六十五話 「アルテア城にようこそ」
「ふふふ…まあいいさ。エルロッド君、君を城に招くとしよう。我が城、アルテアにな」
エルロッドの惚けた顔がよほど間抜けだったのか、素の笑い声を零すとそう言ってウィザは手を差し出しました。
「…え、あ、はい…うん?」
「よし、しっかり捕まっていてくれよ!」
未だによくわかっていないエルロッド。戦闘以外の場面では頭の回転はそこまでよくないのです。
思考の停止した状態でウィザの手を握ると、途端に凄まじい勢いで上に引っ張りあげられ、エルロッドの体中が悲鳴をあげます。ウィザにのみ飛行魔法がかかった状態での牽引飛行です。
エルロッドはすぐに、落としそうになったメイを必死で抱き抱えました。
「肩外れるだろいきなりこんなことしたら!」
相手がこの街の領主であり、さらに自ら魔王を名乗る相手であることも忘れて怒りをあらわにする勇者を見たウィザが言いました。
「ほぉ…?…飛行魔法が使えないとは言わせないぞ?」
ウィザの言葉を聞いて即座に自分に飛行魔法をかけるエルロッド。掛けてもらえないのなら、自分で掛ければいいじゃない…とエルロッドは内心赤面しつつもウィザに切り返します。
「魔王を名乗るくらいだから、俺やメイ含めての飛行付与も余裕かと思ったんだけどな」
エルロッドの言葉に動じる素振りもなく、ウィザは仮面の下で笑いました。
心外だという様子でエルロッドを指さして言います。
「失敬な、私はただエルロッド君の肩が外れる姿が見たかっただけだ!」
「それこそ失敬だろ!てかメイがかわいそうだろうが!」
わぁわぁと騒ぎながら城へと飛んでいく二人は、どう控えめに見ても子供以外の何者でもありません。
くだらない言い合いで息を切らせたふたりは、空に浮かぶ城、アルテアにつくなり膝に手をついて息を整えはじめました。
「全く、負けず嫌いだな、君は」
「あんたには、言われたく、ねぇわ……」
二人がしばらくぜえはあと喘ぎ、どうにか息を整え終わると、突然ウィザが両手を広げてアルテアの城門の前に立ち、エルロッドに向かって言います。
「ようこそ、アルテアへ!歓迎しよう、勇者よ!」
「いや遅いよ!」
そう叫びつつもエルロッドが見上げたアルテアの姿は純白の城壁と鋼色の装飾に空と月の色が跳ね返り、それはそれは美しいものでした。
思わず息をのむ勇者にウィザも何も言わず、ただ城門を開けてエルロッドが我に返るのを待つのでした。
―――――
たっぷり二分ほど硬直していたエルロッドでしたが、どうにか再起動するとウィザがプルプルしながら支えている城門を駆け抜けました。
「さ、流石に、遅い…うで、いたい…」
「魔王じゃねえのかよ」
「…魔法使いの王って意味です…はい…」
ローブが地面につくのも構わずぷるぷるしながら座り込むウィザを見てなんだコイツと思うエルロッドでしたが、悪いのはアルテアに見とれていたエルロッドなので素直に労うことにしました。
「いやほら、お城が素晴らしくてさ、つい、な。ごめんな」
「…そ…そうか、うん、そうだろう!先祖様が作り上げた魔石と魔鉱石の城だからな!はっはっは!」
単純な奴だなぁ、とエルロッドはなんか面白くなってきたのですが、そこからウィザの目指す謁見の間にたどり着くまでの間中ずっと先祖の偉業やら苦労やら、お城にまつわるこぼれ話まで色々な話をされて疲れきってしまいました。
安易に城を褒めるものではありません。
「ふぅ…つかれた…。玉座はいつでもふわふわでいいなあ…あ、勇者君」
背中から飛び込むような形で謁見の間の玉座に座ったウィザは一瞬恍惚の表情を浮かべると、エルロッドの事を呼びました。
本題かと思い、身構えたエルロッドに、ウィザが言います。
「この玉座は、ジンジャー家の偉大なる栄光を築いたサラ様が、当時一緒に旅していた勇者に貰ったものなのだよ。未だにふわふわで劣化知らずなのだが、かけられた魔法は初歩の保護魔法だけだという…七百年は前の話のはずなのだがなぁ」
