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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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七十五話 「旅、さいかい」

 「さて、と。エル、貴様何やらやり遂げたような晴れやかな表情だが…大魔導書(グリモワール)の処理という仕事が残っているのだぞ?」


 こめかみグリグリから解放され、達成感に満ち溢れた顔のエルロッドに下されたのはそんな無慈悲な宣告です。


 とは言っても大魔導書(グリモワール)の処理なんて大した仕事でもありません。澱んだ魔力を吸い出して散らしてしまえば数十年の間は意思を持たなくなりますし、厳重に六六六書架を封印すれば今回のような件もしばらくはないでしょう。


 そこまで考えつつもうつ伏せになり、大の字で床に転がりながらエルロッドは尋ねます。


 「頭痛いやつ治ってからじゃダメか…?」


 「ベルナイアに行って帰ってくるのを待っていたのだからこれ以上は待てんな。そもそもそう猶予のある話でもないのだ」


 ルサルカは嘆息すると即座にエルロッドを切って捨てました。

 猶予が無い、とはどういう事でしょうか。ぐうたら勇者が小さな師匠にもう一度尋ねると、返ってきた答えは、「ルサルカ一人での封印は危険なほど大魔導書達がうるさい」というものでした。


 「引き合うのを分散するか片方が引き受けて防御に徹してるうちにひとつずつ処理するってことか…動きたくないな…」


 「手段としてはな。とりあえず、精神防御の甘いものでは次々に大魔導書に食われてしまいかねんのだ」


 そういうわけで、動け馬鹿が!とルサルカがエルロッドの耳元で叫ぶとエルロッドの首根っこを掴み強制的に地下の書庫へと連行していったのでした。



―――――



 「ねぇねェ何してんのォ?開こーよォ、ヒマでしょ?」


 「うっせぇこっちは集中してんだバカ」


 「返事をするでないわ馬鹿が」


 薄暗い六六六書架にて、エルロッドが一身に大魔導書の精神攻撃を受け止めていました。


 「この程度返事したところで呑まれないって、心配症だなぁ…」


 「うるさいから黙れと言っているのだ!黙らんか!集中できんわ!」


 ルサルカの怒号に顔をしかめると、向き直って防御に徹するエルロッドでしたが、その表情は納得とは程遠いものでした。


 「全く…」


 ルサルカは呆れ顔で溜息をつき、椅子に座り直して足を組むとお洒落な店で買ったクッキーを食べ、持参した持ってきたティーセットで紅茶を淹れ直すと早速本を読み始めました。


 「…ふふっ…」


 防御し続けるエルロッドの後ろから聞こえてくるのは呪文の詠唱ではなく紙をめくる音とルサルカの控えめな笑い声。それから紅茶を啜る音とクッキーを齧る音が少しでした。


 「いい加減解放してくれませんかねぇ…?」


 「修行だと思って黙っていろ」


 ベルナイアに行くエルロッドを見送れなかったのがそんなに頭にきたのかと察し、甘んじて罰を受けているエルロッドでしたが流石に限界です。


 「いーやもう怒ったね!前からは不快な声後ろからは読書とティータイムの音だ!アホか!これでもう三日目だぞ!付き合ってられるか!」


 激昂するエルロッドでしたが、三日目なら仕方ないですね。

 しかし、防御を解いて離脱しようとするエルロッドにルサルカが声を掛けました。



 「私が何の意味もなくこの本を読んでいると思うのか?」



 「…なん…だと…?ならそれはまさか、読み終わると発動する高度な術式が組み込まれた魔道具…!?」


 ルサルカの意味深な言葉と不敵な表情にごくりと喉を鳴らす勇者。大賢者がゆっくりと口を開きます。


 「…いや、せっかく一昨日最新巻が出たばかりの小説なのでな、一から読み直しているだけだ」


 「ざっけんな!」


 叫ぶや否や障壁を解除するエルロッドに、好機と見た大魔導書が襲い掛かります。しかし勿論そんな隙を見せるエルロッドではなく、ルサルカの背後にまで後退します。


 いえ、後退しようとしました。


 「バカめ!」


 が、ルサルカが張った結界に阻まれてそれは叶いませんでした。予想外の障害に驚き足を止めてしまうエルロッド。大魔導書七冊が相手では割と洒落になりません。

 まさかの師匠によって窮地に追い込まれる勇者。

 エルロッドが焦燥を浮かべて振り向くと、既に大魔導書による精神感応の魔法が眼前に迫っていました。


 「くっ…!?」


 左手は上がっていますが無詠唱の防御すら間に合うかわからない状況です。

 加速する思考の中、防御が間に合わないと悟ったエルロッドが取った行動は…何もしない、でした。


 「やれやれ、困った弟子だ」


 「これで正解だろ?師匠」


 全ての攻撃がエルロッドに届く前に掻き消えたのを確認したエルロッドは内心ドキドキしつつもルサルカの方を振り返りました。

 ルサルカは未だにクッキーを頬張りながら読書を継続しています。


 「んむ…まぁ、障壁を解除した我が弟子に一斉に襲い掛かる隙を狙い打つというのは一つの案としてあったな」


 「…一つの?」


 訝しげな表情で訊き返すエルロッド。

 ルサルカは本から目を離さずに答えます。


 「最善の案は読書が終わるまでエルに耐えさせて、終わったところを」


 「そんなに待てるか!」


 ルサルカが言い終わるのを待たずにエルロッドが割り込みますが、ルサルカは依然落ち着いています。


 「話は最後まで聞かんか」


 「…なんだよ」


 「私が最後まで読み終わったところを、エルが撃退する、というのが最善の案だ」


 「師匠は戦わないからねぇ!?」


 予想と全く違うやり方だったものですからエルロッドはドン引きでした。既にこの師匠は怠惰の(ベルフェゴール・)大魔導書グリモワールを開けてしまったのではないだろうか…と頭を抱えていると、いつの間にか本を読み終わったらしいルサルカがエルロッドをジト目で睨みつけていました。


