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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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八十二話 「ノーザス領主」

 その青年は狼狽えていました。

 幼い頃この家に使用人として仕えていた母が亡くなってからは、見ることすら叶わなかった領主の館に呼び出され、今その一人娘と対面しているのですから。


 物腰の柔らかな、それでいて眼光鋭い老執事に連れられて落ち着いた柔らかな絨毯の上を進み、辿り着いた両開きの木製の扉はそれなりに古いようでしたが、よく手入れされています。


 「こちらです」


 てっきりその執務室へと続く扉をくぐることになるのかと思いきや、老執事は執務室を横に逸れて既に結構な距離を歩いているようでした。

 一枚の飾り気のない扉の前で立ち止まると恭しく扉を開いて青年が来るのを待ちます。


 「……あっ、はい」


 返事に一瞬間が空いたのは、青年の生まれが使用人の子であったためです。老執事の丁寧な言葉が向けられた主人を反射的に探してしまい…それが自分に向けられた言葉だと気付くのに時間がかかった青年は申し訳なさそうに早歩きで開けられた扉へと向かいました。


 その部屋はやはり執務室ではなく、夫婦用のベッドが置かれた寝室でした。

 飾り気のまったくない実用性のみの室内は、どう見ても客人をもてなすための部屋ではなく住人のための空間であることがわかります。

 その二人用にしては少しばかり大きめのゆったりとしたベッドの中央に、この部屋のための住人らしき少女が一人座っていました。


 「よく来たわね。私はククロマ・ノーザス。といっても…今となっては最後のノーザスとなってしまったけれど」


 青年は狼狽えていました。

 領主の美しい娘が自分などという庶民に何の用だろうか。

 その言葉を飲み込み、まずは上がりっぱなしだったその頭を垂れ、膝を突いて忠誠を示します。


 ノーザスの中で唯一最後まで圧政に反対した領主の一人娘。青年はたった一人残った忠誠を尽くすべき領主を前に、どのような事でもしようという意志が沸き上がるのを感じました。


 「と言いたいところなんだけど、実はノーザス家の血が流れる人がいることがわかったのね。だから私から一つお願いがあるの」


 神秘すら感じるククロマの笑顔に、青年は心打たれました。この方のためなら命でも投げ打とうと決意しました。

 青年は、ククロマが続けようと口を開いたことに気付かずに顔を上げてこう言います。


 「わかりました。必ず私がその方を探し出して見せましょう。クロドア・クローノにお任せを…!」


 熱くなる青年――クロドアに笑いかけると、少女ククロマはあら、と呟きました。


 「私が探しているのは、かつてこのノーザス家に仕えていた女中アリサ・クローノの一人息子よ。私の異母兄妹だから、ノーザスの統治を任せたいの」


 「はっ!必ず見つけ出して、領主に据え…て………今、なんと?」


 間髪入れず威勢のいい声で応えたクロドアの声は少しずつ尻すぼみになり、ククロマの発した言葉を反芻しているようでした。

 アリサ・クローノ。ノーザスの前領主が生きていた当時、単なる女中に過ぎないにも関わらずノーザス一の美少女と呼ばれていた女性です。

 クローノ家はノーザスに昔から仕える使用人の一族で、長い間共に歩んできたというのにクロドアだけが追い出された理由…それは、ノーザスの血を継いだ男子だからでした。


 ククロマによって真相を聞かされたクロドアは呆然とした後、ゆっくり立ち上がって涙を流しました。


 「…俺は、母さんにとって、誰とも知らぬ男の子供ではなかったのか…」


 ククロマはクロドアが泣き止むまで優しげな笑顔を浮かべていました。



―――――



 「ということで、クロドアが新しい領主よ。最初は色々大変だろうから使用人とか集めるし、私が仕事教えるけど、一人でできるようになったら私は旅に出るから。よろしくね」


 「いや、お前何言ってんだ」


 急にククロマにそんなことを言われたエルロッドは戸惑いを隠すこともなく言い返します。

 ククロマの連れている青年は見たところエルロッドと同じくらいの歳のようですが、ククロマの方に熱っぽい視線を送り続けていて何やら気持ち悪い様子です。


 「…あー、クロドア君、だっけ?君がいいなら別に俺もとやかくいうつもりは無いんだけど…」


 「む…なんだ貴様は!部外者がなぜここにいるのだ!」


 エルロッドがクロドアに声をかけると、クロドアはなにか気に触ったのかエルロッドの方につかつかと歩み寄って物凄い形相で睨みつけました。

 どうしたらいいかわからないエルロッドは、珍しく冷や汗をかきながら口を開きます。


 「いや、俺はククロマの…」


 ククロマを助け出そうとして、などと言い訳しようとしましたがよく考えればククロマは自分の意思で地下牢に閉じこもっていた身。民衆からしたら助け出すと言うようなことがそもそもおかしい状態だったので、口を噤むエルロッド。


