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店長がくれたチャンス

 また、朝が来た。

 進はまた、いつものように目を覚まし、起き、スーパーへ向かう準備をする。

 準備を済ませ、アパートから出て、スーパーへ行く。今日はどんな一日になるだろうと思いながら。

 そして、スーパーに着き、他の従業員に笑顔で挨拶をする。

「おはようございます。」

「おはよう進くん。」

 更衣室で仕事用の服に着替え、エプロンをかけ、「美月」と書かれた名札を付け、更衣室を出て、店長に挨拶をした。

「おはようございます。店長。」

「おはよう進くん。今日も頑張ろうね。」

「はい!頑張ります!」

 そしてまた、いつものように仕事を始めた。

 

 ー夜ー

 仕事が終わった。

「お疲れ様です。」

 進は、他の従業員に挨拶をして帰る準備をしようと、更衣室へ向かおうとした時だった。

「進くん!」

 進の後ろから少し大きい声が進の耳に飛び込む。進は振り向いて声の主を見る。

 店長だった。進は店長に小走りで近寄る。

「どうしたんですか?」

 進が聞く。

「いや、ちょっと見せたいものがあるんだ。来てくれるかな?」

 進は、何なんだろうと思いながら、はいと答える。

 そして店長は歩き出し、進もそれについていく。ついて行った先は、スーパーの事務室だった。

 事務室に入り、店長と二人きりになる。

 事務室の机には数枚の紙が置いてある。店長がその紙を取り、

「これを見て欲しいんだ。」

 と、紙を進に渡す。

 進は、渡された紙を受け取り、見る。

「スピリットプロダクション、俳優オーディション…?」

 それは、芸能事務所のオーディションの案内と、その応募用紙だった。

 進は、なんだこれ、という様な表情をする。

「店長、これは…」

 進は、店長に聞いた。なぜ、これを自分に渡したのか、どこで、これを手に入れたのか。

「今日、お客さんに渡されたんだ。進くんはかっこいいし、俳優でも売れるんじゃないかしらって」

 店長は答えた。

「いや、そんなこといわれましても…」

 進は困惑した。

「もちろん、やるかやらないかは君にまかせる。強制じゃない。」

「…」

「入ったとしても、ここで働きながらやればいい。」

 店長は穏やかな口調で話す。

「…しかし、やったとしても、本当に売れるわけじゃないと思います…」

 進は困惑しながら言った。いくら顔がいい、スタイルがいいといったって、実際にそれだけで売れるという確証はない。それは進でもわかりきったことだった。

「確かに、売れないで終わるかもしれない。でも、それが100%そうなるわけじゃないし、それが君のその後の人生にいい意味での糧になるかもしれない。」

 店長は進を諭すように話す。

「…」

 進は何も言わず黙っていた。

「君の今までの人生は悲惨なもので、君もこれから変えていきたいと言っていたよね。」

「はい…」

 進は以前、店長に自らの過去を語ったことがあった。店長はそれを聞き、悲しい顔をして「辛い人生だったね。」と呟いていた。進にはそれが、自分に同情しているように見えた。今の今まで、自分の話を聞いてくれた人なんていなかったからだ。だからこそ進はこのスーパーでこれからの人生を変えていこうと心に決めたのだった。