 「失礼なことを考えているな…?」


 「ははっ滅相もない」


 「……」


 「……」


 微妙な空気が流れ始め、エルロッドの顔に張り付いた薄い笑顔の仮面が剥がれ始めます。歪に吊り上がった口角が痙攣し始めたのです。


 「…おい」


 「むむっ!あっちに魔王の気配が!こうしてはいられない!師匠、俺は人類を救ってくるぜ!」


 魔王領とは正反対の方向を指さして一息にまくし立てるとエルロッドは踵を返して地上まで駆けて行きました。


 「久々の師弟水入らずだったんだがなぁ…」


 不満そうなルサルカですが、頬を膨らませつつも仕方なく大魔導書一つ一つ、仕上げに六六六書架全体に処理を施して地上への道をゆっくり歩き始めました。


 「あぁ、大魔導書達。こんなことに突き合わせて悪かったな。協力感謝する」



―――――



 翌日。


 「………知らない天…天井は?」


 目が覚めたエルロッドは、目の前に天井がないことに気付きました。ここは外です。爽やかな朝の陽射しと小鳥のさえずりがエルロッドを覚醒に導くと、エルロッドも自然と何があったのかを思い出しました。


 「そうだ俺は、アルテア城で寝て…多分その後師匠に運び出されたんだな」


 思い出しましたが、室内で寝た記憶しかありませんでした。

 起き上がってあたりを見渡すと、どうやらアルテア城の中庭のようですから仮定は正しいようです。そもそもエルロッドが寝ている間に起こさず近付けるのは師匠であるルサルカのみなのですが。


 「こういうことするなら信用できねえなぁ…」


 ぼそり。

 なんとはなしに小さく呟いただけでしたが、恐らく聞いていたのでしょう。物陰からルサルカが出てきて泣きそうな表情で近付いてきます。


 「…おもちゃが減ってしまうではないか…ぐす…」


 「あぁ俺ってそういう認識…?」


 一週目の世界で何度となくしたやり取りを経て、この人だけはこの世界でも味方でいてくれるだろうなぁと感慨に耽るエルロッド。

 顔をあげると、ルサルカは既に嘘泣きをやめて真剣な表情を浮かべていました。


 「…エルよ。行くのか?」


 「え、あぁ…もうそろそろ進まないと人類がやばそうだからな。師匠も早く準備してくれよ」


 深刻な表情の師匠に対し、笑顔で言い放つ弟子。適当なエルロッドの様子にルサルカも幾分表情が和らぎました。


 「…やばそうってお前…というかエル、私についてきてほしいのか?」


 「や、別に」


 「まぁ確かにお前もまだ師匠を頼りたい時期だろう。だが、人類の希望たるお前がそんな有様ではアレェ?」


 真面目な顔付きで語るルサルカでしたが、違和感に気付き変な顔になりました。


 「えっ…そっか…いや、成長は喜ばしいことなんだが…」


 「あー、違う違う、魔王相手じゃ俺も勝てるかわかんないしさ。封印はするつもりだけど、相討ちになれば同行者は危ない。だから、師匠には安全なとこにいてほしいかなーって…まぁ、師匠だったら俺が魔王にやられてもひとりで倒しそうではあるけど…」


 ルサルカはその言葉に納得したようで、母のような慈愛の眼差しでエルロッドに語りかけます。


 「弟子の分際で師匠の心配など愚かにも程があるな。矯正する必要がありそうだ…なので、とりあえず魔王を倒したら真っ先に私に会いに来い」


 「学長と両親に報告してからな」


 「空気読めよ」


 「わかったわかった」


 もっと感動的な場面じゃないのかこれは…と思いつつも、しんみりしても仕方ないしこれでいいか、と思いアルテア城から出撃していくエルロッドを見送るルサルカでした。


 ちなみにウィザはその頃、自室のベッドですやすやと眠っていました。



―――――



 「ッし、また一人旅だな。頑張ろ」


 常に人といた魔術都市だったなぁ、と少し寂しくなるエルロッドでしたが、魔王を無事に倒したらまた来ると決めてサリィへイムの門を潜ります。

 門が起動して、ダミーであるサリィヘイムの景色が目の前に現れました。


 「次の街は…あっちか。何も無かったらそれが一番なんだけど…」


 次の目標を確認すると、飛行の魔法を展開して飛び立とうとするエルロッド。

 離陸の為に膝を曲げ、跳躍の姿勢になった所で後ろから声が聞こえてきました。


 「おお、エルロッド殿!タイミングぴったりですな!流石ですぞ!」


 「その声は……アキンドさん…」


 跳躍を中止し振り返ると、恰幅のいい商人が手を振りながら馬車に乗って向かってくるところでした。

 三ヶ月ぶりくらいぶりです、千歳衣木です。忘れてる方ははじめまして。忘れてない方は更新遅れてしまい申し訳ございません。言い訳はしませんが、一言言わせて欲しいのが、忙しかったんです!すみません。言い訳でした。


 今回もお読み頂きありがとうございます。

 ついに正ヒロインが再登場したということで、物語も後半戦に突入したと思いたいところです。


 書くのがしんどいとかそういったことは無いのですが、書きたいものが溜まってきてしまってちょっとアレなんですよ。いつもの事なのでしばらくしたらアイデアごとどこかへ行くと思いますが。


 とりあえず、今日から平日は毎日更新するつもりです。更新が無かったら異世界に巻き込まれて死んだと思ってくださると幸いです。

 ではまた次回…。

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