六十六話 「魔女狩り・狩り」
魔女狩り、という言葉を聞いてルサルカの表情がこわばった気がしますが、それに気付いたのはエルロッドだけでした。
「…魔女狩り、ってのは、暗殺者か何かか?」
エルロッドはこの程度のことまで師匠に頼るのは気が引けたので、字面から推測してウィザに尋ねました。
しかしウィザは仮面のついたアタマを左右に振って答えます。
「いや…大まかに言えば人攫いなんだが…見た目の良い魔女や、希少な種族の魔女なんかが失踪していてな。人間はまだいいのだが、希少な種族の魔女の中には瞳が宝石になる者や、血を飲み干せば不死を得られるといわれている者など…魔物を狩るのと同じ感覚に違いないのだ…!」
話しているうちに怒りが湧いてきたのか、静かに目を瞑りそう言ったウィザの手は微かに震え、語気も僅かに荒くなっているようでした。
エルロッドがちらりとルサルカを見やると、やはり憤りを感じているようです。
「まぁ、魔女狩りを倒すのは構わないんだけど…どこにいるのかとか、わかるか?」
エルロッドはここで三人とも感情に飲まれてはならないと、冷静に迅速にことに当たることにしました。
「…それが…まだ何もわからないんだ。規模も、本拠地どころか他の拠点の場所すらわからない。手口もわからなければ相手の種族も一つたりともわかっていないんだ」
「おいおい、手詰まりじゃないか…」
エルロッドがやれやれと肩をすくめると、ウィザが申し訳なさそうに俯きます。
…頼んでおいて、申し訳ない…。ウィザはそう言ってすぐに顔をあげると、仮面越しにエルロッドを見つめました。
「だが、それなりの実力がある魔女達まで何の痕跡もなく囚われたとなると、魔法至上主義の我々には手口の検討すらつかないのだ…」
魔法に絶対とは言わないまでも、かなりの自信を持っているようだからな、と内心納得しつつ、ウィザの今のセリフからエルロッドは魔女狩りの手口についてなんとなく察していました。
魔封じの腕輪です。
「魔封じの腕輪をどうにかして着けることが出来れば、それを発動して連れ去るのも簡単じゃないか?」
しかしエルロッドのセリフにウィザは首を傾げます。予想通りです。
「まふうじ…?というのは…魔封じか?そんなものがあるのか?」
「あるんだよ。古代術式を貼り付けた量産型のタチの悪いアクセサリがな。…変態貴族の道楽用だと思ったんだが…いや、あながち間違ってもないか」
実在を怪しむというよりは、ただの人が作った魔道具で完全に魔女を抑え込めるのか疑問に感じている様子のウィザでしたが、それを察したエルロッドから古代術式という言葉が出ると一瞬にして表情が凍りつきます。
「…古代術式か…」
ルサルカも苦い顔をしました…が、どちらかというと悪事がバレた子供のような表情です。
「どうしたエルロッド君?」
「師匠が…いや何でもない。魔封じの腕輪だとしたら扱ってる店をひとつ知ってるから、当たってみるよ」
師匠が、と言った途端凄い目つきでルサルカに睨まれたので言葉を濁すエルロッド。このままだとなにやら地雷を踏み抜いてしまいそうなので、早々にここを抜けてこの街に来てすぐに訪れた魔道具店に行くことに決めました。
「…しかしこいつはいつ起きるんだ…」
エルロッドが呟くとルサルカとウィザもエルロッドの目線を追い、納得したように息を吐いて一緒にメイを見つめます。
「そいつ……あれ、起きてないか?」
ルサルカのジト目にまさかと思いつつメイの顔を見つめるエルロッドでしたが、睫毛が震えてるような、気のせいのような…。
「…まぁ、起きてるならそのうちなんか言ってくるでしょ。ちょっと行ってくる」
エルロッドは苦笑しつつそう言ってルサルカ達に背を向けました。
それを見た寂しがりの領主が咄嗟にエルロッドを城門まで案内しようとしたのですが、エルロッドは既に転移魔法で魔道具店に向かった後でした。
「……貴族の道楽、とか言ってましたし、私は貴族に聞き込みをしてみますね…ふ、ふふ、ふ」
