなんて、どういう瞬発力をしているんだ、ライスフィールドは…。)
雪辱に燃えていたトランクゼウス鞍上の逗子騎手は、逆に返り討ちにあってしまい、腕をわなわなとふるわせながら悔しがっていた。
レースは審議になることもなく確定し、1番人気のライスフィールドが1着、3番人気のトランクゼウスがクビ差の2着、3着には4番人気のトゥーオブアスが1馬身半さで粘り切り、2番人気だったフシチョウは5着になった。
(弥富騎手の乗っていたシリコンヒルは最後の直線で大きく失速し、11着に終わった。さらに、トランクミラクルは16着。)
それに続いて勝利ジョッキーインタビューが始まった。
「放送席、放送席!勝ちました坂江陽八騎手にお越しいただきました!まずは朝日杯の優勝、おめでとうございますっ!!」
アナウンサーはすっかり興奮しながら話しかけた。
「ありがとうございます。」
一方の坂江騎手は表情一つ変えることなく、冷静な顔をしながら、ライスフィールドの実力を出し切るために、どのようなことを心がけたのかを色々と話した。
「それにしても、関東勢は今年初めて平地GⅠを勝ったことになりますが、それについてはどう考えていますか?」
「それは特に考えていません。考えてもプレッシャーになるだけですから。」
「でも関係者の人達はとにかく関東に平地GⅠのタイトルをという意気込みだったそうで、わらにもすがるような気持ちだったと思いますが、相当な期待をかけられていたのではないでしょうか?」
「確かにそういうことも言われました。でも周りから何を言われようと、どんな期待をかけられようと、僕は僕なりの努力をして結果を出す。そして結果を出せばこの馬は関東の星になれる。そういう方向に考えていました。」
「関東の星ですか。まさしくライスフィールドはそういう称号にふさわしいですね。」
「はい。でもこれから3歳クラシックも待ち受けていますし、その時にディフェンディングチャンピオンとして恥ずかしくない走りをしたいと思います。」
「ありがとうございます。以上、坂江騎手のインタビューでした。それでは放送席にお返しします。坂江騎手、ありがとうございました!」
アナウンサーは興奮気味な口調で会話を締めくくった。
一方の坂江騎手はあくまでも冷静な口調で「ありがとうございます。」と言うと、ライスフィールドの陣営のもとに向かっていった。
表彰式では、蓉子と葉月は人目もはばからずに涙を流しながら、感無量の気持ちだった。
その様子を、太郎は喜びながらも、彼女達に何て声をかけたらいいのか分からず、ちょっととまどいながら見つめていた。
「先生、開業1年目でGⅠを勝てるなんて、本当に夢のようですね。」
「そうだな。こんな偉業を達成できるなんて、本当に夢でも見ているようだ。」
「これでこれから取材とかで忙しくなりそうですね。何しろGⅢ、GⅡ、GⅠを全て初挑戦で制覇ですから。新聞にも色々書かれそうですね。」
「まあ、そうだろうけれど、今は考えないことにしておこう。とにかくライスフィールドを勝たせることができたし、みんなの期待にこたえることができた。やっと肩の荷が降りたよ。」
道脇君と善郎は内心では大喜びしながらも、恐ろしいまでのプレッシャーから解放されたことにほっとしていた。
阪神競馬場での用事が全て終わると、野々森牧場の3人はライスフィールドの馬体をチェックした。
「この馬、どこもけがをしている様子はないし、大丈夫そうね。」
「そうね。とにかく緊張した…。やっと今日がいい思い出になりそうだわ。」
「さあ、これで休養だ。ゆっくり休んで、クラシックを目指してほしいな。」
蓉子、葉月、太郎はライスフィールドをねぎらいながら、馬運車に乗せた。
そして競馬場から見えなくなるまで、その車をじっと見つめていた。
翌日。蓉子、葉月、太郎の3人はありったけの種類の新聞を買い、競馬に関する記事に目を通した。
そこには『関東馬が意地を見せた!』、『関東の星!ライスフィールド!』といったような見出しで、ライスフィールドと坂江騎手の写真が大きく映っていた。
「こういうのって、何度見てもうれしいわね。額縁に入れて、飾っておこうかしら。」
「賛成!一生の宝物になると思うし、この感動を忘れたくないから。」
蓉子と葉月は会話をすると早速額縁を購入し、新聞の記事を切り取ってはめ込むことにした。
そしてお使いや壁に飾る作業は太郎にお願いすることにした。
「ええっ?僕にやらせるのかよ?」
彼は不満げな表情を浮かべながらも、お店に足を運んで買い物をし、壁に釘を打ち込み、そこにヒモを通して、額縁をすべて壁に飾った。
作業自体は面倒だったが、それでもライスフィールドの快挙をたたえる記事がズラッと並んでいるのを見ているうちに、やがて喜びが込み上げてきた。
「これから、こんな額縁を部屋いっぱいに飾ってみたいなあ。そして、事務所にたくさんのトロフィーを置きたいなあ…。」
彼は一人でそう言いながら、ライスフィールドが大レースをたくさん勝ち、部屋が栄光の証で埋め尽くされた様子を心の中に思い浮かべていた。
さらには、この馬が殿堂馬となって顕彰され、種牡馬となり、春先になればお金がガッポガッポに入るようになった牧場の姿も想像していた。
なお、この週に行われた障害GⅠである中山大障害は、ヴィクトリーワンが勝って中山グランドジャンプとの連覇を達成した。
翌日に行われた有馬記念は、15番人気の3歳牝馬スターマイン(英語表記:Star Mine)が制し、大波乱を巻き起こした。
さらにこれらの2頭は関東馬のため、ライスフィールド、ヴィクトリーワン、スターマインの関東勢がGⅠ3連勝でフィニッシュを飾ることができた。
2歳12月の時点におけるライスフィールドの成績
5戦4勝
本賞金:7200万円
総賞金:1憶4600万円




