五話 「街へ」
エルロッドは表情を失って固まってしまった冒険者達と村人達に一言、「えーと…つぎに会ったときは。うん。」と、相手からしたらやはり気まぐれな魔人にしか見えないようなセリフを言うと村をあとにしました。
「もしかすると、どんな行動をしても村が襲われるとかの出来事は変わらないのかもしれないな…気を付けよう」
完全に的外れな推測をした勇者は、今、魔法で空を飛んでいます。隣町に行くには山を越えなくてはならないので合理的な判断なのですが、村の人間達から見える位置で離陸してしまったせいでエルロッド魔人説は揺るがぬものとなってしまいました。
「テテアの街を空から見たのは初めてだな。1日でここまで来れるとは魔法さまさまだ」
満足げにそう言うと勇者はテテアの街の門前に着地しました。
防壁を超えて着地することも可能だったのですが、それをやるとめんどくさいことになるのでエルロッドはしません。
偉いですね。
「お、親方ぁー!空から男の子が!」
門兵は空から舞い降りた青年を見てそんなことを叫びます。
その気持ちはわかります。
「あの、街に入りたいのですが」
エルロッドがそう言うと門兵は少し恥ずかしそうに咳払いをしました。
「では、身分証などは?」
そこまで言われて気付きました。
エルロッド、まだ、身分証持ってない。
「あー…えーと…これじゃダメですかね?」
そう言って懐から取り出したのは村の診療所の診察券。しかも祖父の。
「これは…いやダメだろう。国が発行しているものはないのか?」
「村出身なものでして…どうすればいいでしょうね」
身分証がなくとも簡単なボディチェックと銅貨7枚があれば通行はできるのですが、エルロッドはバカなので忘れています。
門兵が教えてくれなければエルロッドは二度と正規のやり方で街に入ることは叶わなかったでしょう。
「あぁ、そういえばそうでしたね。じゃあよろしくお願いします」
エルロッドは親にもらったお金を払うとようやくテテアの門をくぐることが出来たのでした。
―――――
「テテアの街は変わらないな。いや、当たり前か」
記憶の中と変わらぬ大きくて賑やかなテテアの街と同じで安心したエルロッドは、宿を探すこともせずに冒険者ギルドへと向かいました。
身分証を発行しなければ街に入ることもいちいちめんどくさいことになりますからね。
「テテアの冒険者ギルドか…前はおどおどし過ぎていろんな奴に絡まれたからな、今回は堂々と行こう」
勇者はそう決めると冒険者達に舐められないよう、背筋を伸ばし余裕の笑みを浮かべてギルドに入りました。
ですが今回の勇者、前回とは違い「村を襲っていた魔物を倒した実績と村長直筆の実力証明書」を持っていません。当然ですね。
そのうえ、勇者出発後に冒険者たちが村長の家の連絡用魔道具からエルロッドの人相を既にテテアの冒険者ギルドに送信しており、ギルド職員の助けは期待できそうもありません。
どうなるエルロッド。
「おいおい、こんなヒョロい体で冒険者志望か?冗談は程々にしておかないと死ぬぜぇ?」
「バカお前、お使いだろこんなガキ。何を頼みに来たのかな?ん?」
「いや俺は冒険者ギルドに登録しに来たんだが」
ぎゃはははは!響き渡る荒くれ共の笑い声。
「身の程知らずのガキはここで現実ってやつを見せてやらねぇとすぐ死んじまうからなぁ…」
そう言って立ち上がる一人のおせっかいな男。見るからに筋骨隆々、体を走るいくつもの傷跡は確かに歴戦の勇士であると物語っています。
もちろんエルロッドが戦えば手刀の一撃で決着はつくでしょうが。
どうしようこれ、とエルロッドが苦笑いをしつつ内心悩んでいると、ギルドの奥の方から声が。
「おいお前ら、新人イジメはするなよ?」
そこにいたのは黒髪に黒い目をした一人の青年。みたところエルロッドと大して変わらないように見えます。
「ま、マスター…これはですね」
しかしそんな青年にあからさまにぺこぺこする男。びびっています。
「今度からするなよ。大丈夫か、きみ」
筋骨隆々マンを一瞥すると、黒髪の青年はエルロッドに話しかけました。
「大丈夫だ。ありがとう」
「いやなに、冒険者になりたい人間をわざわざ追い出すのはバカのすることだ。気にするな。…登録だろ?こっちに来い」
前回は見かけなかったこの男、あ、もしかすると前回不在だったテテアのギルドマスター?そう考えれば納得が行きます。
なんせ今回はテテアに到着するのが2日分早かったのですから。
言われるままにエルロッドが付いていくと、そこは普通にギルドの受付でした。
受付嬢に引き継ぎをすると黒髪の青年は一言、「俺はここのマスターをやってるシュン・オカヤマだ。なんか困ったことがあったら何でも言ってくれ」といい、奥に引っ込んでしまいました。
いや、エルロッド自己紹介してないんですが。
まぁそんなことは置いておきましょう。
「あの、冒険者登録ですよね?こちらにお手を触れて頂き、それからこちらにお名前と職業を記入して頂きます」
受付嬢の言う通り、受付の隣にある水晶の板に手を触れ、魔力の登録。
それから渡された紙には《エルロッド・アンダーテイカー》、《傭兵》と書き込み受付嬢に渡します。
職業の欄を見て少し怪訝な顔をされましたが、すぐに営業スマイルに戻ります。
冒険者というのは雇われ兵として使われることもあるので間違いではないのですが、登録もしていない人間が名乗るには違和感があります。
しかし、駆け出し冒険者はよくこういう見栄を張るので受付嬢は割と慣れっこなのでした。
「それではエルロッド・アンダーテイカーさんで登録させていただきます」
そうして受付嬢からしか見えない魔導スクリーンに映されていた情報は。
《エルロッド・アンダーテイカー》
魔人
魔物を操る技能を持っている恐れがある。
また、空を飛んだとの情報もあり。
強大な魔力、闘気を持ち、また自分が魔人であることを隠そうとしない。
温厚な性格のようではあるが気まぐれに村を滅ぼそうとするなど危険な者。
注意されたし。
テテア冒険者ギルド
ギルドマスター シュン・オカヤマ
その文面は、営業スマイルを浮かべる受付嬢の手元から魔導アンテナを介して王都、勇者育成機関の情報部の元へと送られたのでした。