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デビュー戦

 フロントラインが未勝利戦を勝ち、村重厩舎の初勝利を挙げた頃、パドックでは1番の番号をつけたライスフィールドが道脇長伸君と一緒に歩いていた。

 この新馬戦(ダート1300m)では10頭が出走しており、1番人気は関西から遠征してきた8枠9番のトゥーオブアス(英語表記:Two of us)で、単勝は2.0倍だった。

 2番人気は7枠7番に入った関東馬のソングオブリベラ(英語表記:Song of Libera)4.6倍、ライスフィールドは5.4倍で、3番人気だった。

 お客さん達は10頭の馬達やオッズ、馬体などを見ながら、どのように賭けようかを考えていた。

 そんな中、道脇君はライスフィールドと歩きながら柵ごしにお客さんのしゃべる声を聞いていた。

「1番の馬、馬体重404kgかあ。小さい馬だな。」

「調教は悪くないと聞いているけれど、あんなに小柄では…。」

 そのような声を聞く度に、彼の心には燃える気持ちがわいてきていた。


 しばらくすると、4レースでの騎乗を終えた後、勝負服を着替えてきた鴨宮騎手がやってきた。

「ミチさん、よろしくお願いします。」

「こちらこそ。作戦通り頼んだよ、シン。」

「はいっ。」

 2人が短い会話を交わすと、鴨宮君はライスフィールドにまたがった。

(シゲさんはこの馬は俊足なだけでなく、血統的にスタミナもあるはずだと言っていた。直線は長いけれど、積極的に前に行って、粘り切ろう。)

 彼は善郎との作戦を思い出しながらパドックを後にし、コースへと向かっていった。


「久しぶりの競馬場だあ。なつかしいーー。」

「僕は関係者として来るのは初めてだから、何だか緊張するなあ。」

 東京競馬場にやってきた葉月と太郎はレースの発走を今か今かと待ち続けていた。

「とにかくこのレースを勝ってほしいわね。村重先生は勝つ気満々だって言っていたし。」

 蓉子は2人から少し離れたところでライスフィールドを見つめていた。

 3人が関係者エリアで会話をしていると、そこに善郎がやってきた。

「先生、鴨宮騎手はどのような作戦でいくんでしょうか?」

「先行策?それとも最後の直線長いから追い込み?」

「1枠1番で後方待機では包まれる危険があるから先行策ですよね?」

 蓉子、葉月、太郎の3人は次々と質問を浴びせた。

 善郎は先程鴨宮君に伝えた作戦を包み隠さずに話した。

「なるほど、先行策でいくことにしましたか。」

「はい、蓉子さん。僕としてはスピードだけでなくスタミナも重視して、このような作戦に出ることにしました。後はシンの腕だけです。」

 善郎は堂々とそう言い切った。


 やがて発走ファンファーレが場内にこだまし、10頭の馬達と10人の騎手は向こう正面に設置されたゲートに入っていった。

(さあ、いよいよデビューだ。新馬戦は何が起きるか分からないが、せめて出遅れだけはしないでくれよ、シン。)

 さっきまで堂々としていた善郎はドキドキが止まらない状態になっていた。

 ゲートが開くと、ライスフィールドはまずまずのスタートを切り、そのまま前に出ていった。

 一方、人気のソングオブリベラが出遅れてしまったため、場内からはどよめきが起こった。

 1番人気のトゥーオブアスは好スタートを切ったものの、作戦のせいかその後は徐々に下がっていき、中段で落ち着いた。

(よし。まずは作戦通りうまくいった。そのまま前をキープしてくれ。)

