五十七話 「大賢者旧邸宅」
揺らぎの魔杖、ルサルカ・エクステンド。歩く大図書館とも歴史の観測手とも呼ばれ、多くの二つ名と共に語られる世界最大の生きる伝説。
そして――エルロッドの師匠。
世間ではその力と同じく完璧で凛とした大賢者として童話などで親しまれています。が、その実、エルロッドはそんな話を聞く度に違和感を覚えているのでした。
「大賢者なんて言っても、実際のところ人間としては欠陥品もいいところだと思うんだよな…」
勇者の小さな呟きはメイに届かなかったようで、どうしたの?と首をかしげています。
なんでもない、大賢者旧邸宅に向かおうとそう言ったエルロッドでしたが、ルサルカの言っていたことを思うとあまり期待はできそうにありません。
なんせあの大賢者は、自分の家にあるほんの少しの蔵書の内容はすべて覚えてしまったために、魔族にしか伝わっていないような魔導書を手に入れるための旅をしている途中だったのですから。
魔王を倒して平和になったらうちの蔵書に目を通しておくといい、とルサルカに言われた勇者ではありますが、観光名所として管理されてしまっては自由に見て回るのも苦労しそうですね。
と、ルサルカのことなどを考えていたエルロッドと、少しはしゃぎながら歩くメイ。しばらく道なりに歩いていくと、大賢者のものと言うには少し小さいような、しかし俗世間を捨てたと言われる人間としては少し大き過ぎるような、三階建ての豪邸が見えてきました。
「…広くない?」
「大賢者様の私有地だからって話しよ!」
豪邸が見えてきたのはいいのですが、本当に見えるだけで目の前にある白い金属製の門からまた二十分は歩かなければならないでしょう。
門から見えるのが茨の迷路などではなく、何の手入れもされていないような見晴らしのいい草原であったお陰で迷うことはなさそうですが。
「ふぅ…割と遠いんだな、ここ」
「あまり人のいない静かな場所を好んだ人って話だからね、大賢者様は」
ようやく大賢者旧邸宅にたどり着いた二人はそんな会話をしていました。
以前魔法の実験やらで近所にめちゃくちゃに怒られてからは人付き合いが怖くなってしまったと言っていたなぁ、とエルロッドが考えているとメイはそれを勘違いしたらしく、さすが普通の人とは考え方や世界観が違うって話ね、と感動していました。
「二階は大賢者様のプライベートルームだから観光の為でも入るのは禁止って話だからね、エルくん」
玄関入ってすぐ、左右にある階段に歩み寄って見上げる勇者にメイが改めて忠告すると、エルロッドはこう言います。
「入るのが禁止っていうか、誰も入れないんだろ?結界に阻まれて」
その言葉に少し驚きの表情を見せる魔女。すぐにニヤリと笑うと、こう応えました。
「大賢者様のことを何か知ってるって話かしら?」
「昔馴染みだ」
適当にそう答えるとヒョイっと階段を登って行ってしまうエルロッド。慌てて追い掛けるメイでしたが、エルロッドは既に結界の向こう側に抜けた後でした。
「…昔、馴染み、ねぇ…」
単なる知り合いって話じゃなさそうだなぁと呆れ顔で待つメイでした。
―――――
メイを置いて二階のプライベートスペースを容赦なく歩き回るエルロッド。
ルサルカに師事していた時、迷宮書架にある魔導書の内容は大抵叩き込まれたのでもはやプライベートスペースにある禁書くらいにしか興味が無いのです。
「大賢者は質素な暮らしとかしてたんじゃないのか、なんだこれ…」
天蓋とフリルの付いたピンク色の大きなベッドや、壁一面にあしらわれた甘ったるそうなお菓子たち、床やタンスからは溢れ出さんばかりのぬいぐるみが顔を覗かせています。
「ある程度なら予想してたけどこれは予想外だわ、何してんだあの人」
世間一般で根付いたイメージを覆さないようにプライベートな辺りに入れないよう、結界を増やしておこうと思う勇者でした。
「…そんなことより禁書、禁書…」
しかしすぐに自分の目的を思い出すとタンスやクロゼットを手当り次第に漁り始めます。
「何を探しているのかね」
「師匠が隠したやばい禁書かな」
突然後ろから話しかけられたエルロッドでしたが動じることなく応じます。
適当に掴んだのがルサルカの下着だと理解しつつ無造作に投げ捨てるエルロッド。そんな姿を見て後ろにいた謎の人物が怒りを顕にします。
「貴様…私を無視した挙句私のぷりちーなぱんてぃーをなんとも思わずに捨てただと!?」
「……うぇ?誰?………師匠?」
咄嗟に振り向くとエルロッドの後ろにいたのは凛々しく腕を組むシンプルな服装の美人。この世界では珍しい黒髪は腰に届くほどの長さであるにもかかわらず毛先までつやつやとしていて実にセクシーです。
そんな美人さんが険しい顔で腕を組んでエルロッドを睨みつけていたのでした。
「全く、勝手に人の部屋に入り込むだけでは飽き足らず、下着やら洋服やらを漁るとは…師匠?」
何やらブツブツと呟いたあと、勇者のセリフに訝しげな表情を浮かべました。
「あ、やっぱ師匠か、その姿久々だったから気付かなかったよ…でも何でここにいるんだ?」
この世界で一番よく知る人間と出会えたことに喜びを隠せないエルロッドでしたが、二週目のルサルカはエルロッドのことを知りません。
「この姿…待て貴様、今まで私の弟子を名乗るものは何人もいたが何者だ?結界も抜けているようだし…まさか魔人…か?」
そして一週目の師匠にまで魔人扱いされるエルロッド。
そこでようやく気づきました。
「いや、魔人じゃなくて…あ、そうか、師匠もか」
少し悲しげな、寂しげな様子のエルロッドに何か思うところがあったのか、突然魔法を使い始めるルサルカ。
無属性魔法特有の揺らぎをまとった手をエルロッドに向けると、目を見開きました。
「…あぁ、なるほどな。すべて思い出したよ、エル」
そしてすぐにその顔を柔らかげな笑みで満たすと、可憐にふわりと笑ってそう言ったのでした。
五日間ぶりです、千歳衣木です。
執筆はとても楽しいんですけど日々の疲れのおかげで頭があまり回っていません。すみません。
できるだけ毎日投稿できるようにしたいのですが…ううむ。
不定期更新でご迷惑おかけしていますが、暖かい目で楽しんでいただけたらと思います。努力します。すみません。
今回はまたエル呼びの方が出てきましたね、ルサルカさんはどんなキャラなのか、次回をおたのしみに…していてくださると…とてもありがたいです…。
それでは今回はこのあたりで。千歳衣木でした。




