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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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五十九話 「ブラッディサバト」

 「まぁある程度魔法が使えるとか、特異体質とかなら割と有り得るんじゃないか?」


 メイの疑問はあまりにも適当なエルロッドの言葉で流されてしまいました。流されてしまいましたが、エルロッドとルカ当人にもわからないのですから追求のしようがないと諦めてしまいました。

 実際は大賢者ルサルカ本人とその弟子だから、という実に簡単な理由があるのですが。


 「なあ、何故正体を明かしてはならんのだ?」


 地下にある迷宮書架を目指して歩き始めると、ルサルカがちょいちょいとエルロッドの袖を引っ張ってそう尋ねました。

 エルロッドは嘆息して応えます。


 「…師匠がもし正体を明かしたとして、大賢者って思ったよりアレなのね、とか言われて悲しむのが目に見えてるからさ」


 「交代(スイッチ)使えば問題ないであろう?」


 指を手に当てて考え込むように上を見上げます。何が問題なのかわかっていない様子です。


 「見た目のほうじゃないんだけどなあ…」


 勇者は早々にこの幼女の説得を諦めると、ルサルカがボロを出してもメイ一人の記憶を消せば済むように旧邸宅内部の人間達を索敵しました。

 索敵した上で鉢合わせしないルートを通るつもりです。


 「結構いるんだな、人…」


 エルロッドがそう呟くと、メイが不思議そうな顔で言います。


 「え、うん…普段から結構な人数が潜ってるって話だけど…なんで?見えないよね?音って話?」


 いくらなんでも迷宮書架全体に索敵魔法をかけたとは思えないメイでしたが、隣からルサルカが口を挟みます。


 「それはもちろん索敵魔法に決まっているではないか。まだ粗いところが目立つがな」


 不思議な喋り方をする幼女が居たものだと思いつつエルロッドが引き継ぎます。


 「まぁそんなとこだ、人数と位置だけわかれば充分だろ?」


 「最低限実用レベル、と言ったところだな」


 手厳しいことだ、と呟くとさっさと人のいないルートを選んで歩きはじめるエルロッドとそれに追随するルサルカ。

 それを見ながらメイはエルロッドの正体に何やら胡散臭いものを感じていました。


 「単なる強い冒険者では済まされないって話なの…」



―――――



 迷宮書架の入口にたどり着いたエルロッドの最初のセリフは「思ったより物々しいな」でした。


 「思ったより、ってどういう話?」


 「や、子供たちの遠足に使うには暗いしジメジメしてるし、向いてないんじゃないかと…」


 子供たちの遠足に迷宮書架を使う?そんな話は聞いたことがありません。メイは浮かんだ疑問をそのまま口に出します。


 「そんな話どこで聞いたって話なの?」


 それに対するエルロッドの答えはメイの想像とは大きく違っていました。


 「索敵魔法に子供らしき反応が三十以上…遠足か何かじゃないのか?」


 「三十以上!?子供が!?早く助けに行かなくちゃって話!」


 突然取り乱して大体の方向を尋ねると即座に駆け出してしまったメイ。エルロッドは何事かと戸惑いつつもルサルカを肩に担いで後を追いかけます。


 「迷宮書架は一般に開放されてるんだろ…なにがそんなに…」


 何ともなしにエルロッドが呟くと今度はルサルカが慌て始めます。


 「何故子供たちが遠足で、と思えば一般に開放だと?…子供ならまだしも大人が奥まで進んでしまったらまずいことに…!」


 不穏な気配を感じとったエルロッドは速度を上げます。


 「失礼」


 メイのことも担ぎ上げると数倍の速度で迷宮を駆け始めたのでした。



―――――



 「またロストした」


 「これで八人目…!くっ…」


 メイとルサルカに聞いた事情によると、迷宮書架は魔導書から漏れだした魔力が澱んで低級ながらも魔物が出現すること、稀に並の冒険者では歯が立たない魔物も現れること、そして何より迷宮書架最奥部の第六六六番棚にある、ルサルカには無用となったにも関わらず含有魔力の多い大魔導書(グリモワール)を単なる人が開けば大変なことになるということでした。


