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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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八十話 「だって人って頭悪いんだもん」

 気絶してしまったモーノを何度か起こし、なんとか地下牢まで案内させたエルロッド。アキンドも一緒です。


 「領主をこんなところに閉じ込めるとはな…」


 「そもそも生かしてあるのが驚きですがな」


 エルロッドとアキンドがそう言いながらモーノについて行きます。二人からは見えませんが、モーノの顔は憔悴し切っていて、十年ほど老けたようにさえ思えました。


 「こ…こちらです…」


 地下牢に向かう扉を押さえて待つモーノ。エルロッドとアキンドが入ったことを確認すると重い鉄製の扉を閉め、鍵をかけ念のために巨大な鉄製の閂まで掛けてから一息。そして高笑いしました。


 「ふははははははは掛かったな馬鹿め!!これでお前らは一生この中に」


 どぉん。

 雷鳴にも似た轟音が薄暗い地下に響き、雷光さえ見えた気がしました。エルロッドの拳が跡形もなく鉄製の扉を破壊したのです。


 「そういうのいいから早くしてくれ」


 さいわいエルロッドはおちゃめなおふざけだと思ったようですが、モーノの心臓は過負荷に耐え切れそうもありませんでした。今スグにでもはち切れそうです。


 「すっ、すみません…こちらへ…」


 そうして連れてこられた牢の中には可憐な少女が一人。長い年月は感じられませんが、決して短くない時間ここに閉じ込められていたことはわかります。

 綺麗だったであろう青みがかった黒髪は灰と埃でボサボサになり、艶の欠片も見当たりません。

 着ている服もまた、元は相当いいドレスだったことが伺えますが、今となっては街の古着屋でも買ってくれないくらい汚れ、所々破れていたりします。


 「…他の…人達は?」


 振り向いてそうモーノに問うと、モーノは小さな声で答えました。


 「…その…し…処刑…しました…」


 「へぇ」


 ひどく冷たい声でした。エルロッドの目はもはやモーノを写していません。

 エルロッドは怒りを抑えながらも領主の娘らしき少女に語りかけます。


 「よく頑張ったね。辛かっただろう。助けに来たよ」


 少女はしばらく無表情でエルロッドを見つめた後、段々と理解したのか目を見開き、涙を流し始めました。


 「…ぅ…うっ…ひっく…ぐす…」


 エルロッドがこれどうしたらいいんだろうと戸惑う傍ら、ただ微笑むアキンドに、萎縮しているモーノ。


 「…たすけてくれて…ありがとう…。ひっく。あなたはだれ…?」


 助かったことで感情が堰を切って流れ出したのでしょう。

 少女は捕まっていた恐怖や一人残された悲しみを涙に変えて流しきった後は、エルロッドにちゃんとお礼を言って頭を下げます。


 「ん、あぁ。俺はエルロッド。エルロッド・アンダーテイカーだよ」


 エルロッドが少し照れ臭そうに名乗ると、少女の方もはにかみ笑いを浮かべてエルロッドに名乗りました。


 「そうなんだ。私の名前はククロマです…ありがとう、エルロッドお兄ちゃん。それと…さよなら」


 花のような可憐な笑顔とは裏腹に華奢な掌から殺意が迸ります。

 血と死の匂いが満ちる薄暗い空間がククロマの放った火焔や雷で照らされました。


 「…は?」


 魔法攻撃によって巻きあげられた土埃が晴れると、エルロッドは片腕と下半身を失った状態で地に這いつくばっていたのです。


 「あら、生きてたのね…もう一度、はい」


 それを見てククロマはつまらなそうに吐き捨てました。事前にモーノから聞かされていた情報と比べて圧倒的に弱かったからです。

 偵察すらまともに出来ないなんて無能ねーと思いつつ地下牢の出口へと歩き始めるククロマ。牢獄の中とは思えない優雅な足取りです。


 「…主体は魔法攻撃。同程度かそれ以上の相手との戦闘経験はほぼなしってところか。あまりにも簡単に術式を滑り込ませられたからビックリだ」


 その優雅な足取りもそんな一言で止められてしまいました。確かに倒したはずのエルロッドの元気そうな声です。


 「…何のつもり?」


 「こっちのセリフだな。俺は敵じゃないぞ?」


 振り返ったククロマの視線の先には無傷で木刀を担ぐ勇者の姿がありました。