 ひとまずスタートのドキドキから解放された善郎は、表情を少し崩すことができた。

 ライスフィールドは2番手のまま向こう正面を走っていき、3コーナーで先頭の馬との差を詰め始めた。

 そして4コーナー入り口で外から先頭に並びかけてきた。

「ねえ、ちょっと早過ぎない?ここで先頭に並ぶなんて。」

「ライスフィールド、かかっているのかなあ?」

「それとも、鴨宮騎手が馬を制御できてないのかしら?」

 葉月、太郎、蓉子は予想だにしていない展開に、驚きを隠せなかった。

 一方、善郎は表情一つ変えず、黙ってレースを見守った。

 ライスフィールドは前の馬を交わして先頭に立つと、そのまま少しずつ差を広げていった。

 道中は中段に待機していたトゥーオブアスは3、4コーナーの中間地点ですでに仕掛けており、外に持ち出していた。

 一方、出遅れて道中シンガリを走っていたソングオブリベラはまだ9番手で、鞍上の騎手は追い込みに全てをかける作戦に打って出た。

 最後の直線。鴨宮君はまだムチを入れておらず、手綱を大きく動かしてスパートをかけた。

 先頭はライスフィールド。後続の馬達もすでにスパートをしていたが、差はなかなか縮まらなかった。

 いや、むしろライスフィールドが坂でさらに少しずつ差を広げていった。

「よし、そのまま行けえっ!抜かれるんじゃないぞ!」

「頑張って!ライスフィールド!」

「あと200mよ!最後まで粘りきって!」

 太郎、蓉子、葉月は大声で叫び、声援を送った。

 一方、外に持ち出したトゥーオブアスはなかなか伸びず、内につけていたソングオブリベラは前の馬が壁になったことが影響してか、あまり伸びる気配がなかった。

「うわーーーっ!このままではだめだ。」

「馬券全はずしだ!何やってんだよ!」

 この2頭を軸にしていたファンの人達はレースが続いているにもかかわらず、あきらめの声をあげていた。

 先頭はライスフィールド。残り100mを切っても鴨宮君は手綱をしごいただけで、ムチを入れていなかった。

 外からは別の馬が後方から追い上げ、2番手に上がった。

 しかし、その馬でさえも先頭からは3馬身の差があり、もはや大勢は決している状況だった。

 結局鴨宮君は一発もムチを入れないままゴール板を通過していった。

『ライスフィールド!堂々とデビュー戦を勝ちました!』

 レースを実況していたアナウンサーはそう言って、勝った馬をたたえた。

「勝った勝った!デビュー戦で勝ったわ!やったやった!」

 蓉子は両手を上に突き上げ、ジャンプしながら喜びを爆発させた。

 葉月と太郎もお互いハイタッチをし、次にハグをしながら、やはり喜びを爆発された。

「シン、やったな。人気の2頭が共倒れになったとはいえ、こんな勝ち方をするとは。まさに圧勝だな。」

 善郎は厩舎初勝利を挙げたフロントラインの未勝利戦と同様に、安堵の表情を見せた。


 レースはライスフィールドが2着に2馬身2分の1差をつけてデビュー戦勝利を挙げた。

 一方、1番人気のトゥーオブアスは直線で思うように伸びずに5着、2番人気のソングオブリベラに至っては最後にすっかり走る気をなくしてしまい、シンガリの10着に終わった。

 2着の馬は6番人気、3着は4番人気だったため、レースは中波乱の結果になり、3連単はかなりの額になった。

 レース確定後の記念撮影では、善郎、道脇君、鴨宮君、そして蓉子、葉月、太郎が全員満面の笑みを浮かべていた。

「先生、次はどうしますか?函館2歳S(GⅢ)に行きますか?」

 撮影が終わった後、蓉子は善郎にそう問いかけた。

「そのつもりです。詳しいことはこれから考えますが、ぜひともそのレースに出してみたいです。そして出すからには勝ちに行きます。」

 彼は堂々と言い切った。


 野々森牧場の従業員3人は、ライスフィールドを馬運車に乗せた後、善郎、道脇君と函館2歳Sへ向けてのプランについて話し合った。

 そして馬運車が競馬場を後にしていくのを見届けた後、解散してそれぞれ東京競馬場を後にしていった。


2歳6月の時点におけるライスフィールドの成績

1戦1勝

本賞金:400万円

総賞金:700万円


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