 「なんでそんなやばいものを一般開放エリアに…」


 「自室に置いておきたくなかったのだ!大体勝手に人の家の本棚を一般に開放するのがおかしいではないか!」


 メイは右側から響く口喧嘩にげんなりしつつ魔導書や子供たちのことを考えていました。


 「開けば莫大な力が手に入ると言われている大魔導書って話…こんなところにあったなんて…」


 大人でさえ単なる人が開けば大変なことになるのですから、子供たちに触らせるわけにはいかないと拳を握りしめます。


 「追跡(トレース)!エルくん、この道筋通りに進んでって話!」


 「え、でもこっちは…」


 「いいから!」


 メイの使った魔法、追跡は使用者の能力で十分通過可能な最短の道を見つけるかなり強力な魔法です。

 座標がわからなければゴールを設定できないのが難点ですが、子供たちがいたのは幸いにもそこまで奥ではなく、メイも行ったことのある場所でした。


 「わかったよ、メイ」


 エルロッドは追跡に従って本棚の隙間や隠し扉などを抜け、子供たちのいる場所に辿り着きました。しかし。


 「残り二人以外はロスト…と思ったんだが…なんだこれ」


 そこに置いてあったのは謎の球体。肌色で脈打っていますが、少なくとも子供には見えません。

 辺りにはその球体の破片のようなものと赤い液体が散らばっていました。


 「…これ…幼魔球…?」


 エルロッドの肩からおろされたメイが声を震わせながら近寄ります。


 「待て!近付くな!」


 しかしそれをすぐに止め、腕を引くエルロッド。次の瞬間、メイがいた場所を何かが襲い、次いで二つあった肌色の球体の一つが弾けました。


 「…捧げよう、捧げよう、素敵な贈り物を…捧げよう、捧げよう、主様へ…」


 突然のことにメイが動けないでいると、迷宮書架の奥の方の暗闇から歪な音声が響き、勇者達の方へ近付いてきました。聞くだけで頭が痛くなるような不快な声です。


 「…誰だ、大魔導書を開けたのは…!」


 ルサルカがそう叫ぶや否やエルロッドが地を蹴ります。エルロッドやルサルカならば大魔導書を抑え込むことも可能でしょうから、ここで叩くつもりです。


 「は、ぁ、ぁ、あ、あ!」


 音が途切れるほどの速度で接近したエルロッドが見たものは、無数の子供の顔がついた球体に小さな手足が二つずつ付いた異形の怪物。


 「子供の血を…啜るのさ…宴を始めよう…宴を始めよう…ヤァ!」


 エルロッドの木刀が高速で振り払われようとしたその瞬間、背後でメイの叫び声がしました。


 「幼魔球が!」


 気を取られそうになりながらも迷いなく振り抜かれたエルロッドの木刀の切っ先が大魔導書の怪物にめり込み、そうと思いきや、あたりに響いていた歌とともに怪物も消え去っていたのでした。

 疲労でなにかおかしなことを書いてはいないか心配な千歳衣木です、いつもお読みくださりありがとうございます。


 なんかこういうところ、気に食わないなぁとか、ルサルカ師匠の水着回はまだなの?とか、そういったことがありましたら感想にいただけると励みになります。宛先はテロップのアドレスまでお願いします。


 今回辺りからきな臭くなってきますよ、なんか個人的に子供の命を奪うやつが嫌いなので、エルロッドさんも簡単に楽にはしてやらないと思います。何の話でしょう。


 さて、サリィヘイムを巡る話が本格的に動き始めたので、少しは面白くなるかなぁと思います。

 楽しんでいただけたら嬉しいですね。


 ではでは今日はこのあたりで。千歳衣木でした。ぴょんぴょこ。

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