「あ、あぁ、そうしてくれ、ウィザ…」
勇者に振られ、仮面を傾け暗い声で笑う領主に、流石の大賢者もドン引きせざるを得ませんでした。ウィザの鬱憤晴らしに付き合わされる貴族のことを思いつつ。
―――――
「…え、えぇ…」
ウィザが魔術都市サリィヘイムの空をあちこちに飛び回り、貴族に不満をぶつけたりしつつ魔封じの腕輪について探っている頃、エルロッドは両手にメイを抱えたまま、元魔道具店の前で立ち尽くしていました。
「“諸事情により閉店中”…って、困るんだけど…ほんの数日で何があったんだ…」
元魔道具店の入口に貼られた紙を読み上げて内心頭を抱える勇者。
エルロッドが訪れてからエルロッドよりインパクトの強い来客は無いと思えますが、そうなると破産でもしたのでしょう。癖の強い店でしたから、客が寄り付かないのも道理です。
「…んー、ここの店主と話せるのが一番楽だったんだけどな…」
メイの安らかな寝顔を見つめながらボソッと呟いたエルロッドに背後から老人が声をかけました。
「そこの方…ジェイムスの魔道具店に用があるのかね?」
「…あ、はい…って、ジェイムス?男ですか?」
てっきり魔道具店の店主はあのお姉さんだと思っていたのですが、どうやら本当の店主は男だったようです。
「そうじゃよ。腕のいい職人でもあってな、ここ半月ほどは店を閉めているよ。なんでも龍の素材が必要なんだと」
店番をしていたのは妻か娘かと思いきや、半月ほど店を閉めていたというご老人。何やら違和感があります。
「…娘さんかなにかが店番をしてた、とかは」
「…んん?ははは、ないな、それは。奴には娘どころか妻もおらんよ。…以前メデューサの髪を取りに行った時、股間を噛まれて石にされたらしいのだよ」
くだらない比喩じゃないだろうな、石って…と思いつつも、少し前にこの店にいたお姉さんはメデューサのハーフのようにも、ましてメデューサそのもののようにも見えませんでした。
となると彼女はここで何をしていたのだろう…。何やらきな臭くなってきました。エルロッドは老人にお礼を言って別れると、あのお姉さんをどうにか探し出そうと決めます。
「魔力の残滓が多過ぎて特定に時間がかかりそうだ…まずいな」
魔女狩りとお姉さんに何らかの関係があった場合、逃げられてしまう可能性がとても高いので、エルロッドが少し焦り気味にそう言うと、腕の中から威勢のいい声が。
「そんな時こそ私に任せなよって話!!」
「メイ…起きたのか」
「…あれ、完璧なタイミングだったと思うんだけど」
「…メイ……起きてたのか…」
場を静寂が支配しました。メイがいわゆるてへぺろをした途端、エルロッドがブチ切れました。
「師匠たちと話してる時から起きてたのかよおおお!!!」
ぽーんと空にメイを放り投げてしまいましたが、何ともなかったかのように石畳にふわりと着地するメイ。
「…や、お母さんの前で起きたくなくて…」
あ、ウィザってやっぱ女性なんだと思いつつエルロッドは溜息をつきました。
「まぁいいけどさ…それより早く魔道具店の人を追ってくれないか?」
メイが自信満々に言い切ったのを思い出してエルロッドがそう言うと、何故か目の前の領主の娘はきょとんと首をかしげました。
「…え、無理って話だよ、それは」
再度キレそうになるエルロッドでしたが、メイがすぐに両手で待ったをかけて説明をすると納得の表情になるのでした。
「俺が顔と魔力を思い浮かべて」
「私が追跡で道筋を示す」
二人は顔を見合わせると、揃ってにやりと笑います。
「魔女狩り・狩り、スタートだ!」
千歳衣木です、が、あとがきに書くようなことはなにもありません!サリィヘイムに来てから男性の出演が無さすぎますが、きっとすぐにおじさん達が現れます!こうご期待!では!
※12/12 誤字訂正、並びに本文の修正を加えました。ご指摘ありがとうございます。助かります。




