八十七話 「決戦」
ベルルカ ・レオン・ハルバードは、貴族の中でも特に戦場に出て民を守ることを是としたハルバード家に生まれました。幼少から家名と同じ斧槍の扱いを叩き込まれ、その類稀なる才能と加護の力で腕を上げていきました。
そんなベルルカではありましたが、親や兄達から聞かされていた話のお陰で増長することはありませんでした。
それは今までハルバード家から出た竜騎士達のお話。そしてそれをも上回る邪龍人のお話。
「まだ存在している邪龍人がいたとは。長年の悲願もこれにて叶う…!」
竜騎士のモデルともなったと言われている生まれながらの斧槍の達人である邪龍人の一族とついに相対したベルルカはいつものような穏やかな笑みーーではなく、獲物を前にした捕食者の笑みをしていました。
「ほう、人間の竜騎士とやらか。しかし貴様、我より遥かに邪悪な顔をしておるな」
邪龍人ディビオスはそう呟きました。まさに龍のような獰猛な笑みを浮かべるベルルカ を見て。
「ははは、まあいいでしょう。この場にいるのは勇者でも魔王軍幹部でもなく…ただ二人の武人がいるのみですから」
「ふはは。稽古を付けてやろう、人間!」
二人は同時に構えると、どちらともなく駆け出しました。
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「さ、さっさと降参した方が身のためって感じ!」
「その通り!負けを認めれば命だけは取らないであげ…ひっ!?」
魔王軍幹部のネクロマンサーであるアニマ、そしてサキュバスのリリンは目に涙を浮かべつつも使命を全うしようと頑張っていました。
というのも、容赦ない勇者エルロッドから逃れるために連れてきた弱そうな女の子が自分達より遥かに長い時を生きるーーいえ、存在し続けていたためでした。
「此方と其方らでは遊戯にもなるまい。其方らこそ降参してはいかがかの?」
長い時を「死にながらえる」宵闇の屍姫が童女の姿には似合わない筈の、しかしなにやら様になっている妖しい笑みを浮かべました。
「う、うるさい!こっちが降参したら結界解けちゃうんだから仕方ないじゃない!」
リリンのヤケクソ気味な叫びも楽しそうに聞き流すシキ。
薄らと目を開けると着物の袖から細長い棒を取り出しました。
「仕方あるまい。身の程を教え込んでやるとするかの」
棒ーー扇子を広げて首を傾げる姿は雅というべきものでした。
「余裕ぶってて後で泣いたって許してあげないって感じ!」
アニマが精一杯叫ぶと、シキは先程とは比べものにならない威圧感を振りまきながら言うのです。
「ただが数百年程度死んでいた小娘に負ける道理があるまいて。くすくす」
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アザト・バッシュは満身創痍でした。鍛え上げられた肉体の所々から血を流し、痣も一つや二つではききません。しかし彼はまだ立っていました。人間の中でも屈指の巨体を持つアザトでさえ見上げるような、3倍以上の大きさを持つ巨人、ヒュージを前に一歩も引かず戦い抜きました。
そして今、ついに倒れます。最早平衡感覚すら失い、前のめりに崩れ落ちるように、倒れこみました。
「なぜ…なぜそこまで強い?」
「……」
その疑問に答える声はありません。
「なぜ…いかにしてその強さを…」
「……」
うつ伏せに倒れた為、立ったままの相手の表情を伺い知ることはできません。ただ、無言で見下ろしているのだろうということしかわかりません。
あまりにも惨めな現状に耐え切れず、彼は叫びました。
「なぜ!何故だ!何故ただの人間が!巨人の俺に勝つことができる!何故お前が立っているうう!」
地を揺らすほどのヒュージの絶叫。悲痛さを伴ったソレに対し、ようやくアザトが口を開きました。
「…この結界は貴様を倒すだけでは解けないのであるか?」
「質問に答えろよ!?なんで!?聞こえてないの!?」
キャラ付けのためのカタコトさえ忘れてヒュージがまたもや叫びました。驚きのあまり上体を起こしてアザトの顔を見上げました。
「いや、純粋に我輩が鍛え続けていたからだと思うのであるが。そんなことより」
「そんなことより!?」
困った様子のアザトが続けます。
「いや、これ結界破ってエルロッド殿の応援に行かねばならぬのであるが」
「そりゃ術者が死ぬか自分で解くかしなきゃ出れないだろ。バカか?」
なるほど、と呟くと闘気を練り始めるアザト。先程の戦いで見せたそれよりも遥かに強大に膨れ上がっていきます。
「……うん?」
アザトがヒュージの命を絶って結界を解こうとしていることに気付いて冷や汗を流すヒュージ。
「ストップストップ!許して!解くから!お願いしますうう!」
厳つい顔の巨体が半泣きで土下座をするのを見たアザトは深い深いため息をつきました。
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Sクラスの勇者たちが戦うなか、ヒスイもまた魔王軍幹部と向き合っていました。
「でさ〜!エルロッド君たら…」
「あらあら。でも魔王様だってね…」
穏やかな春の日差しの中の草原で、パラソルの下のテーブルにティーセットを並べて。
バター香るクッキーや果物のたっぷり乗ったタルトを食べながら紅茶を飲み、和やかに親子水入らずでお話ししていました。
「って違う!魔王様に反旗を翻して!お説教の時間ですからね!」
時々ヒスイの母であるミミックのネフライトがヒステリックに叫びますが、ヒスイに宥められてすぐに落ち着きます。
「まったく、ママはせっかちだなぁ。私は久し振りに仲良くお話しできればいいだけなんだけどにゃー」
他の三人と違ってもともと自分で結界を開いているヒスイは戦う理由もなければ焦る必要もありません。むしろネフライトがエルロッドと魔王の戦いに割り込むのを阻止するように動いていました。
「(まあ…家族だしね…)」
ヒスイにはギリギリの戦いに介入した母が手加減できなかったエルロッドに即殺される未来しか見えませんでした。
故にヒスイは「ネフライトを倒してエルロッドの援護に行くこと」よりも「ここで戦いが終わるのを見ていること」を選びます。
「あ、それとママ!他にもエルロッド君はさ〜」
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そして遂に魔王との一騎打ちを残すのみとなったエルロッド。見るのは二度目となった禍々しい装飾の施された大きな扉の前で少し息を呑みました。
以前よりは有利なはず。少しは力の差を埋められたはず。そう認識してはいるものの、生涯唯一の敗北…それも手も足も出ない惨敗が頭を過るのです。
それでも勇者は、三秒ほどの逡巡のあと、威勢良く扉を開けました。そして叫ぶのです。
「こんにちはーっ!」
「はいこんにちは!!」
遂に今、人間と魔族の最強同士がぶつかろうとしていました。
一ヶ月半ぶりです!千歳衣木です!
一日一行ペースで進めていたので遅かったです。すみません。嘘です。
エルロッド、たとえ戦いについていけるレベルになっていたとしても戦闘においては初見みたいなものなので、初見殺しの魔法を使われたりしたら危ない気がしますね。
どうにか頑張って勝ってほしいものです。もっかいループしたら書くの大変すぎて泣いちゃいそう。
と、今回はこの辺りで。またお読みくだされば幸いです。千歳でしたー!




