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初勝利へ

 いよいよライスフィールドが競走馬としてデビューする日がやってきた。

 この日は早朝にライスフィールドとフロントラインが一緒の馬運車に乗って美浦を出発した。

 馬運車の中で、ライスフィールドはずっと緊張し続けていた。

『フィールド君、大丈夫?』

『正直、大丈夫じゃない気がする。夕べなかなか寝付けなかったし、胃が痛い。』

『でしょうね。その気持ちは私にも分かるわ。デビュー戦の時はすごく緊張したもの。でも私の時は一頭だけで行ったから、誰にも気持ちを相談できずに一頭だけで寂しがっていたわ。』

『えっ?先輩の時は連れがいなかったんですか?』

『そう。その後、私が実力を発揮できなかったのはそこにも原因があるんじゃないかという意見が出たの。だから村重さん達の意向で、フィールド君は私と一緒に競馬場に行くことになったというわけよ。』

『へえ、そうなんだ。人間達も色々考えてくれているんだな。』

 ライスフィールドはそう言いながら、善郎達の心意気に感謝していた。

 その後、彼は幼い頃、牧場でライスパディーと連日かけっこをしながら過ごした日々を話した。

 さらに育成施設ではフシチョウと過ごし、周りから「チビマッチョ、デカマッチョ」と言われていたエピソードも話した。

 その話がおもしろかったのか、フロントラインは思わずクスッと笑った。

(あっ、先輩笑ってくれた。以前泣かせてしまった時はどうなるかと思ったけれど、良かった、笑ってくれて。)

 ライスフィールドは緊張こそしていたものの、その後も先輩との会話を楽しんでいた。

 ただ、彼女の母親のことは最後まで話すことができず、それが心残りではあった。


 2頭は第1レース開始前に東京競馬場に到着した。

 先にレースに出るのはフロントラインで、4レースの3歳未勝利戦(芝1600m)だった。

 そしてその直後の5レースにライスフィールドが2歳新馬戦(ダート1300m)でデビューすることになっていた。

 フロントラインはそろそろ勝たないと、現役続行をかけた熾烈な残留争いに巻き込まれていく可能性が出てくるだけに、陣営も本気で勝ちに来ていた。

 レースは13頭立てとなり、5枠7番のフロントラインは、5番人気と6番人気をウロウロしている情況だった。だった。

 鞍上は見習いの鴨宮君だった。

「ヨシさん、どのような作戦でいきますか?」

「そうだなあ…。フロントラインは悪い足場を嫌うので、なるべく馬場のいいところを走ってほしい。」

「距離のロスは大丈夫でしょうか?これまではよく内を走るように指示が出ていましたが。」

「確かにそうだったが、考えを変えることにした。これまで直線でなかなか伸びなかったのは馬場が原因だったんじゃないかと思ってな。それに他の陣営は内に入ってくると予想しているだろうから、奇襲としても使えるだろう。」

「なるほど。でも、奇襲だと今回しか使えませんね。」

「そうだ。だから今回は並々ならぬ覚悟で臨むつもりだ。何としても勝たせてやってくれ。」

「はいっ。分かりました。」

 鴨宮騎手は元気のいい声で言い切った。

「じゃあ、頑張ってきてくれ。」

 村重調教師は右手で鴨宮騎手の背中をポンと叩いた。

(頼んだぞ。この馬に未来を見せてやってくれ。)

