五十六話 「サリィヘイム」
メイに名乗っていないにも関わらずエルくんと呼ばれ、本場の魔法は凄いなぁと感心するエルロッド。
しかしすぐにそんなことは忘れて目の前の大通りを歩き始めます。
「ここじゃ俺が役立てるようなことはとくになさそうだよな…」
住む人のほとんどが魔法のエキスパートと聞いていますし、魔術都市に攻め入る愚か者などいないでしょう。
大抵の武力は魔法でねじ伏せることができますし、エルロッドは数日間珍しい魔導書でも探して過ごし、何も無ければ次の街へ向かうことに決めました。
「…すみませんお姉さん、それなんですか?」
決めたのですが、大通りに立ち並ぶたくさんの魅力的な魔道具店や触媒店、魔法薬局や魔鍛冶の工房などの誘惑に負けふらふらと吸い寄せられていってしまいました。
「やぁお兄さん。旅人かな?これはヘイのカンテラさ。魔力カンテラに反転属性を付与しただけの大量生産品だけど…この通り」
エルロッドの目の前でお姉さんがヘイのカンテラを持ってゆらゆらと揺らし、魔力を込めました。
するとカンテラの周囲が仄暗い闇に包まれたのです。
「おぉ…凄いな、これは」
「光を発するという効果を、光を吸い取る、という効果に変えたのさね。まぁ学会のジジイ共は闇を発するなどと言っているが」
結果的には同じじゃないかと思ったエルロッドでしたが要らぬことをいうのもはばかられるため、話題を変えることにしました。
「あ、こっちのはなんて言うんですか?」
「あぁ、これは雷の杖。雷を呼ぶ道具さね」
まさか雷を人為的に起こすことの出来る魔道具…!?とエルロッドのテンションが盛り上がります。目がキラキラしています。
そんな勇者の様子に気付いたお姉さんが誇らしげに杖を構えました。
「この杖に魔力を込めると雷を呼び―――」
うんうんと頷くエルロッド。
「――自分に落ちる!」
「なんでだよ!」
思ってたのと違ったエルロッドはつい大声で突っ込んでしまい、それに驚いたお姉さんがうっかり魔力を込めてしまった結果咄嗟に躍り出たエルロッドが飛び上がって雷を受け止めることで事なきを得るという一幕がありましたが割愛します。
「はぁ…はぁ…バカかあんたは…!」
息も絶え絶えにお姉さんに詰め寄るエルロッドでしたがお姉さんは軽く会釈をするだけでした。
「あ、はい…雷を生身で受けて無事とかこの人おかしい…こわい…」
「聞こえてんぞ」
お姉さんが急にしょぼんとしてしまったのでエルロッドは更に気になったものについて尋ねます。
「あー、えっと、この腕輪はなんだ?可愛いな」
可愛いという言葉に反応して顔をぱっと輝かせたお姉さんでしたが、エルロッドが指さした、クローバーの飾りがついた腕輪を見ると途端に表情を暗くしてしまいます。
「…あぁ、これは魔封じの腕輪。女の子にプレゼントして魔力を封じて好き勝手したい変態が発明したのさね」
「へ、へぇ、そうなの…」
「…欲しいなら安くしとくよ?」
お姉さんはエルロッドをなんだと思っているのでしょうか。
いらねぇよ!と言ってエルロッドは魔道具店を出て行くのでした。
なんか癖のある店だったなぁと思いつつ、不思議な明かりで照らされた通りを進みます。そこら中に不思議な食べ物や像や飾りを見かけてワクワクするエルロッド。
物珍しげにあたりをキョロキョロと見回すエルロッドがふとある女の子を見て視線を留めます。
「あれは…魔封じの腕輪…に似てるけどチョーカーか。普通にアクセサリとしてつけてるみたいだし」
街中でなにか起こるとも言えませんが、魔法使いが魔封じの装備をつけたまま歩き回るのは得策と言えませんし、ただのアクセサリでしょう。
さっさと忘れて図書館か書店を探し始めるエルロッドでしたが、如何せんどこもかしこも似たような建物ばかりでわかりにくく、途方に暮れてしまいました。
「お困りって話ですかい、お嬢さん?」
裏路地を歩き回り、迷子のエルロッド。徐々にお城が大きく見えてくるのを見ていざとなったら誰かに聞こうと決意した矢先、背後から声をかけられました。
「いや、俺、おと…こ…」
「やぁエルくん!また会ったねって話!」
よっ、と右手を挙げて挨拶するメイの姿にエルロッドが最初に思ったのは「この人も迷子かな?」ということです。
「失礼なって話しよね!」
メイがぷんすこと怒ります。あんまり失礼なとか思っていなさそうな感じです。
エルロッドは一応「迷子なの?」と聞いたことを謝りました。
「悪かった。ところでメイ…さん?珍しい魔導書なんかを探してるんだけど、どっかにないかな」
さん付けした方がいいのかどうか迷い、変な間が空いてしまったにも関わらず気にした様子もないメイ。
魔導書かーと呟くと、一泊置いてエルロッドに提案します。
「大賢者旧邸宅はどう?」
―――――
大賢者旧邸宅とは世界の始まりからこの世界に生きている最も偉大で崇高な魔法使いの大賢者様が住んでいたと言われるすごい館。
今では一階の広間と地下に広がる迷宮書架が一般に解放され、サリィヘイムの人間で訪れたことのない者は一割にも満たないと言われるほどの名所です。持ち出しは不可ですが、書架の参照は自由で、図書館としても使われています。
というのがメイの説明でした。
「なるほど。素晴らしいな、大賢者旧邸宅…」
エルロッドはそう言いつつも頭では別のことを考えていました。
前回魔王領で出会い、一時期師事していた大賢者ルサルカ、別名揺らぎの魔杖のことを。
6日ぶりなうえに夜の投稿っていう…すみません。朝投稿したつもりでいました。
どこで切るか迷って結局投稿し忘れてたんですね…すみませんほんとすみません。千歳衣木です。




