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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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七十二話 「戦場」

 エルロッド達が呑気に街の外壁の上に現れた頃、冒険者達や他の同期の勇者達が、それぞれの決意を胸に交戦を開始するところでした。

 勿論まだ街には接近されていませんが、お互いに魔法による遠距離攻撃の射程内です。


 「行くぞ!()ェ!」


 ベルナイアの街から幾筋もの光が魔物達に降り注ぎますが、当然向こうからも魔法攻撃はやってきます。


 「総員ッ!結界防御!」


 魔法職の冒険者達を統率するのはベルナイアの冒険者ギルドのサブマスター、アルカイドです。

 声を張り上げて指示を出しています。

 アルカイドの指示に一糸乱れぬ連携で攻撃、防御、回避を行う様は冒険者と言うより軍隊のようでした。


 「凄いな。流石最前線の冒険者達…訓練されてる」


 戦闘に参加せずにぼーっと突っ立っていたエルロッド達三人。


 「そうですわね、何度も襲撃があったから、訓練しないといけなくて…」


 蠢く黒い波を眺めながらそう呟くフレデリカ。


 「…って、何ですのこれ!?」 


 どうやらあまりの規模に呆然としていたようです。我に返ったのか、声を荒らげて魔物の群れを睨みつけます。

 未知のものに遭遇した猫のごとく敵対心を剥き出しにしているフレデリカを見て苦笑したイムは、嘆息して言いました。


 「この規模は流石に…危ないかもね…」


 どこか諦めた様子のイムに、冗談めかしてフレデリカ。


 「いいではないですか、ルッタオさん。あなたは死なないのですから」


 そうは言いましたが、フレデリカもわかっています。イムの諦めは自分の命などに対してではないことを。不死者ゆえの悩みを。大事な者を失っても、自分は決して死なない。どんな戦いの中に身を置いても自分だけは絶対に生き残ってしまうという苦しみを。


