七十四話 「望まれるもの」
最前線のさらに前。エルロッドはフレデリカとイムを下がらせ、大規模な攻撃が可能になるチャンスを待っていました。
しかし冒険者達は引いてくれるわけもなく、エルロッドは一体一体地道に切り伏せていかなければなりません。
「せめて魔物達の中に切り込んでる奴らが戻ってくれればいいんだけど…どれくらいいるか見当もつかないしどうしよう…」
エルロッドには、自分対全敵軍という状況は問題ないのですが、今は冒険者軍が全面で戦闘状態です。犠牲者の増加を止めることは出来ないでしょう。
ダメ元でイムとフレデリカを、後退命令を出してもらえるよう総大将の元へ送りましたが、ぽっと出のエルロッドの為だけにリスクを冒すというのは考えにくいですね。
「この範囲だと何万だ…?選別の裁きを使えればいけるか…いや、人以外の種族ってなると結構味方もやられそうだし…」
無差別攻撃か超広範囲殲滅攻撃のどちらかしかないエルロッドは、共闘の経験があまりにも少なすぎました。
どうしたらいいかわからずにいると、遠くから轟音が鳴り響きます。
「魔物共…許さんである!」
轟音はエルロッドの方へと凄まじい勢いで近付いてきていました。夥しい量の魔物を吹き飛ばして。
「…あ…アザト?」
「む!久しぶりである!」
その轟音の元は、かつての級友、Sクラスのうちの一人であるアザト・バッシュでした。
相も変わらずパワーと硬度には目を見張るものがあります。
「おやおや…こんなところでお会いするとは。しかしダメではないですか、あまり魔王軍と戦っては…」
そしてアザトの後ろから現れたのは氷の斧槍使い、ベルルカ・レオン・ハルバード。見たところ、どうやらSクラスの中でこの場にいるのはこの二人だけのようです。
「ベルルカ!久しぶりだな!……魔王軍と戦っちゃダメって、どういうことだ?」
戦場にいるにも関わらず呑気に会話を始めるエルロッド。そして同じく優しい笑みを浮かべて答えるベルルカ。
「忘れたのですか?魔王と勇者の魂の加護は互いに対応していますよね」
「言ってたな。言ってたけど、人々の希望を集める必要があるってことしかよく聞いてなかった」
美麗な好青年は苦笑すると、やれやれとばかりに続きを話し始めます。
「こちらが強くなる方法はそれ以外にもあるんですよ。魂の加護を持つ魔王が、我々人族側の存在を殺す。これだけで私たちは強くなれます」
「…あぁ、言ってたかも」
「言ってたんですよ。それと同じように、勇者であるあなたが魔王側の存在を殺せば、それだけで相手は強化されていきます。もちろん魔王側とて、勇者が希望を集めることで強くなれるように、配下の恐怖と絶望を得ることで強くなれますから、相手の数は減らさなければならないですが…」
ベルルカがそこまで話した所でエルロッドも気付きました。
「魔王は後ろにいるから魔物がいくら人を殺しても俺は強くならないし、むしろ弱体化する…だが俺は最前線で戦うから魔王は強くなる…」
「そうです。おそらく、魔王が前線に出てこないのは、一番の脅威である勇者が強化されないようにするためでしょう」
「…てことは、魔物の軍勢は放置して俺は魔王だけを倒さないといけないのか?人族が滅び切る前に…」
以前舞おうと戦った時のようにあっさり負けてしまったらどうしよう、と珍しく悲壮的な表情を浮かべると、アザトが笑ってエルロッドの背を叩きました。
「何をひとりで背負おうとしているのであるか?」
ベルルカがニコッと笑って引き継ぎます。
「魔物の軍勢なんかは、魂の加護を持たない我々に任せておけば良いのです。ほら」
そういって戦場を見るように促します。
エルロッドがはっとした顔でアザトを見、ベルルカを見、そして戦場を見ると、戦場では光線が降り注ぎ、巨人が闊歩し、雷光と爆炎と竜巻が魔物を吹き飛ばしていました。
「ハココさんもシキさんもヒスイさんも来ていますよ。しかし…エルロッドさんの魂がここにあることを察知して即座に魔物達を送り込むとは、魔王も焦っているようですね」
「…あぁ、強化が芳しくないのかな」
「そういう、ことでしょうね。恐らくですが、魔王の魂の加護は魂の輝きの強さには関係なく、その量で強化されていく仕組みです。今回の魔物達を一人で倒していたら、相当大変だったでしょうね」
魔物の群れを倒さなくてよかった…と思ったエルロッドでしたが、アインでもハルジアでもめちゃくちゃな数を殲滅したことを思い出して白目を剥きました。
「だ…大丈夫であるか?」
「あー、うん、ちょっと嫌なこと思い出した…」
「そ、そうであるか…」
エルロッドは若干凹んでいるようですが、アインでは魔物の数と同じくらいの人を助けましたし、ハルジアではハルジアにいた以外の商人たちからも伝聞で希望を託されていますから、ハルジアでは倒した数より託された希望の方が多いです。
そしてサリィヘイムで現れた敵は大魔導書由来ですから、魔王の強化には繋がっていません。
そして何より、今回は最前線の勇者達が魔物の数を減らしているので、魔王は配下からの恐怖と絶望でしか強化が効かないところを供給源が減っていくという状況でした。
「まぁいいや、俺はもっと希望を集める必要があるみたいだ…ここは任せていいんだよな?」
「任せるである!」
「えぇ、勿論。あぁ、シキさんから伝言ですが、『魔王ごときに負けるでないぞ。それから始祖吸血鬼の討伐、ありがとう』だそうです」
「…そっか!了解!シキ達にもよろしく言っといてくれ!じゃあなー!」
シキの伝言の後半はどういうことだかよくわからないエルロッドでしたが、シキのためになにか出来たみたいだとわかると心底嬉しそうな笑顔を浮かべてベルナイアの方へ飛んでいきました。
―――――
「さて、お前ら。そろそろ帰るぞ」
ベルナイアの外壁。エルロッドは、サリィヘイムから攫われた魔女達に話しかけていました。
「えー、まだ魔物倒してなーい」
「ほかの街にさらわれた子達助けに行っていーい?」
「帰るのヤダー!勉強ヤダー!」
しかしさらわれて怖かっただろうに、この魔女達はサリィヘイムに帰る方が嫌なようです。
「…まぁ、ほかの街にさらわれたヤツら助けつつ戻るならいい。早く行くぞ」
「えーん、もうなの…」
「ぶー」
賑やかな一行はその後、助けられるものを助け、助けられなかった同胞の分の報復をし、転移陣を介して三日掛けてサリィヘイムに戻ってきました。
「…え…る…ろ…」
エルロッドが魔女たちを連れてサリィヘイムはアルテア城へと戻ってくると、ウィザが息も絶え絶えに這いずって来るのが見えました。
「えっ、なに…」
「エルよ…随分と遅かったな。お陰でウィザのこめかみはもうボロボロではないか」
戸惑うエルロッドの前に現れたのは青筋を浮かべたルサルカでした。
「いや、それ師匠がやめればよか」
「黙れ!さぁて、見送りの一つも許さずに出て行ったのだから土産話を聞かせてもらおうか」
「いっ…それは急を要するからで…」
「自分の師匠に出向かせずに自分から来ればよかっただけではないか?ん?」
「しっ、師匠!やめ…や…死ぬうううう!!?」
その日からしばらく、サリィヘイムに響く絶叫の声色が変わったとか…。
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