八十八話 「勇者の強くて…」
玉座に座ったままの魔王は、エルロッドがいつかみた余裕のニヤニヤ笑いを浮かべていました。
エルロッドより大きいものの、そう大差ない体格。さらに魔族の王と言うには少しばかり質素な服装。鎧すら身につけず、帯剣している様子もありません。強いて言うなら、頭に生えている角が魔族であると主張しているようでした。
「さて。初めまして、だな。勇者よ」
先に口を開いたのは魔王でした。顔を少し強張らせたエルロッドに対して表情を崩さないままです。
しかしこちらは勇者。負けていられません。エルロッドも内心の怯えを押し殺し、余裕の笑みで返します。前回の、全てを無視して斬りかかった時とは大違いです。その内心も含めて。
「あんたにとっちゃそうだろうな。俺はその顔を忘れたことはないけど」
エルロッドの言葉に一瞬呆けた顔になる魔王。赤い目が疑問に細まります。しかしすぐに笑みを浮かべ直してエルロッドの名前を聞きました。
「なにやらおかしなことを言う者だ。少し興味が湧いた、お前の名を聞こう」
「あんたが俺に興味を持つのは初めてだ。嬉しいね。…だが、名を尋ねるならまず自分からが礼儀じゃないか?」
初めても何も前回問答無用とばかりに斬りかかったのはエルロッドなので、仕方ないことに思えますが。
「人族の礼儀は知らんが、まぁよい。我が名はバルドアンリ・ヴァンダリズム・グレイヴ。魔王だ」
人間の礼儀に合わせてくれる魔王様、普通にいい人そうです。思っていたより素直な魔王に内心驚きながらエルロッドも名乗りました。
「大仰な名前だな。俺はエルロッド・アンダーテイカー。勇者だよ」
その名乗りの後、魔王バルドアンリと勇者エルロッドはお互いに武器を構えます。勇者はその木刀を。バルドアンリはどこから取り出したのか、いつの間にか手に持っていた大きな漆黒の──パンを作る時に使う棒でした。
「ふむ。我が永劫の生にその名を刻んでやろう。愚かにもたった一人で我に立ち向かった愚者としてな」
心底楽しそうに邪悪な笑みを浮かべる魔王にエルロッドはつい我慢しきれずに言いました。
「いや、最終決戦が木刀とパン作る時に使う棒ってなんだよ!」
エルロッドが真剣を持っていればまた変わったかも知れませんが、無いものをねだっても仕方ありません。それになにより──お互いに、並みの相手なら当たるだけで消し飛ぶほどの攻撃力の持ち主。今までの魔王や勇者たちが使っていた武器を使う必要性はありませんでした。
格好がつかないのは事実ですが。
「なんだ、この際徒手空拳でも構わんだろうに」
「そういう問題じゃないだろ」
最終決戦だというのにわずかに笑みを浮かべるエルロッド。魔王を指差すと叫びます。
「俺の名が人類史に残るところを見せられないのが残念でならないね」
怒りでしょうか。
先程までとは一線を画した歪んだ笑顔にエルロッドが一瞬怯んだその瞬間、バルドアンリの姿が搔き消えました。
「…実にあっけないな」
つまらなそうに吐き捨てるバルドアンリ。ただ真正面から超高速で近付いてただの棒を振るっただけでエルロッドは塵一つ残さずに消滅してしまったのです。
いえ、消滅したかに見えました。
「まったくだ」
消えたはずのエルロッドが木刀を肩に担いで立っていたのです。先程まで魔王が立っていたその場所に。
位置が入れ替わった二人。魔王はふっと笑うと振り返りながら呟きました。
「これほどまでの力があったとは。感服だ」
「…いや待って俺もびっくりしてるよ。何これ?」
呟いた直後に首が落ちた魔王を呆然と見るエルロッド。いくらなんでも弱過ぎるだろう、と。あれだけ苦戦した相手を一撃はないだろう、と。
しかしエルロッドは、高め続けた望まれるものと出来る限り強化させないようにしてきた魔王の魂の加護の差を考えれば有り得なくもないと無理矢理納得しました。
「なんてなぁ!」
「ぐっ!」
殺気を感じて即座に反応するエルロッド。首を失った魔王が先程とは違い、禍々しい大剣を振り下ろしてきたのです。
「卑怯な!」
よく見ると魔王の首からは触手のようなものが伸びて落ちた頭を回収しているところでした。
「なんとでも言うがいい!油断した方が悪なのだ!」
エルロッドは木刀にかかる負荷を感じながらも打開策を考えます。が、流石に強敵。思考の隙をなかなか与えてくれません。
鍔迫り合いをやめて間合いを取ったかと思えば最初より遥かに速く距離を詰めるバルドアンリ。幅が広く長い刃を、まるで短剣か何かのように振り回す嵐のような攻撃にエルロッドは防戦一方です。
「なんだその武器…!軽そうで羨ましいな…!」
「コイツは我にしか扱えぬ代物よ、欲しても無意味…だっ!」
「くっ…」
魔王のペースから抜けられないエルロッドの顔には冷や汗が流れます。
すぐには負けずとも、このまま何も出来なければじわじわと体力を削られていずれ膝をつくことになる、そう理解したエルロッドは焦りを隠すこともできません。
「俺にもちゃんとした武器を貸して欲しいなぁ、なんて…」
「生憎だがコイツらは我のペットだ。一つも貸せぬよ」
どうにか会話を続けて隙を作ろうとするエルロッドでしたが、逆効果でした。
両腕を広げて笑うバルドアンリの背後には大小様々な武器、武器、武器。どこからいつ出したのかもわからないそれらの武器は恐らく魔王の指先一つでエルロッドに対して自動攻撃を行うことも可能でしょう。
「…え?それ生き物なの?」
「ふはは、そうだ。これらは全て武器でありながら生きているのだ!」
勝ち誇る魔王にエルロッドは急に白けた顔になりました。
「なんだその顔は、ついに諦めたか?」
バルドアンリはそう言うと腕を高く振り上げます。
「死ぬがいい!ゆけ!」
迫ってくる槍や剣、ハンマーや杖など無数の武器を眺めながらエルロッドの脳裏に浮かんだのは、「なんでこいつはこんなに詰めが甘いんだろう」という考えでした。
「────超広範囲殲滅魔法・暴食の宴」
全ての武器はエルロッドに到達する直前に何かに飲み込まれて消えました。悲しげな音を残して…。
おはようございます、千歳衣木です。
最終回だしどんな風にしようかなと思ってたらまだ終わりませんでした。すみません。あとちょっとだけ続くんじゃ。…これ最終回の後に言うセリフですかね?