「マジか」
初歩魔法が七百年切れないのもすごいですが、ここまで来てまだ先祖の話をするウィザについそんな言葉が出てしまうエルロッド。
「おぉ、マジですよ。私に砕けた言葉遣いをするとは、なかなかの大物だな」
「いやそんなのはいいから…え、本題はまだなの?」
エルロッドが若干イライラし始めたのを感じとったウィザが背中に冷や汗を流し始めた時、謁見の間の入口の方からカツカツと石畳を歩く音が聞こえてきました。
「…誰?」
「私だが?」
ウィザが玉座から立ち上がり、杖を構えながら尋ねると、そこにいたのは黒髪の幼女でした。
「いや誰だよ!」
ウィザが叫ぶと、黒髪の幼女――ルサルカが忘れていたとばかりに拳で自分の頭を叩き、舌を出しました。
てへぺろというやつです。
「っ!?攻撃魔法か!?」
「はっははははは!ははは!」
ルサルカのてへぺろに慌てて防御魔法を展開するウィザを見て耐えきれなくなったエルロッドが笑い転げ、ルサルカがスイッチの魔法で大賢者としてよく知られる大人の姿に代わり、ウィザがそれを見て後ろに下がりながら頭を下げようとして玉座の前の段差に躓いて玉座に後頭部から突っ込んでいき、一瞬でわけのわからないことになってしまいました。
「…………す、すまん」
「…………いえ」
「あっはっはっは!あっはは!はは!」
仁王立ちする大賢者の前で無様に玉座に倒れ込んだ領主、そしてその間で笑い転げる勇者。人材だけなら英雄譚でしか揃わないような早々たる面子なのですが。
「ひぃー!はぁっはっ!はははっははは!はぁはっ、ははっは!」
「うるせぇ!」
ウィザが声を荒らげると、やっと謁見の間が静かになりました。
「…あー、ウィザ?」
「なんでしょうルサルカ様」
気を取り直してルサルカがウィザに話しかけると、ウィザも即座に立ち上がってルサルカに向き直ります。
どうやら二人は面識があるようで、ウィザは僅かに緊張しつつも普通の対応でした。
「…ここに来るまで人に会わなかったんだが、召使たちは…」
「今みんな休暇中です。はい」
ルサルカの問いに目線を逸らしながら答えるウィザを見て、ルサルカが同情を浮かべます。
「…舐められとるのう」
「親愛の証ですから!やめてください!」
親愛というのならば、休暇より主人への奉仕を取りそうなものですが、ウィザも薄々勘づいているようなのでつつかないことにしたエルロッドとルサルカでした。
「…まぁいい。ウィザ、エルに用事があるのなら手短に頼みたいのだが、構わぬか?」
真剣な顔でそう言うルサルカに、ウィザも表情を引き締めて応えます。
「もとよりそのつもりですし、構いませんが…なにかあったのですか?」
ルサルカは頷きました。
「大魔導書の処理を早急に終わらせる必要があるのだ。よいか?」
「勿論です。ではエルロッド君、手短に終わらせるとしよっか」
そう言ってエルロッドに向き直り、目を見据えるウィザ。
「あ、はい。よろしく…?」
どう答えたらいいかわからないエルロッドでしたが、ウィザは仮面の下で確かに微笑んで言いました。
「この街にいると思われる、魔女狩りを捕まえて欲しいんだ」
いつもお読みいただきありがとうございます。昨日ぶりです、不定期更新の鬼こと千歳衣木です。すみません。
気を失ったままのメイをどうにかしなければいけないのに、いつになったら起きるんでしょうね。
ウィザは領主なので外界との関わりも多く、魔王や勇者についても当然知っています。わざわざ説明する隙もなかったので、ここで補足になります。すみません。
サリィヘイム編長すぎる…長すぎない?って感じかとは思いますが、暫しお付き合い頂けると幸いです。
それでは今回はこのあたりで。千歳衣木でした。ぐっばい!