 「あの」


 エルロッドが何かを言い出そうとした瞬間、アルカイドが怒声をあげます。


 「そこの冒険者の子供たち!怖いなら引っ込んでいなさい!」


 一瞬ののち、自分たちのことだと悟った勇者パーティは赤面するとそれなりの高さを持つベルナイアの外壁から身を躍らせました。


 「ごめんなさい!戦ってきますわああああぁぁあ!?」


 エルロッドとイムに釣られて飛び出してしまったフレデリカですが、もちろん魔法職です。

 ベルナイアの冒険者軍団に所属しない者も、魔法職の殆どは外壁から魔法攻撃に徹しています。つまり白兵戦に魔法職が飛び込むのは自殺行為ということです。


 ついでにいうと、サリィヘイムの魔女達もちゃっかり参戦、外壁の上からやたら練度の高い魔法を連発していたので、魔法職の方は相当に安全でしょう。


 「いいのかフレデリカ、出てきちゃったけど」


 「それよりこんな所から落ちたら死んでしまいます!」


 やめてください!とわけのわからない叫びをあげるフレデリカ。

 と思いきや、即座に無詠唱での飛行魔法を完成させてふわりと地面に降り立ちました。


 「あ、危なかった……」


 本気で焦っていたのか、ぜーはーと肩で息をするフレデリカ。それを見たイムがクスクスと笑い、燃やし尽くされましたが、二人共無事なようでなによりです。

 そしてエルロッドはなにやらフレデリカのふわりと舞い上がったローブに興味があるみたいですね。


 「なぁ、今気付いたんだけど…装備良くなってるよな」


 後方とはいえ戦場の只中でする会話ではありませんが、三人は行軍しつつも談笑し始めました。



―――――



 「報告!左翼の主力のうち、ランクB冒険者ロデンが戦死!」


 「報告!右翼後方に奇襲!魔族の率いる遊撃部隊と思われます!」


 「報告ゥ!右翼の部隊のうち半数が挟撃によって孤立!このままでは持ちません!」


 次々ともたらされる悪い情報の数々。

 ベルナイア最強の冒険者にしていくつもの逸話をもつ英雄であり、この街の冒険者を束ねる存在、ギルドマスターのエルフォート・メイカー。

 彼は前線から一度戻り、全体の状況の把握に務めていました。


 「まずいな…俺含めバルド達のいる中央は持ちこたえているが…わかった、左翼に何人か派遣しろ。右翼は俺が行く」


 そう呟くと、ふと気が付いたのか伝令に尋ねるエルフォート。


 「…おい、全体には後退気味でむしろ相手を引き込んで孤立させろという指示が出てたはずだ。右翼は奇襲されるほど前に出てたのか?」


 どこか苛立ちを含んだエルフォートの声に萎縮しつつもしっかりと答える伝令。


 「…ハッ!どうやら敵遊撃隊によってチクチクと刺され、相手が退却の様子を見せたところにまんまと釣られたそうです」


 右翼の指揮官など孤立してそのまま死んでしまえと思ったエルフォートでしたが、任命した自分にも責任はあるし、兵として戦う冒険者たちを殺す必要は無いと思い直します。


 「…で、右翼の指揮官で釣られたのはどっちだ」


 生きていたらお仕置きしてやろうと名前を尋ねるエルフォート。


 「ええと…トム・ユーターですね」


 「あんのバカが…」


 ですが、目を掛けていた若い冒険者の名前が出た途端に飛び出して行ってしまいました。



―――――



 「セイ!ハァ!!…クソ、前からも後ろからも来るな…みんな持ちこたえろ!援軍が来るはずだ!」


 右翼にて孤立した部隊の指揮官、トム・ユーター…いえ、戸村ゆうたがヤケクソとばかりに剣を振るっていました。


 「なんでこんなことに…畜生!」


 彼の本名はジェイク=サン。孤児です。

 孤児なのになぜ苗字があるのかというと、サン孤児院で育ったから。サン孤児院で育った子供たちにはことごとく、サンという苗字が与えられていました。


 そして何故前世の名前を名乗っているのかというと、ジェイクという名も良かったのですが、孤児院を出て冒険者ギルドに登録した時、つい戸村ゆうたと名乗ってしまい、前世と同じ名前で過ごすことになってしまったのです。


 「異世界転生チートもりもりハーレム放題超金持ち!なんて所詮物語の中だけでしか有り得ないのか…成り上がってやろうと思ったのに!」


 いつも通りわけのわからないことを叫びながら敵を屠っていくトムの姿は、チート持ちと言われても違和感がない程度には強かったのですが、当の本人は納得していないようです。


 「他にも転生者とかいるのかな…。そういやうちのギルマス、チート持ちって言っても違和感ない強さだけどもしかして…」


 喋りながらも敵を切り伏せていきますがやはり多勢に無勢。人も足りていないのに両面作戦どころか完全包囲で攻撃されていては、すぐに潰れてしまうでしょう。


 「こんな所で死にたくねーんだけどなぁ…」


 小さくそう呟くと、覚悟を決めたのか顔つきが変わりました。


 「よし、皆!お前達は帰っても結婚出来ないし、無事戦いが終わっても戦友と酒を飲むことは禁止する!また、自分ひとりで敵を食い止めてみんなを先に行かせるのもナシだ!わかったな!」


 真剣な顔で何を言い出すのかと思えば、死亡フラグを建てないようにする、もしくは既に建っているものを折りに来たようです。


 「何いってんのかわかんねーぞ、トム!」


 「アホなこと言ってないで戦えよ!バーカ!」


 それは気休めに過ぎないのでしょうが、幾分余裕が出てきた冒険者達は再度奮起しました。

 エルフォートが助けに来てくれることを信じて。



―――――



 戦場では何人もの冒険者達が倒れ、少なくない死傷者が出ている中、流石に走り始めたエルロッド達でしたが、会話の内容は未だにイムとフレデリカの新たな装備についてでした。


 「ふーん。じゃあ魔物の素材を元に新しい鎧とかローブとか作れるんだ。その杖も?」


 魔物の死体を身につけるとかどうなんだろうなぁと思っている様子のエルロッドに気付いていないのか、得意気に装備を披露するフレデリカ。

 走りながらだというのに息も切らさず、器用なものです。


 「これはリッチの頭骨と腕骨を削り出して加工したものですわ。炎との親和性が高いルビーをはめ込んで、ファイアドレイクの鱗でグリップの魔力伝導率を上げてもらいました」


 「なんかすげーな」


 言ってることはわかりますが、どうしてそんなことしようと思ったのかわからないエルロッド。

 しかしフレデリカは気分を害した様子もなく、リッチの頭骨と思しき部分に頬擦りしています。


 それをげんなりした様子で見つめるエルロッドに、今度はイムが話しかけます。


 「ボクのは聞いてくれないのかい?」


 「いや…だってお前のその…何?コート?コートとか武器とかから不死性を感じるし…聴きたくない…」


 フレデリカの時よりもげんなりした様子のエルロッド。しかしイムは恍惚とした表情で話を勝手に始めてしまいました。


 「このコートには僕の髪が編み込まれていて、完全では無いけど不死性を付与したんだ。装備をすぐ破損しちゃうから自動修復は必須だし、攻撃を受けたそばから直るから致命的な一瞬の行動不能とかもあまり無くなったんだ」


 「へ、へぇ…髪…」


 髪の毛も再生するんですね。


 「武器はこれ、黒い逆十字。まず髪を埋め込んで不死性を部分的に付与することで形状変化ができて、目を埋め込んだことで魔導狙撃補助杖(まどうライフル)、骨を埋め込んだことで呪詛戦斧(カースアックス)、他にも――」


 「あーうん、めっちゃすごい、凄すぎて頭に入ってこないから遠慮しとくわ」


 自分の目とか骨とか埋め込む精神が本当にわからないエルロッドでしたが、良く考えたらイムは元からよくわからないので思考を放棄することにしました。

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