 彼は遠ざかる鴨宮騎手の後ろ姿を見るうちに、だんだんと祈るような気持ちになってきた。


 1人になった善郎は、道脇牧場のオーナーでフロントラインの馬主でもあり、道脇長伸調教助手の父親でもある道脇伸郎に会った。

 そしてさっきまで鴨宮騎手と話し合っていたことを伸郎に話した。

「なるほど、今日は奇襲戦法で行くわけですか。」

「はい。人気こそ5番人気ですが、是が非でも勝つつもりでいるので、勝負に出ることにしました。」

「鴨宮君、3kg減の見習い騎手ですが、うまく作戦通りにやってくれるといいですね。」

「僕は彼を信じている。きっとフロントラインの実力を出し切ってくれるだろう。」

 2人は会話をしながらレースの発走を今か今かと待ち続けた。


 馬券の締め切り時点で、フロントラインは単勝倍率12.8倍で、5番人気になった。

 ファンファーレが鳴ると、鞍上の鴨宮君は2コーナーポケットにあるスタート地点で、5番の馬がゲートに入っていくのを見ながら、フロントラインを誘導した。

 そして全馬がゲートに入り、レースがスタートすると、勢いよく飛び出していった。

「よし、いい出だしだな。」

 善郎は内心では緊張しながらもそれを表には出さずにいた。

 フロントラインは向こう正面を走っている間、ほとんど内に入ろうとはせず、まっすぐに走り続けた。

(よし、この部分なら馬場は荒れていないし、走りやすい。3コーナーまではこのままいくぞ。)

 鴨宮君は中段でじっくりと構えながら、内ラチから少し離れたところを走り続けた。

 3コーナーに入ると、彼は少し内に入るように指示を出した。

 フロントラインはそれに従い、他馬と接触しないように気をつけながら内に入っていった。

 一方、コーナーを曲がっていくにつれて、後ろにいた馬は外に持ち出していき、ペースを上げてきた。

 4コーナー。今度は鴨宮君自身も外に持ち出すように指示を出し、馬場のいい所を走ることにした。

「ここまでは順調だ。あとは最後の直線で中段からどこまで伸びるかだ。頼んだぞ、シン!」

 善郎は一層表情を引き締めた。

 最後の直線。フロントラインは馬場のいい外に持ち出してきた。

「さあ、頼んだぞ!頑張ってくれ!絶対にこのレースで勝つんだ!」

 鴨宮君は手綱をしごきながら懸命にスパートをした。

 13頭のうち、すでにバテている何頭かを除き、多くの馬達は横一線に並んでいて、どの馬が勝つのか全く分からない情況だった。

「横一線なら外にいる馬が有利なはずだ。きっと勝ってくれ!」

 伸郎は手に汗を握りながら叫んだ。

 坂を上りきり、残りは200m。フロントラインは一つずつ着実に順位を上げていき、3番手になった。

 すでに内を走っていた馬達は荒れた馬場のせいか、いまいち伸びが鈍かった。

 そのため、どうやら外側を走っている馬達が勝ちそうな情況だった。

 残り100m。フロントラインを含めて、外を走っている3頭が抜け出した。

 この時点でフロントラインは2番手。あともう1頭を追い抜けば、栄光の勝利だった。

(頑張れ!あと少しだ!)

 鴨宮君は懸命にムチを入れ、最後の力を振り絞らせた。

 そしてそれから間もなく、3頭は一斉にゴール板を駆け抜けていった。

「うおおおおっ!ついに勝ったぞおっ!」

 伸郎は大きな声を立てながら両手の握りこぶしを真上にかざした。

 ゴール前は確かに3頭の際どい争いにはなったが、決勝線に鼻が最初にかかったのはフロントラインだった。

「ふうーー…。やっと厩舎初勝利を挙げることができた。ナイスプレーだったぞ、シン。」

 開業以来まだ未勝利という重圧から開放された善郎は安堵の表情を見せ、2コーナーから引き返してくるフロントラインと鴨宮君を見つめた。

(流れはうちに来ている。この雰囲気を持続したまま5レースに望み、連勝といこう。)

(よし、この調子で次のライスフィールドも勝たせてやるぞ!)

(これで安心して馬を育てていくことができる。良かった良かった。)

 記念撮影が行われている時、善郎、鴨宮君、伸郎の3人は笑顔を浮かばながら、それぞれのことを考えていた。


 撮影が終わると、伸郎と善郎はフロントラインのところに行って、体に問題が無いことを確認した。

 そして短い会話を交わすと解散し、善郎は鴨宮君に会って、ライスフィールドと作戦について確認を行った。

 この時点でライスフィールドのデビューまであと20分に迫っていた。


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