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勇者の強くてニューゲーム  作者: 千歳衣木
三章 たった一人の旅路
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四十五話 「骸の使徒と血の主」

 領主館を飛び出したエルロッドは、闇夜の中とは思えない速度で森への道を駆けていました。


 「許可を得たら何か言われる前に即行動!」


 作戦成功とばかりに笑顔を浮かべるエルロッド。単なるS級ではなく、音も置き去りにして駆け抜けるエルロッドの背後には、十の赤い光がありました。


 しかしエルロッドはすぐ後ろにいるにも関わらず、その光に気付いていません。


 「即断即決、即行動。悪くないが、情報収集を怠ったな」


 エルロッドが森の前で立ち止まった途端、背後の赤い光が弾けます。


 「…?なんだ?」


 勇者が振り返りますが、勿論そこには何もいません。

 一度首を傾げると、エルロッドは森の方に向き直ります。


 「まいっか、ひと仕事して寝よう」


 そう言って両手を前に出すと、詠いました。


 「(I)汝に(shall)祈るもの(pray)応えよ(respond)応えよ(to),この(a)祈りに(request)


 どう、と風が吹き荒れて、森中がざわめきます。エルロッドの目前に悠然と立ちはだかる巨大な深緑の壁はその威容を崩し、自ら道を開け、地を均しました。


 「…馬車三台分もあれば大丈夫だよな?」


 そしてそれを行ったエルロッド本人は自信なさげに呟くのでした。



 一部始終を森の中から見ていた刺客達は唖然として固まっていましたが、即座に我に返ると歩き始めたエルロッドの前に立ちはだかります。


 「貴様!我らの根城である森にこんなことしてただじゃ置かねえからな…!」


 「盗賊…いや」


 一見盗賊のようなセリフを吐いた男でしたが、エルロッドに嘘は通じません。


 「領主館にいた奴らだな?ひとり足りないようだけど…」


 姿を晒したのは初めてにも関わらず、魔力の性質で見破られたと理解した刺客達。瞳の赤が揺らぎます。


 「今領主館に向かってるところか。戻ってくるのまつの、めんどくさいなあ…ん?」


 エルロッドがぼやいていると、索敵範囲内に不自然な魔力反応がありました。斜め後ろ、街の方向に何かいるようです。


 「あ」


 うっかりそちらの方向を見てしまったエルロッド。そこにいたのはなんと、アインの街に来て最初にエルロッドに話しかけた串焼きのおじさんでした。


 エルロッドの視線に気付いた刺客がにやりと笑っておじさんに襲いかかります。人質にでもするつもりでしょう。


 「一般市民に手を出すのは感心しないな」


 勿論それを許すエルロッドではありません。飛び出した刺客の一人を空中でたたき落とすとおじさんの前に立ち、防御の姿勢に入ります。


 「おじさん、動かないでくれ。転移」


 勇者はおじさんに最低限の注意だけ行うと即座に座標を設定し、街の入口まで転移させました。


 「お前…今何を!」


 「転移って言ったろ。今頃家だよ」


 「居場所を明かすなど愚かな…我等は奴を見つけて地の果てまででも追いかけて殺すぞ」


 刺客が異様に鋭い牙を剥き出してそう言います。エルロッドは刺客のセリフにこう応えました。


 「それじゃこのことを知ってる奴らはここで、死んでくれ」


 「S級一人に大してこちらは四…万が一にも勝ち目があると」


 エルロッドは木刀に手を掛けるとニィ、と笑います。


 「もう遅い、かな」


 いえ、掛けたのではなく、触れただけに見えました(・・・・・)

