六話 「テテア山暗躍勇者」
「さて、と。このまま王都に向かってもいいんだけど…」
無事に冒険者登録を済ませ、身分証明の手段を手に入れたエルロッドは木刀を肩に担ぎ、左右に揺らしながらテテアの整備された石畳の上を歩いていました。
「確か盗賊団がそこの山に潜伏していて、前回宿泊して二日目…だから、今日から考えると三日後くらいに商隊が襲われるんだったっけな…?」
一週目の経験を生かして事前に事件を防ぐつもりのようです。
先程ミスを犯してしまい、事件などの過去は変えられないのでは?と考えたことなどすっかり忘れているエルロッドはまさしくバカと言うべき存在ですね。
まぁそれでも今回は街の人たちからは見えない場所でのこと。
前回は討伐隊が組まれた程の規模の盗賊を倒して引き渡せばエルロッドも見直されることでしょう。
「そうと決まれば早速行くか」
呟くとエルロッドは来た道を引き返し、街の門から外に繰り出したのでした。
―――――
「このあたりの魔力反応は…索敵」
山の麓にやってきたエルロッドは魔力を感知する魔法を使い、盗賊たちの居場所を探します。
人間は誰しも魔力を持っているため、ある程度の実力があれば索敵は容易なのです。
勿論隠蔽する方法もいくつかありますが。
「あっちに…ふむ…ざっと五十人?やってやるか」
軽装で山の中をサクサク歩いていくエルロッド。その後方10m程離れたところに、冒険者五人のパーティがいることも知らずに。
いや勿論エルロッドは索敵の時点で気付いていたのですが、圧倒的強者の余裕ともいうべきか、意識して感知した盗賊たち以外は無意識のうちにスルーしてしまっていたのでした。
「魔人エルロッド…あいつどこに行くつもりだ?」
冒険者パーティの一人がそう呟きます。
「それを探るのが仕事だろ?…見失う前に追うぞ」
「そうだな…しかしこんな地面中穴だらけで危ない所に来るハメになるなんてなぁ…」
魔人だと疑われた勇者エルロッドはそんなことなど露知らず、盗賊の捕縛のために酷く呑気な足取りで歩いていきます。
エルロッド自身はとても気軽に歩いていますが、この山はパッと見では気付かないような自然の落とし穴がたくさんある危険な山です。基本はそこまでの深さがある訳では無いのですが、落ちたら危ないため、そんなところをサクサク歩いて行ける時点で只者ではありませんね。
そんな只者ではない歴代最強の勇者は捕縛の方法について考えていました。
「死人が出ないようにすること、環境を破壊しないこと…これを前提にすると素手と魔法のみで戦うべきか」
手をグーパーグーパーすると、エルロッドは手に持った木刀を宙に向けて振ります。
すると木刀は跡形もなく消え去ってしまいました。
なんてことはない無属性魔法、空間拡張と物質収納の複合魔法、勇者命名、隠蔽倉庫。と言いたいところなのですが、現在の世界においては火、水、風、土、聖、闇の六属性に含まれない無属性魔法は大半が失われた魔法だと言われています。
何が言いたいのかというと、後ろで見ていた冒険者パーティにとっては明らかにエルロッドが「人間には知覚できない何か」を行ったようにしか見えなかったということです。
「…魔人の特殊技能か?何をしたんだ、今」
「空間魔法、ってやつかもしれん…どこかに収納したように見える」
「しかし特殊技能にしても多くないか?飛行、魔物の操作、空間魔法…強すぎる」
色めき立つ冒険者たち。エルロッドが魔人であることは最早疑いもしないようですね。
さて、そんなふうにしながら約十五分。エルロッドは盗賊たちの潜伏している山の中腹にある廃鉱の前にたどり着きました。
「こいつ…こんなところに何の用だ?」
「宝でも隠しているのかもしれないぞ」
