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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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六十話 「ある非道」

 ほんのすこーしばかり、嫌な感じのアレがアレかも知れません。

 幼魔球、それは平均的な魔術師の子供が内包する魔力を秘めた生きた球体。

 ではそれが成長していくのかと言うと、そうではありません。


 「幼魔球は魔力を持つ子供を魔球にしたもの。…子供の生贄を必要とする儀式なんかで使われるって話」


 メイはそう言って俯きます。

 例え魔術都市でも、幼魔球を使うような儀式、いえ、それどころか幼魔球を作ることさえ非道として厳しく禁止されていると言います。


 「だと言うのに…私たちがもう少し早くここに来れば…」


 三十以上の幼魔球が生贄にされるのを防げたかも知れません。それに、大魔導書の悪魔を逃がすことも無かったかも知れないのです。

 しかしその暗い思考を遮ったのは、誰よりも非道を許さないはずの勇者、エルロッドでした。


 「過ぎたことは仕方ない。今は悲しんでる時間なんてないはずだ」


 いえ、勇者は非道を認めた訳ではありませんでした。静かに怒りに燃えて、それでいて我を失うことなく冷静に佇んでいます。

 子供たちの仇の為に、そしてさらなる犠牲を出さないために。


 「よく言ったぞ、エル。その通りだ。奴の魔力は覚えた、今すぐに追跡といこうではないか?」


 口角を歪にあげて笑うルサルカは、幼い姿にも関わらず凄まじい威圧感を放っているようでした。

 しかし、メイはすぐにでも駆け出そうとするエルロッドとルサルカをとっさに制止します。


 「大魔導書(グリモワール)を先にどうにかすべきって話だわ。時間は惜しいけど、まだ誰か隠れていたりしたら犠牲が増える一方って話」


 出鼻を挫かれた勇者と大賢者でしたが、反論して無駄に時間をかけるほど浅慮ではありません。何かあってからでは遅いのです。

 メイの言葉にすぐさま踵を返すと、エルロッドはふたりを抱えあげて大魔導書のある六六六番棚へと走り出しました。



―――――



 この迷宮書架はとても広大で、一つの書棚ごとに千冊程の本が収まっています。

 それぞれ性質や内容に応じて分けられた書物の総数は六万七千と十二冊。そのうちの七冊が、いわゆる大魔導書と言われる強力すぎる書物です。単なる魔導書とは違い、大魔導書と言われる書物には意志を持つ物や勝手に移動するもの、魔法を使うものなどまるで一つの生命であるかのように振る舞うことすらあります。

 そしてそれは純粋に善なるものばかりではなく。


 「アァハハハァハ?コォんな薄暗ぁいトコロに人間が何の用ダヨーぉ?」


 明らかに邪悪な意志を秘めた大魔導書も存在するのです。

 今エルロッドたちが対峙する、大きな一つ目をギョロギョロと落ち着きなく動かすこの大魔導書のように。


 「ア、ァ、ァ、ア、ア、まぁイイや、キミらもこの力ァが欲しぃんだろォ?要らないなんていーわないでよねぇ」


 不快な笑い声を響かせ、ゆっくりと漂うかのようにエルロッド達に迫る大魔導書でしたが、ルサルカに目を止めると突然笑い声すらもピタリと止めて空中で停止します。

 その場でくるくると回るとルサルカに向かって言い放ちました。


 「ルゥウウカァ?ボクらをコォんなとこに閉じ込めたルゥカ?ななななぁんでこんなとこに、ア、アァ、ハ、ついに処分しに来たのかァ?」


 その言葉にエルロッドはともかく、メイは驚きを隠せません。

 大魔導書をこの書架に運んだのであればそれはつまり、ルカは大賢者―――?

 しかしそんなメイの思考はルサルカが高らかに詠ったその声によってかき消されました。


 「ア・クラータ・メイズ・ミュート!黙るがいい、邪悪なる書物!」


 灰色の光に包まれた大魔導書は、おそらく喋るために振動しますが、その声は発せられません。

 声の出なくなった大魔導書は諦めたのか、その大きな一つ目を閉じると闇色の光を放ってどこかへ消えていきました。


 「奴の言葉には耳を貸すなよ。真実しか言わぬが、魔力を乗せた言葉は心に侵食してあの魔導書を開かせる」


 「精神防御が甘いと危険だな、メイ、大丈夫か?」


 「なんで私って話なのよ、問題ないわ」


 闇色の光に咄嗟に顔を覆っていたメイが苦笑とともにそう答えます。

 ひとまず大丈夫そうだと判断したエルロッド達は、他の大魔導書達がじっとしているのを確認して外に出ました。


 「開かれていたのは多分、暴食の大魔導書ベヒモス・グリモワールだ。力を与えた痕跡があった」


 ルサルカの持つ大魔導書は罪を記したものらしく、七冊それぞれが大罪の名を冠しているということでした。

 そしてルサルカ曰く、暴食の大魔導書がこの都市において最も危険で使われてはならない大魔導書である、と。


 「奴は魔力を欲するあまり、他人を食べ始めたのだ。その罪の為に大魔導書となった」


 「…まるで人だったかのような…いや、知り合いだったかのような言い方だな、師匠?」


 エルロッドのその問いには答えず、ただ力なく笑うルサルカの姿にエルロッドもそれ以上は何も言えなかったのでした。



―――――



 私は力を欲していた。

 ただ、それだけだった。この都市を守るため。愛すべき人々を、土地を、建物を、そして初代が作り上げたこの場所を。


 だからか私は、今ここで、手に入れなければならないと思っていた。いや、思ってしまった。

 それは恐らく、一人だったから。ふらりと訪れたその場所は、気を抜いていてはいかに強い大賢者であろうとするりと入り込まれてしまうような、そんな場所。


 だから私は、大魔導書を開いてしまった。

 何故だろう、大魔導書の力に飲まれることなく、僅かな性格の変化と引換に自分は適応できるだなんて考えたのは。

 小さな頃からほかの人より秀でていたから?

 いつしか同年代どころか大人にすら勝てるようになり、それからずっと、私は選ばれたものだと、自分は頂点に立つひとりだなどと、そう思い込んでいた?


 そんな傲慢(・・)のゆえに私は、力を欲したがために、強欲(・・)の大魔導書を、開いた―――。

 六日間ぶりです、サボり魔と名高い千歳衣木です。先週は風邪で寝込んでおりました。体調管理も出来なくてすみません。


 早く続きが書きたくて仕方ないのに体が重くて腕が上がらないなんて、神様は意地悪ですねっ!!

 神様のせいにしてすみません。私の自己管理能力の甘さゆえです。……みかん、いっぱい食べたんですけどね。


 大きく動くのは次かその次か、まぁ多分そこまで先ではありません。暖かい目で付き合ってくださると幸いです。

 いつもお読みありがとうございます、千歳衣木でした。

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