 すかさずクロドアが叫びます。


 「ククロマ様だろうがァ!表に出ろ!その根性を叩き直してくれるわ!」


 「待て、おま、どうせ負ける…おい…」


 強引に中庭まで連れて行こうとエルロッドを引っ張るクロドア。

 エルロッドは、そんな二人の青年の様子を止めるでもなく、心配すらしていないそぶりのククロマに恨みがましい視線を向けて引きずられていくのでした。

練兵場においてあった木刀を担ぐと、自信たっぷりの笑顔でエルロッドに言います。


 「さぁ、お前の背負うそれは武器だろう?俺と闘え。俺より弱い者にククロマ様が呼び捨てにされるなど耐えられん!」


 こいつ頭大丈夫かなぁ、洗脳でもされてるのかなぁとこっそり解呪(ディスペル)をかけましたが、クロドアは変わらず何か騒ぎ立てていました。


 そんなこんなで訓練していた兵士達も集まってきて、クロドアとエルロッドは取り囲まれてしまいました。

 ちなみにこの兵士達はクーデターの際も戦わず、むしろ薄給で周囲の魔物などを討伐に行かせる領主たちを見殺しにしていますが、お咎めはなかったようです。


 「戦うって…いいけど、多分俺とお前じゃ戦いにならないと思うぞ。素人だろ、お前」


 「ハハハ、何を。ノーザスの使用人はすべて戦闘術を叩き込まれる。冒険者など話にならぬほどのな!貴様ごとき狼藉者に遅れは取らぬわァ!!」


 なにやらヒートアップしすぎて止まらない様子です。これから領主になるようですし、このまま醜態を晒させるよりは叩きのめしてでも黙らせた方がいいな、人徳に響く、そう判断したエルロッドは嘆息すると木刀を抜き放ちました。


 「ほう…真剣ではないのか…まぁよい。行くぞ!」


 クロドアは姿勢を低くして矢のように飛び出します。切り上げる動作を見切ったエルロッドは剣戟を流すために木刀を斜めに受けます。

 しかしクロドアの木刀はエルロッドの木刀にかすることもせず…頭上からエルロッドに襲い掛かりました。


 「なっ…」


 無防備な頭に吸い込まれたかのように見えた刀身は空を切ります。

 辛うじて体ごと倒れ込むように後ろに避けたエルロッドがにやりと笑います。


 「最低限の剣技は使えるみたいだな…正直侮ってたよ」


 「ふん。あれをかわすとは、冒険者風情が中々やるではないか」


 言葉を交わした後、どちらとも無く駆け出します。

 エルロッドの突き出した木刀を躱して振り向きざまにカウンターの一撃。しかしそれも呆気なくかわされます。

 エルロッドの繰り出した攻撃はすべてクロドアを捉えていますが、クロドアの攻撃はかすりもしません。


 「威勢の割にもう打ち止めか?」


 少し落胆の色を含む声でそんなことを言う勇者。クロドアの目の輝きはまだ消えていません。


 「う…おおおおおお!!」


 初撃で見せた攻撃をさらに研ぎ澄ませた突進。

 完全な袈裟斬りを見切ったと木刀で防ぐエルロッドを見てニヤリと口元を歪めるクロドア。


 「Bクラス止まりだな」


 どっ、とエルロッドの木刀の柄がクロドアの額を打ちました。




 「……はっ!俺は一体…」


 「お前の負けだ」


 一瞬気を失っていたクロドアが起きると、兵士達に取り囲まれていました。

 ふらふらしつつも立ち上がったクロドアは、エルロッドから敗北を告げられて俯きます。


 「…くっ、何故俺がこんなやつに…今まで負けたことなどないというのに」


 「格が違うのよ。エルロッドは魔人だもの。それも次期魔王」


 「…は?」


 そんなクロドアは、後ろからやってきたククロマのセリフに目を丸くしました。

 最近描写を頑張ってみようかなぁと思っている不肖私が何を隠そう千歳衣木!でーす!こんにちはー!


 少し前はブックマークが減る度に寝れない夜を過ごして泣き腫らしたものですが、今は考えを変えました。ブックマーク数がゼロになるまで、読者様のために私は書きます。


 というわけで今回はノーザス編終了予定だったのですが予定より長くなってしまったので次話の半ばでノーザスを出たいと思います。

 次はいよいよベルナイアを通り、かつての学友と共に魔王を倒す道を歩み始めたいとおもいます。

 これだと私が勇者みたいですね。勇者エコ、可愛くないですか??


 …まぁおふざけはこのあたりにしておきましょう。

 いつもお読みいただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。千歳衣木でした。

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