怪訝な表情で見守る冒険者達。その視線の先で勇者は息を吸い込みます。
「出てこーい!今ならまだ許してやるから!」
あろうことか隠密行動ではなく真正面から叩き潰すつもりのようです。おバカです。
「なんだテメェ!ガキじゃねえか!」
「何しにきやがった!」
「死にてぇのか!?あぁん!?」
「下っ端の下っ端に用はないんだよ、ボスを出してくれないか?」
お怒りの盗賊たちに眉一つ動かさずそう伝えるエルロッド。
少年にそんなことを言われた盗賊の怒りはもはや臨界点。そしてそこにさらなる追い打ちをかけていきます。
「まぁ最後には全滅してもらうんだけどさ」
「舐めやがってぇええええ!」
「ぶっ殺す!」
なんでこいつらはこうも喧嘩っぱやいのかな…そう肩を竦めるアホ勇者。誰かがお前のせいだと教えてあげるべきだと思いますね。
騒ぎを聞きつけてどんどん出てくる盗賊たちに対し、闘気と魔力強化をした勇者はその反則的なスピードと動体視力でいなし、投げ飛ばし、盾にし、蹴り飛ばし、魔法で次々と拘束していきます。
こっそりと逃げ出そうとした者も例外なく地に倒され、ただ一人立つ勇者の前に現れたのは黒く焼けた肌に多くの傷を持ち、明らかに格の違う巨体。きっとこいつが盗賊たちの首領でしょう。
「随分なことをしてくれるじゃねえか、エェ?俺達がなにか悪さでもしたか?山奥でひっそり暮らしてるだけの貧乏人達にこんな仕打ちたぁ…」
しかしその男は威圧をするわけでもなく、悲しそうな目をしてそう言います。
対する勇者は焦る様子もありません。
「ははは、おいおい、お前らは盗賊だろ?大体な、目が笑ってんだよ。それは戦いに飢えてる奴の目だ」
巨体の男の言葉を遮りそう告げました。すると男の口角がニィ、と吊り上がります。
「ガハハ、お見通しか…あのなぁ坊主、お前はそこそこ強いみたいだが…こいつらは盗賊だ。数に物を言わせ、闇夜に乗じて獲物を襲う。正面戦闘はハナから向いてない奴らだ」
そこで一度言葉を切る首領。勇者はその瞬間、急速に目の前の男の闘気が膨れ上がるのを感じました。
「だが俺は違う!俺は傭兵上がりでなぁ…付いた異名は《鬼人》ウルガナ!そいつらとはひと味もふた味も違うぜ!味わえクソガキィ!!オオオオオ!!」
勇者よりさらに離れたところで聞いていた冒険者たちも震え上がる程の闘気を纏い咆吼するウルガナ。
その巨体に見合わぬスピードで踏み込むと一瞬にして視界から姿が消え去ります。
勇者が風を感じた瞬間に飛び上がると、先程まで勇者がいた所に大きな木が一本叩きつけられていました。
「おいおい小鬼さん?それはちょっと環境に宜しくないんじゃないかなぁと思うんだけど…」
飛び上がった勇者が見たものは、ウルガナが近くにあった木を片手で抜き取り、勇者に向かって投げようとしているところでした。
「やるじゃねえかガキィイイイ!死ねぇえええ!」
「話を聞けぇえええ!!」
飛んでくる木を空中で踏み付けて足場にし、ウルガナの方へ翔ける勇者。
「ほい、チェックメイト」
人間離れした動きを見せる勇者ですが、魔法や闘気の類は一切使っていないようです。
そうしてウルガナのもとに到達した勇者は、拳を振り上げます。
しかしウルガナもそんな単調な動きでは倒されまいと、先程見せたように凄まじいスピードで勇者の後ろに回り込んでいきます。
「チェックメイトはお前だァァ!」
両手で抱え込むほどのサイズの大木を振りかぶるウルガナ。振りぬこうと地面を踏み込んだ瞬間…ズボッ。
「んなっ!?」
この山にもともと存在していた自然の落とし穴に思い切り嵌ってしまいました。
「だからチェックメイトって言っただろ。ほい」
勇者はそう呟くとウルガナに強制睡眠及び拘束の魔法を掛けたのでした。