 音もなく振り抜かれた木刀は残像すら見せず、抜かれたようにも見せずに綺麗な断面を残して刺客四人の首を落としたのでした。


 「あと一人」


 転移。


 「な、お前…」


 エルロッドの鈍い刃は領主館の前にたどりついた刺客にも届きます。領主に応援を要請しようとしたのでしょう。その行動は達成されずに終わりました。


 「…領主の手元にいる手練は全員倒れた、かな。もうあいつに出来ることは無いだろうし、明日にはここを発とう」


 平和なアインの街の希望にはなれなかったけど、と少し名残惜しそうに呟くとエルロッドは宿屋に向かったのでした。



―――――



 朝、日が昇るのと同時に勇者が目覚めるとなにやら外が騒がしく、寝ぼけ眼で外に向かいました。


 「なにごと…だ?」


 前日より遥かに賑やかで楽しげな雰囲気、お祭り騒ぎというやつです。

 一夜にして王都と街を隔てる巨大な森が拓けていて、綺麗に均され、すぐにでも使えるようになっていたことで街の人々は困惑しつつも歓喜の表情を浮かべて喜んだのでした。


 「…いいことしたな。これ全部、俺への感謝ならなあ…」


 希望を託して欲しいという欲望が口に出てしまい、焦るエルロッド。

 街はここだけではありませんし、このお祭りだけでも味わっていくか、と考え直したエルロッドは出発の予定を夜に変更してお祭り騒ぎの中に飛び込んでいきました。




 同じ時。街の外、そして領主館の前では灰が積み上がり、風に乗って流れていきました。

 街からは領主の私兵であるアインの騎士団が消え失せていましたが、今のこの街でそれに気付く人間はいませんでした。



―――――



 「おい、そこのにいちゃん!」


 いつもなら街が寝静まる夜中、日もすっかり沈んでいるというのに提灯の明かりで笑顔が照らされ、輝いています。

 そんな中楽しげに歩くエルロッドに横から声が掛けられました。


 「おじさん!無事だったのか!」


 エルロッドが助けた、串焼きのおじさんです。しかしおじさんは、命を助けられたことよりもエルロッドが森を切り拓いたことに喜んで背中をバシバシと叩きました。


 「探したよ!こっちに来てくれ!」


 おじさんは嬉しそうにエルロッドの腕を引いて、お祭りの中心、つまり街の真ん中の広場に連れていきます。

 そこはお祭りの催し物をやる為でしょうか、ステージが設置されていました。


 「この上に領主様が待ってる!にいちゃんの功績をアインの街や領民に大々的に知らしめてくれるってよ!」


 これは希望を託してもらうためのまたとないチャンスです。

 領主直々に、というのが気にかかりますが。


 「やぁ、こんばんは、エルロッド殿。いや…英雄殿、と言った方がよろしいかな?」


 「また会ったな。礼ならいらないさ」


 互いに手を差し出して握手をするふたり。しかしエルロッドの言葉に領主は、笑顔で、それでいて何の感情も感じさせない口調で言いました。


 「街のために尽くしてくれた者に礼をしないというわけにはいかない」


 領主はエルロッドの手を離すと両手を広げて叫びました。


 「皆さん!ここにいる彼、エルロッド・アンダーテイカー殿が、森を拓いた英雄です!盛大な拍手を!」


 地鳴りがするような雄叫びと拍手。それに混じって、何かが地面を踏みあらす音。


 「さて、勇者よ。偽りの勇者よ。ここには私の可愛い可愛い死者の軍勢が向かっている。本物の勇者だというならここを切り抜けてみよ」


 「…お前は…!」


 エルロッドの耳元で囁く領主の牙は鋭く尖り、両の眼は真紅に輝きます。



 「我はヴァン・ピール・アイン。魔王様の命ではるか昔よりこの地を治める吸血鬼の王だ」



 その言葉を聞くが早いか、エルロッドは街に侵入してきた死者の軍勢を殲滅しに走り出しました。


 「物量に押し潰されて負ける者ではあるまい…しかし…弱き民を守りながら戦えるかな?」


 勇者を下し、王都にまで攻め込んで奪い取り、魔王様に褒めていただく…。既に勝利を確信した吸血鬼は輝かしい未来に思いを馳せました。

 千歳衣木です、お久しぶりです。

 昨日ぶりじゃないのかとお思いになる方も多いかと思います。しかし話せば長くなるのですが、タイムリープを繰り返していたせいで時間の感覚が曖昧に…いや、嘘なんですけど。


 アインの街編、クライマックスです。

 本編とは関係ないのですが、無双って楽しいですよね。いえ、関係ないのですが。


 なんだか失言が飛び出そうな勢いですので、このあたりで。

 千歳衣木でした。

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