「これは、君の人生を大きく変える為のチャンスだ。」

「チャンス…ですか?」

「そう。このスーパーだけでじゃなくて、もっと大きな場所で、大きな舞台で人生を変えていこうとするのも、悪くはないと思うよ。」

 進は、店長が自分に期待をしているように感じた。期待しているのなら、やってもいいかもしれない。でももう少し考えたい。今ここで決めるのはいいことだとは思わない。

「・・・明日まで待ってもらえますか?」

 進が聞く。

「別にすぐに決めなくてもいいんだ。じっくり考えてくれ。」

 店長は少し笑いながら優しく答えた。そして一息ついて、

「よし。今日はもう終わりだ。早く帰ろう。」

 と、進に言う。進もそれに応じ、

「あっ、はい、お疲れ様でした。」

「ああ、お疲れ様。戸締りは私がやっておくよ。」

 進は店長に頭を下げ、事務室を出た。店長は進が事務室のドアを閉めた後、

「進、君はもっと大きく歩むべきなんだ。君が受けた今までの悲しみの分まで・・・」

 と呟いた。


 ー進の自宅ー

 進は、部屋の真ん中にある小さなテーブルの横で、店長から貰ったオーディションの案内と応募用紙を見つめていた。

 明日まで待ってください、とは言ったものの、まだ答えが出ずに悩んでいた。

 そんな中進は、スピリットプロダクションとはどういう場所なのかという疑問が湧く。そこで進は、オーディションを受けるか受けないか悩むのを一旦やめ、テーブルの上にあるノートパソコンの電源を入れ、インターネットに接続し、スピリットプロダクションについて検索した。数秒後、ノートパソコンがその答えを表示した。

 スピリットプロダクションとはレベルの高い俳優やタレントが数多く所属している大手の芸能プロダクションであり、アイドルや歌手や芸人は全く所属しておらず、俳優とタレントのマネージメントに力を注いでいることがわかる。プロダクション内には多くの稽古場や舞台があり、そこで俳優や俳優の候補生達が稽古に励んでいる。

 進は、スピリットプロダクションの情報を見た後、また案内の紙を見る。

 人間の霊魂を形どったエンブレムの下には、

「我々は俳優を目指す強い志を持つ人を求めています!」

 進には、その強い志はなかった。ただ店長から手渡されただけだった。でもあの時店長は、強くではないが、自分にオーディションを受けるよう勧めていた。

 進は、店長の言葉を思い出す。

 ー君の人生を大きく変えるチャンスだー

「チャンス…か…」

 進は呟く。そして今までの人生を振り返る。

 幼い頃から姉と比べられ、劣っているという理由で両親にはほとんど褒められず、よく怒られた。

 小学校のころにはいじめに遭い、先生意外誰も助けてくれなかった。

 中学のころは教師に嫌われたのか、自分だけ酷く怒られ、周りには笑われた。

 高校、大学のころも同じ、友達は出来ず、孤独だった。

 会社に就職した時は上司に理不尽に罵倒され、難癖をつけられ深夜まで働かされ、その挙句に解雇された。

 そしてその後、両親から勘当を言い渡された。

 今のスーパーで働き始めるまで、まったくいいことなんかなかった。

 進は考える。もし、オーディションに合格して、デビューして、売れることができたら。

 自分をいじめた奴はどう思うだろう。

 自分を嫌い、一方的に叱った教師はどう思うだろう。

 自分を罵倒し、奴隷のように働かせ、解雇した上司はどう思うだろう。

 自分を勘当した親はどう思うだろう。

 自分に優しく接してくれているスーパーのみんなやお客さんはどう思うだろう。

 そして、自分にチャンスをくれた店長はどう思うだろう。

 知りたい。

 進は見たくなった。そうなった時の光景を。自分が変わった時の光景を。もし、ではあるが。

 そしてその光景を見るチャンスが、ここにある。

 進はオーディションの応募用紙を手に取る。

 ー自分が変わった時の光景を見るー

 今生まれたこの志は、周りからしたらとてもちっぽけなものだろう。しかし、進には十分な志に感じた。

 進は応募用紙をテーブルに置き、ペンで自分の情報を書き始めた。

 そして次の日、店長にオーディションを受ける事を伝える。

「店長、僕、オーディション受けます。店長がくれたチャンス、無駄にはしません。」

 進から出た言葉には、強い決意と意志がこもっていた。

 それを聞いた店長は、少し笑いながら、

「そうか、だったら頑張るんだぞ。」

 と期待を込めて言った。


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