 「私の邪魔をするやつはみーんな敵よ。ひれ伏しなさい」


 ゆっくりと右手を掲げながらそう言うククロマ。

 それはさながら宣告の如く、掲げていた右手を下に向かって振り下ろすと、エルロッドの周辺の重力が数倍に膨れ上がります。


 「…おぉ、重いな」


 しかしエルロッドはひれ伏すどころか膝も突かず、木刀を軽く一振りするだけでククロマの術式を吹き飛ばしました。


 「というか俺はお前の邪魔をする気は無いんだけど…何で攻撃してくるんだよ」


 エルロッドの一言の間に土の槍、氷の礫、炎の渦、雷撃の雨が絶え間無く降り注いでいましたが、それを片手間に処理しつつククロマに近付いていくのが勇者です。

 眼前に立つエルロッドに零距離で大魔法を撃ち込んでも無力化される始末。ククロマはやがて戦意を喪失し、その場に座り込んでしまいました。


 「…殺しなさい」


 無言で見下ろすエルロッドにしびれを切らしたのか、ククロマが苛立たしげに口を開きます。


 「殺さないな」


 しかしエルロッドはそんなククロマの様子など意に介さず微笑すら浮かべて答えます。


 「…なんで?」


 「いや、君はただ捕まっていただけだろう?攻撃をしてきただけで殺しはしないよ。理由があるんだろ?」


 「え?馬鹿なの?普通に考えて私が黒幕なんだけど?モーノが燕尾服着てたり私だけ生かす価値もないのに生きてたり結構ヒントとかあったと思うんだけど」


 ククロマが呆れ顔でエルロッドの方を睨むと深い深いため息をつきました。


 「…こ…こんな馬鹿に負けたの、私…」


 エルロッドは馬鹿呼ばわりされて少し傷つきましたが、間違いではないので訂正しませんでした。

 わからないことはわからないので、素直にククロマに聞くことにしたエルロッド。


 「君が黒幕ってどういうことだい?君は人なのに人を裏切るのか?」


 「人を裏切る?私が人?ううん、違うわ。私はこの天才的な頭脳と最強の魔力を持つ、魔族寄りですもの」


 ふんす、と鼻息も荒くそう言ってのける貴族の少女。自信たっぷりです。


 「…いや、人じゃん」


 「何言ってんの?」


 「魂に刻まれた生物としての波長があるんだけどさ。魔族と人では全く別のものなんだよ。君は人」


 ククロマを諭すエルロッド。

 しかしククロマはそんなことでは挫けません。


 「そんなこと知ってるわ。能力が魔族寄りだって言ってるの!」


 「お前が魔族なら圧倒した俺はなんだ、魔王様か?ん?」


 にやにやとうすら笑いを貼り付けてククロマの顔をのぞき込むエルロッド。


 「くっ…人間ごときに私より強い奴がいるなんて思わなかったわ…」


 しかし煽りには弱いようで、エルロッドの言動に青筋を立てて拳を震わせるククロマ。


 「人間ごときってお前」


 「だって人って頭悪いんだもん。無詠唱での解呪連発、しかも話しながら歩きながらのうえに発動速度まで速いとか、ほんとに人間なの?」


 それを聞いてエルロッドは苦笑い。後ろの方で聞いていたアキンドは小さく「エルロッド殿は規格外ですからな」と呟き、モーノはククロマの方に歩いて行ってエルロッドが魔人と呼ばれていることや次期魔王を目指す謀反人だということを伝えました。


 「…え、彼次の魔王なの?…私の計画意味無いじゃない…人側の都市を一つ奪ってベルナイアをも葬って現魔王に取り入って魔族として生きる私の計画が意味無いじゃない…!!」


 「お前そんなこと考えてたのかよ。自分一人がそんなことしたいがために家族どころか領地まで売ったのかよ。怖っ」


 エルロッド、ドン引き。ククロマ涙目でした。


 「あとついでに言うけど、魔族の方がアホばっかりだと思うし、お前より強いやつを俺は十人くらいは知ってる。人間でな」


 ククロマはそれを聞いて驚きます。


 「…えっ、私より強い人そんなにいるの?」


 「いっぱいいるよ。世間知らずも行き過ぎると魔族になりたいとか言い出すんだな。ウケる」


 エルロッドはそう呟いた後、しばらくククロマの魔法練習用のサンドバッグにされていましたとさ。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 いや、断罪しなよ!


 失礼しました。今日はこのあたりで。


※5/19 修正しました。

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