五十二話 「一分の隙も無く」
「どう贔屓目に考えてもテシャケと魔物が手を組んでいるとしか考えられないが…まずいな…」
エルロッドの呟きに同意するアキンド。
魔物と人が手を組んだら武力においても知能においても手ごわい相手となりますからな…と暗い表情のアキンドですが、エルロッドはそれをゆっくりと否定して言いました。
「いいや、一番の問題はそこじゃない。人と魔物が利害関係で繋がることはあっても信頼関係で繋がることはない。テシャケのやつらは確実に死ぬことになる」
一般常識については欠落が見られるものの武人としては一級品の勇者のそんなセリフを一蹴することも出来ず、かと言ってそう確信するにも材料が足りない商人。
同意とも反対とも取れない微妙な雰囲気でむむむと唸ります。
「いいか、魔物や魔族は最初に決めた取り決め通り動く。人間があとから値切ろうとすれば一瞬で血祭りだ。ましてや商人、それも自分たちの街を魔物に襲わせるようなやつだ」
一瞬とても嫌そうな顔をしてから続けます。
「控えめに言ってイカレてる。魔族に取引を持ちかけるくらいはすると見てるが」
勿論直接会ってみての感想だ、と締めてエルロッドは何やら唱え始めました。
それを眺めつつ、魔族や魔物のことをほとんどと言っていいほど知らないアキンドは少し焦りながらテシャケの身を案じるのでした。
「例えどんな相手だろうと競合相手…無事でいてくださいよ」
―――――
「奴らとタイミングを合わせて即座に避難命令を出した俺!迅速な対応と完全なサポートで犠牲者はゼロに抑えた!復興資材も我々のみが用意できる状況、住民の心はゲシュタルトからテシャケに移ろい、もはやアキンドの野郎がどう足掻いたところでゲシュタルトに付け入る隙は残っていないというわけだ!」
会長の何度目かわからない演説に、それでも俺たちは盛り上がって見せた。
永遠の二番手と言われ続け、ゲシュタルトとのトップツーなどと言われつつも火を見るよりも明らかなゲシュタルトとの格差。
いくら頑張ったところでゲシュタルトはそれを軽々と超えて一番になり続けていた。
それをこのような手段だとしても奪い取ったとして誰が俺たちを責められる?
たまたま会長が出払っている時にたまたま魔物が襲ってきて、たまたまテシャケが手柄を立てたに過ぎない。
ゲシュタルト打倒のためなら魔物とも手を組む。見事な手腕だ。俺たちの団長は今回の山場や予定外のトラブル、テシャケの多くが見た謎の少年のことなどを面白おかしく語り、酒の肴にしてなおも盛り上がっている。
いい歳したおっさん達全員が暖かい気持ちでこれから先の明るい未来を各々想像してはニヤニヤする、ともすれば若干気持ち悪い光景だが、当の本人である俺たちはひたすらに幸せに浸っていた。
魂の芯から凍てつかせるような冷たい金属音がその場に静かに響き渡り、俺たちの耳朶を打つまでは。
「さて、ラギリノ・テシャケ。貴様との取引はひとまず完遂だ。いいな?」
ぞくり。
味方だとわかっていても人間の天敵のさらに上位存在と言える、この魔族の纏う空気や殺伐とした血の匂いにはいつまでも慣れない。
ハルジアを占領するという話だからテシャケと共に街を支配することになると思うと、別の無害そうな魔族を派遣して欲しくなっても仕方ないだろう。
「もちろんだ操り人形師。頃合を見計らって第二陣の投入だが、一月程経ってからもう一度詳しいタイミングを伝える。いいか?」
テシャケ会長は、相手が気まぐれを起こせば気付かぬ間にデュラハンも顔負けの体になるにも関わらず一切臆した様子を見せていない。ハルジアで新興商会にも関わらずトップツーにまで上り詰めた実力は伊達ではないということだ。
…ちなみにデュラハン顔負けと言ったが、デュラハンに顔はないよな。たぶん。
「よかろう、承った。我らが盟約、違えることのないように。ではな」
操り人形師がからからと笑って消えていく。
次の行動で俺たちの未来は確定する。最高に幸せな未来がな。
―――――
ふとエルロッドが顔を上げます。
考え込んでいたアキンドと目が合うと、何やらニヤリと笑って口を開きました。
「辺り一帯の生体反応を確認したところ、ハルジアの住民が避難してると思しき場所を見つけた。ここから南西に行ったところみたいだ」
その報告を聞いて喜色満面のアキンド。商人の街でトップのゲシュタルト商会、そのトップの会長ですから、町長のようなものです。
住民の無事を喜ぶ姿は為政者は支配者というよりは純粋な子供と言った様子ではありましたが。
「さて、住民が無事なら心配いりませんね。お手並み拝見と行きましょうか」
アキンドのあまりにも落ち着いた態度に違和感を覚えるエルロッド。
「アキンドさん、多分だけどテシャケの目的はゲシュタルトに取って代わることじゃないのか?肝心な時にゲシュタルトが役に立たなかったとなるとまずいんじゃ…それに会長も不在だったなんてなれば」
崩壊するハルジアを見た時とは正反対の二人。焦るエルロッドをアキンドが窘めます。
「そもそもゲシュタルトは私一人の力で動かしているわけではありません。末端の人材だけとってもテシャケに全く劣りますまい」
「…優秀な人材が揃ってるわけか。末端に至るまで」
エルロッドが不安そうではありながらもそう言うとアキンドは実に楽しそうに応えます。
「そうです。つまり…」
「つまり?」
まるで自分の友達を自慢する子供のように目をキラキラと輝かせ、胸を張るアキンド。
「テシャケ如き、付け入る隙など一分もありはしないのですよ」
今回もお読みいただきありがとうございます。
緑化運動に励むこと火の如しと言われる千歳衣木です。
緑化運動をするそばから焼失していく緑…損害は甚大ですね。
さて、エコロジーに貢献してない悪い人の話は置いておいて、足元に置いてあった頭の方を拾いましょう。
そうです。デュラハンです。
首無し騎士と言われ、頭がなかったり小脇に抱えてたりあと旗に頭をくっつけたりとおちゃめなデュラハンさんですが、この世界のデュラハンさんは首のない騎士です。頭もありません。
ご飯、食べれないんでしょうか。切ないですね。
それでは、寝坊して身だしなみを整えていたら朝食を食べ損ねた千歳アホの子でした。




