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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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六十八話 「ベルナイアに行こう」

 頭を抱えるメイにエルロッドが言います。追跡(トレース)を使え、と。


 「あっ、わ、忘れ…じゃない、エル君が気付くかどうかを試してたって話なのよ!」


 「あ?」


 勇者にあるまじき歪んだ笑みを浮かべるエルロッドの視線に射抜かれ、メイは縮こまって小さく「追跡」と呟きました。


 「…こっち…は、王都行きの転移陣ね!早速行くわよ!」


 「待て」


 転移陣を発動させようとしたメイを制止してエルロッドがしゃがみこみます。


 「この子の保護を先にしないとだろ。衛兵を呼んでこい」


 メイにそう告げると女の子と目を合わせ、優しげな表情で話しかけるエルロッド。


 「わす…いや、エルくんを試したっていう――」


 優しげな横顔とは掛け離れた殺意と魔力の高まりを感じたメイは慌てて地下室から転がり出ていきました。


 「はぁ…さて、君…大丈夫かい?」


 いい奴ではあるんだけどなぁ、と嘆息するエルロッドを不思議そうに見ていた女の子でしたが、話し掛けられると思い出したかのようにエルロッドの手を引っ張りはじめます。


 「こっち、こっちだよ」


 「な、なんだ?ちょっと待っ、待てって」


 戸惑いつつもついていくエルロッド。女の子が立ち止まったのは転移陣のある部屋の北側。旧コルサーム領行きの転移陣と、ここサリィヘイムから二つ先の街、ノーザス行きの転移陣の間でした。


 「…ここに何か?…ベルナイア行きの転移陣が無いな…」


 全体的に見たらまばらに設置されている転移陣の配置から考えるとそこまで不自然な空間ではありませんが、よく見るとベルナイアを除き王国中に行けるようになっていることを考えるとどう考えても不自然でした。


 「ベル、ナイア、行くって」


 エルロッドは一瞬人名かと思いましたが、すぐにベルナイアのことだと思い直し、自嘲気味に呟きます。


 「…追跡に頼りすぎると危ないな」


 かの大賢者ルサルカでさえも、「魔法は万能かつ正確な答えを導くが、それが必ずしも自分の求める真実とは限らない」と言い残しているのですから、魔法を過信してはならないのです。


 エルロッドはベルナイア行きの転移陣が隠されているだけでなく破壊されていることにも気付き、どうやら王都に行ったのは陽動のようだと考えました。女の子がいなければどうなっていたかわかりません。


 「助かったよ。ありがとな」


 「おねえちゃん、たすけて」


 エルロッドが女の子の頭を撫でると、女の子は気持ちよさそうに目を細めましたが、すぐに真剣な顔付きになってそう言いました。

 おねえちゃん…?エルロッドが考え込む間に女の子の綺麗な瞳には大粒の涙がたまり始めます。


 「あっ、あぁ、お姉ちゃんな、俺が助けてやる!」


 「…う…ぇ…う、ん…おにいさん、ありがとう」


 地下室に泣き声が響き渡らなくてよかったと、心底胸をなで下ろすエルロッドでした。



―――――



 「えっ、いや、え?何?言ってるの?今からベルナイア?待って?」


 「エルくん私もついて行きたいって話なのだけど」


 「一刻を争うんだよ。すぐ連れ帰ってくるから待っててくれ。あとメイ、お前は遅いから留守番だ。女の子を頼んだ」


 サリィヘイムの北門で、領主ウィザと勇者エルロッドがそんな言い合いをしています。エルロッドは一刻も早く出たいのですが、ウィザは「エルがここを出る時には私に伝えろ」という大賢者からの伝言を授かっていて、ルサルカが来るまでなんとか引き留めておかないとあとが怖いのでした。


 「…師匠になんか言われてんのか?自分の領民の安全より自分のこめかみの心配をするようなら、領主やめろよ」


 エルロッドに言われて気付きました。

 確かにこちらにはエルロッドという最強の兵器が居ますが、それだって間に合わなければ無用の産物なのです。

 エルロッドなら何とかしてくれると思いましたが、普通に考えれば一刻を争う状況。いかにエルロッドと言えど、行動は早ければ早いほどいいに決まっていました。


 「そういうわけだ。じゃあな、師匠によろしく!」


 「あっ!?ちょっ、エルロッドくん!?」


 ウィザが慌てて引き留めようとしますが、時既に遅し。エルロッドは門をくぐって高速飛行で北に向かっていきました。


 「…規格外なやつが味方だと、何が起きても大丈夫って思うんだよな、大抵そうだ。前回だって勇者全員が俺の力を過信して死んでいった。できないことの方が多いっていうのに」


 高速飛行しているせいで目が乾くのだと自分に言い訳して涙を拭います。今回は誰も死なせやしないと、エルロッドは固く誓います。魔王なんか片手でひねり潰してやると。


 エルロッドがベルナイアに向かっているその頃、とある民家の一室で数人の男達が話をしていました。


 「ベルナイアの貴族様は魔王領との現最前線だけあって、王様からたんまり貰ってるらしいぜ。勇者や冒険者がいる限り自分らは戦わなくて住むとでも思ってんのかね?」


 一人がつまらなそうにそう言って窓から町並みを眺めます。


 「まぁいいじゃねえか。俺たちは金さえ手に入ればこんな最前線からおさらばするんだからよ」


 「そうそう。つーか不死になれるって伝説があるとはいえ、人間の血を飲み干すってのはまた、変わりもんが多いよなぁ、貴族様ってのはよ」


 別の男たちがそう答えて下卑た笑いを漏らすと、また別の男がにやりと笑って答えました。


 「違いねぇわ。さて、儲かってるであろう奴隷商やらコレクターに取引だ。行くぞてめぇら」


 一斉に立ち上がると、隣の部屋でひとまとめにされている女性達の所に歩いていきました。



 「ここがベルナイアか…やけに景気がいいな」


 本来ならば雪ばかりで作物もろくに育たない辺境の地。それが賑わっているのには勿論、魔王領の存在がありました。

 冒険者たちは魔王領に踏み込み、良質な素材を手に入れてお金を稼いだり、装備を整えてお金を落としたり、娼館でお金を落としたり、宿屋でお金を落としたり、食事でお金を落としたり、お金を落としたりしているため、この街では経済が回り、王都には劣りますが賑わっていたのです。

 ちなみに別称、「娯楽と女と暴力の街ベルナイア」です。…蔑称とも言えますね。


 「…いつもここに売り払ってんのか、それともいろんな所に売り払ってんのか…なんにせよ今回連れ去られた人達は絶対に救い出してやる」


 エルロッドは怒気を孕ませてそう呟き、街の中に入って行きます。もちろん身分証の提示をして門から。


 「…多少強引でも問題ないだろ。拡声(シャウト)


 エルロッドは決して狭いとは言えないベルナイア全体を自分の索敵魔法で覆いました。

 この街程度であればエルロッドにとっては精密索敵範囲(・・・・・・)です。


 「俺は、サリィヘイムから、今来たところだ。人探しでな」


 拡声の魔法によって街中にエルロッドの声が響き渡ります。

 ただそれだけでエルロッドは、魔女狩りと捕まった魔女達を見つけ出しました。


 「…みィつけた」


 口元を吊り上げて笑うエルロッドのセリフは、拡声を切り忘れていたために魔女狩りたちを震え上がらせました。

 いつもお読みいただきありがとうございます、千歳衣木です。どうも千歳衣木です。はい。千歳衣木です。

 今回お読みいただいた皆様ならわかると思いますが、エルロッド、サリィヘイムに戻ります。サリィヘイム編終わるって言ったじゃねえか!言いました!いわば今は魔女狩り編です!詭弁です!すみません!


 まぁあの、場所は変わりましたし、許してください。

 それでは今回はこのあたりで。千歳衣木でした。

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